シスターウルフの恋人 9/17

文字数 2,562文字




「マジかよ。すんげーもん見ちまったなー」
 パイロットは攻撃を忘れてモニターに映るエリスに見入っていた。
「おっといけねえ」
 強化装甲の胸部装甲板が素早く左右に開く。エリスの立つ芝生の大地が一瞬にして激しく燃え上がる。
 これは胸部に内蔵された強力なマイクロ波照射装置による攻撃だ。巨大な電子レンジと考えてもいい。原理は同じだ。ただし家庭用電子レンジの数百倍の威力を持っている。一瞬で物質を加熱させ燃え上がらせる。
「あっくそっ! どこ行きやがった?」
 パイロットはエリスがマイクロ波の照射で燃え上がるのを見た。しかし大地から吹き上がる一瞬の巨大な炎の壁に遮られ彼女を見失った。

 エリスは胸と腕の傷の修復と出血に加え、今のマイクロ波攻撃で少しばかり体力を削られていた。このまま戦い続けてもそれほど問題はないが、念のため左腰に装着されている小型ケースを開け、中から3錠のカプセルを取り出した。それを口に含み噛み砕いて飲み込む。
 これは高濃度に濃縮されたタンパク質と鉄分を含むミネラル類などの栄養源カプセルだ。失われた筋組織を回復させ、増血作用があり、即効作用で体力を回復させる。

 パイロットは頭上の微かな物音を聞いた。すぐに機体が大きく軋む音に変わる。機体の頭上を映し出すサブカメラに切り替える。
 エリスが死角から機体の頭上に飛び乗り、前面ハッチの(わず)かな隙間に指を突っ込みこじ開けようとしている。
「そんな簡単に開くわけ……」
 異音を発しながら頭頂部に(わず)かに開いた細い隙間から、外部の陽光が機体内に射し込む。機体が軋む音が大きくなる。
「……開くのか?」
 パイロットは機体の両腕でエリスを叩き落とそうとする。鋼鉄の腕が彼女に接触すると見えた瞬間、ハッチの数個のロックが限界を超えて折れ、連続して弾け飛ぶ轟音を残し勢いよく開放された。

 機体の上から内部を覗き込んだエリスの顔面が爆発する。ハッチが開いた瞬間、シートに座るパイロットが六発入りの回転式弾倉を持つ40ミリグレネードランチャーを上に向け発射したのだ。
「ううっ、こんな至近距離じゃ俺もやばいっ」
 爆炎とグレネードの破片がパイロットにも襲い掛かる。機体内にも破片が跳ね回り、計器盤やモニター、シートに深く突き刺さる。操縦席のあちこちが破損しショートして火花が噴き出す。
 パイロットに突き刺さった破片は体表面の強靭な人造筋肉を傷つけはしたが、その下の鋼鉄の本体には達していない。戦闘服の数か所が裂けて焦げたが無事なようだ。
「無茶な事した。今のはサイボーグじゃなきゃ完全に逝ってた」
 その時、伸びた手が背後からパイロットの首を鷲掴みにし、彼を強烈な力で強引に上に引っ張り上げた。絞めていたフルハーネスのシートベルトが肩口から千切れ飛ぶ。そのまま機外に掴み出されたパイロットは、4メートルの高さから地上に叩きつけられた。

 パイロットは起き上がろうとした。しかし目の前にはすでに彼を見下ろして立つエリスの姿がある。グレネードが炸裂した彼女の顔面は修復中だがほぼ治りかけている。
 咄嗟にランチャーの銃口をエリスに向けるが、強烈な彼女の蹴りの一撃を喰らい、ランチャーは天空に弾き飛ばされた。銃身とフレームが変形して曲がり、外れた弾倉から40ミリグレネードが(こぼ)れ落ち撒き散らされ宙を舞う。
 パイロットは素早く後方に飛び退(すさ)り、腰のホルスターから大型拳銃に手をかけ抜きかけた。だがその手を止め銃をホルスターに戻す。
「顔面にグレネードを喰らっても平気なあんたにゃ、この銃程度じゃ大した効果は望めそうにないからな」
 男の顔をじっと見つめるエリス。目には赤く蠢く光を宿す。
 先程のコックピット内でのグレネードの爆発で、男の偏光ゴーグルとフェイスガードは吹き飛んでいる。
 (あらわ)になったパイロットの素顔。彫りの深い顔立ちは30歳前後に見える。男くさく甘いその顔は今までに幾多の女性の心を(とりこ)にしてきたに違いない。身長は180センチほどでがっちりとした体格をしている。ダークグレーのヘルメットからはみ出す髪は金色に輝く。

「お嬢さん提案だ。ここからは素手でのタイマン勝負といこうじゃないか。こう見えても俺は、ガキの頃からストリートじゃ負け知らずでね。軍隊時代も近接格闘術じゃ無敵だったのさ」
「…………」
「あんたのパワーとスピードは体験して充分に理解したつもりだ。だがな、俺の数え切れない実戦経験と技ならあんたにも勝つ事ができるかも知れないからな」
「…………」
「少しくらい返事してくれよ。無口なお嬢さんだな」
 エリスは普段からそれほどおしゃべりなほうではないが、現在はコントローラーの作用による戦闘モードで口数が極端に少なく素っ気ない。
「戦う前に名乗っておく。俺はゲイル。ゲイル・ベルガンだ。あんたの名は?」
「…………死にゆく者に名乗る名はない」
「そんな冷たい事言わないでさー」
「………………では、シスターウルフ、とでも……」
「それは通り名かい? 修道女? それとも姉か妹?」
「…………」
 エリスは斜めの二本の線がクロスした十字形(X形)がシンボルマークのクロス十字教の敬虔(けいけん)な信徒ではあるが、修道女ではない。クロス十字教は分派が多いが銀河中に深い浅いは別にして多くの信者を持つ宗教だ。死んだ恋人のアレンも一応信者だった。教会に行ったり祈りを捧げるなどの行為はせず、神様を何となく信じているという程度だったが。
 彼が死亡時にファッションで身に着けていた遺品のクロスのペンダントから採取されたDNAにより、現在のクローン・アレンは誕生した。

「ま、いいや。教えてくれてありがとな。じゃ、シスターウルフちゃん、いくぜっ」
 ゲイルは胸の前で両腕を構え、前傾姿勢で軽く飛び跳ねる。ボクシングに似た戦闘スタイルだ。
 エリスはつま先立ちで腰を落とし、両手を前後に大きく広げて構える。
「ええっ? その構えは古式拳法か? 物凄いパワーに加えて再生能力、おまけに拳法も使えるって、そりゃあんたチートすぎるだろっ!」

 ゲイルは考えていたはずだ。いかに再生能力を有していようとも不死身ではないはずだと。心臓を潰す、首を切り落とす、脳を破壊する。いずれかの方法でエリスを倒すことができるはずだと。


 一瞬の静寂の後、両者は同時に地を蹴り激しく激突する。



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