シスターウルフの恋人 5/17
文字数 2,334文字
― 数分前、ザルガス邸内部 ―
「外部からの電力供給が停止したぞっ」
「慌てるなっ、すぐに自家発電に切り替わる」
「さっき一時的に監視カメラ二基に蜘蛛が這い回って外部が見えなかったが」
「侵入者か?」
「ママー、アニメが途中で見られなくなったー」
「あら、テレビが壊れたのかしら?」
「タブレットでも見られないよー」
「電力が回復したっ」
「くそっ外部との通信ができない」
「全ての通信装置が使用不能だ」
「侵入者だっ! 監視カメラが捉えた!」
「警報を鳴らせっ」
「ザルガス様!」
エリスの目の前の傭兵は彼女を視認した瞬間に
だがエリスの姿はすでにそこにはない。大地を蹴った彼女が巻き上げた芝生の切れ端が宙を舞っているのみだ。
エリスは一瞬で傭兵の側面に回り込み、空中から傭兵に殴りかかる。
のけぞりながらエリスの腕を銃のストックで跳ね上げた傭兵はそのまま後方に倒れ込み、素早く一回転すると片膝立ちで銃を連射する。
身体強化のための機械を全身に埋め込んだサイバネティック戦士の反応速度は速い。民間軍事会社から新たに派遣されたサイボーグ傭兵の性能はかなり高いようだ。
傭兵の装備はダークグレーの厚い防弾ヘルメットに黒い偏光ゴーグルとフェイスガード。黒とグレーの市街地迷彩の戦闘服。その上に巻いた腰のベルトには30連マガジンを収めたポーチと大型拳銃に大型ナイフ。重いベルトを吊るY字型サスペンダーの左右のDリングに引っ掛けられた手榴弾二個。手に持つのは大口径の実体弾を発射する全長の短い自動小銃だ。
外観から察すると戦闘服の下に防弾ベストを着用している気配はない。強化された身体機能のみで充分だという事なのだろう。
傭兵がマガジンキャッチを押して撃ち尽くした30連マガジンを地に落とす。すでに左手で抜き取り手にしていた新たなマガジンを銃に叩き込む前に、エリスが傭兵に襲い掛かる。
彼女の鋭い爪が傭兵の頭部を粉砕するかに見えた瞬間、エリスは大きく後方に弾き飛ばされていた。
傭兵が銃を彼女の腹部に向け、腰だめで連射を放ったのだ。サイボーグ化された身体のせいもあるだろうが、マガジンチェンジのスピードが異常に早い。かなりの熟練兵士のようだ。
撃たれたエリスを見たアレンは反射的に身体が動きそうになる。声も出たが防護ヘルメットの外部スピーカーを切っていたおかげで聞かれてはいない。
撃たれて倒れたままの彼女を少し心配そうに見つめるアレンだが、獣人化兵があれくらいの攻撃でダメージを受ける事はないと知っている。
銃を肩付けし、エリスの頭部に照準を固定した傭兵が慎重に彼女に近寄る。
エリスは芝生の上に腹部を下にして倒れ込み、ぴくりとも動かない。
傭兵がエリスに最も接近した瞬間、彼女の左手が驚異の速さで動き、銃身を掴んで手前に引いた。サイボーグ化された彼の電子眼にもその一瞬の動きは捉えられなかったはずだ。
即座に反応し銃から手を離した傭兵だがバランスを崩した。
その背中からは手が生えていた。エリスの右手が。その手に握られている物は傭兵の心臓だ。
エリスが手を引き抜くと、傭兵は腰のホルスターの大型拳銃に手をかけたままの姿勢で前のめりに倒れ伏した。
「これ、お返ししますね」
エリスは傭兵の
「あなたに個人的な恨みはありませんが、ザルガスに雇われた事が不運だったんです。ごめんなさい」
倒した相手に向けて謝罪を述べるエリスだが、その言葉からは少し感情が欠落しているように感じられる。ただの社交辞令のようだ。
これはエリスの胸元にある感情コントローラーの影響だ。闘争心が増大し過ぎると抑え、逆に闘争心が低下すると増幅させる。恐怖心や罪悪感も薄れさせる。良心の呵責に悩まされる事もない。
彼女の惑星が消滅するまでは普通の10代の学生だったエリスが、
「でも、傭兵という職業を選んだんですから仕方ないですよね。あなたも多くの命を奪ってきたはずですし」
倒された傭兵は知らなかったはずだ。各地各惑星での獣人との紛争はよくある事だ。熟練のこの傭兵にとって戦場においての獣人との戦闘経験は豊富だったに違いない。だが、その経験ゆえにエリスを一般的な獣人だと誤解していたようだ。見かけ上は似ていても、獣人と獣人化兵とではまったく違う別種の生命体だ。戦闘に
しかし、傭兵が知らなかったのも無理はない。獣人化兵はまだ秘密裡の活動に限定されているのだから。
「エリス、撃たれたお腹は大丈夫かい?」
「すっごくくすぐったくて笑っちゃいそうだったけど我慢した」
「そういえばエリスはお腹を触られるといつもくすぐったがるよな」
「お腹は弱点なの」
大口径のライフル弾を弾き返し傷一つ付かないお腹。
「今の戦闘って、まだそんなに力を出してないよね?」
「サイボーグの傭兵ってどんな感じなのか様子を見たの。ウォーミングアップも兼ねてね。次からは全力を出しちゃおうかな」
屋敷内に警報が鳴り響く。
「エリス、気づかれたみたい。新手が来るよ」
「そんなに隠れてもいないしね。次はどんな相手かしら」