シスターウルフの恋人 16/17

文字数 2,969文字





 ウェポンポッドから長く尾を引いた、強く鋭い圧縮ガスの発射音が上がる。
 発射された長い槍がエリスの右胸を貫いた。一体成型で前後が鋭い、1.5メートルほどの長さの金属製の槍が、全長の(なか)ばまで彼女の身体にめり込んでいる。
 身体の表層の炭化した筋肉は砕けて飛散し、黒い粉塵となって浮遊する。それらに混じって真紅の鮮血が噴き出した。
「がはっ」
 エリスはのけぞり、口から黒血混じりの炭化した体組織の塊を吐き出す。
「いいね。痛覚は残っているようだ。まだ楽しめる」
 更に射出された二本の槍が両足の大腿部に突き刺さる。しゃがれた苦鳴を放ち、またも口から黒い体組織を吐き出すエリス。炭化した体表面がばらばらと剥がれ落ちる。
 鋭い牙が覗く口から、黒血と糸を引く濁った体液を(したた)らせながら、エリスはザルガスを睨みつけた。焼け焦げたはずの眼球は正常に戻りつつある。
「あれだけの電撃を喰らっても再生するのか? これは遊んでいる場合じゃないな。今の内に(とど)めを刺した方がいいだろう。残り全数を頭と心臓に打ち込んでやるよ」
 連続した発射音が一塊(ひとかたまり)となり、5本の槍が一斉に発射された。

 おびただしい鮮血が噴き上がり、霧となって室内を真紅に染める。
 軌道を外れた二本の槍が金属の壁に激突して弾き跳ばされた。高速で不規則に回転しながら床に落下し跳ね返り、そして転がる槍には一面にべったりと赤い血糊が絡みつく。

 残りの三本の槍は身体に深く突き刺さった。――アレンの身体に。

 アレンの身体がエリスの上半身に覆いかぶさるようにしている。ヘルメットは砕けて吹き飛び、右膝から下は消失している。彼の胸から突き出すのは三本の槍の先端部だ。背中からは長い槍を生やしている。噴き出す大量のアレンの血がエリスの身体を赤く染め上げる。
「アレンっ!」
 しゃがれた声でアレンの名を呼ぶ。
「や……やあエリス。このスーツとアーマーであの槍を受け止め……ぐふっ!」
 アレンは口から大量に吐血し、エリスの身体から徐々に滑り落ちる。
「アレン、アレンっ、アレーンっっ!!」
 床に崩れ落ちたアレンはエリスの呼びかけに答えない。身体はもはやピクリとも動かない。
 彼の死は誰が見ても明らかだ。アレンの命の炎はすでに燃え尽きてしまったのだ。
 だが、その顔は笑顔を(たた)えている。エリスを守れた事に満足したのだろう。
「ぐっ、ぐああああああああーーーーーっ!!!」
 咆哮を上げるエリス。大量に浴びて滴るアレンの血がエリスの体内に吸い込まれてゆく。身体中から白い蒸気が激しく噴出する。膨れ上がり盛り上がる全身の筋肉。炭化した体表面が砕けて弾け飛ぶ。
 通常の三倍ほどに膨張した筋肉で、エリスは渾身の力を込め金属ロープを引く。込められた力で全身の筋肉が激しく振動する。目の奥の光が渦巻き、燃え上がるような赤く激しい輝きが増してゆく。
 ロープの射出口のある天井部分が異音を発しながら徐々にせり出してきた。天井の表面を覆う構造物が崩れ出し、床の上に大量に落下し始める。

「これは……まずいな」
 ザルガスはデバイスの画面を操作する。
 戦闘ロボットが作動音を上げながら、兵器を内蔵した両手をエリスに向けた。
 分厚い金属板の天井が絶大な張力に負け、一気に引き裂かれ轟音と共に落下して来た。配線がショートして火花を散らし、千切れたパイプから蒸気が噴き出す。複雑な配管と千切れたケーブルを引きずりながら落下した巨大な金属板を、ロープを掴んだエリスが強引に振り回す。
 戦闘ロボットの右腕の速射機関砲が長い発射炎と共に唸りを上げ、左手からは灼熱のレーザービームが照射された。連射された弾丸は甲高い音を立てて全てが金属板に弾かれ、レーザーは表面で乱反射して無軌道な複数のビームとなり部屋中で暴れまわる。
 唸りを上げて振り回された巨大な金属板が轟音と共に戦闘ロボットに激突し、ロボット諸共盛大な破壊音を発して壁にめり込み停止した。ロボットの両手は衝撃で千切れ飛び、脚部もねじれて変形している。金属板の鋭い断面が喰い込んだボディは、上方が二つに引き裂かれ分断し、内部の部品が露出して激しい火花を散らしている。
 天井裏で複数の爆発が巻き起こった。金属ロープの制御装置が爆発で破壊されたのか、全身に強固に絡みついていたロープはその結束を緩め、元の細い繊維状の束となって床にぱらぱらと落下して堆積する。

 緊縛が解かれたエリスは床の上に立っている。アレンが流した大量の血だまりの上に。
 流れ出し、静かに広がり続けていた血の動きが停止した。そして逆流し始める。
 流れは徐々に加速し、一点に集中してゆく。床を踏みしめるエリスの両足へと。
 激しい蒸気が噴出する。エリスはアレンの血を足から大量に吸収し、更なるパワーの回復を(はか)っていたのだ。
 そして足元に転がっていた血まみれのアレンの右足を拾い上げる。
 その口元からは糸を引いた大量の唾液が溢れ、胸元に(したた)り、流れ落ちている。
 エリスは拾い上げたアレンの足に激しく喰らい付いた。むさぼり喰らう。
 鋭く尖った牙が肉を引き裂き、湿った咀嚼(そしゃく)音を立てて嚥下(えんか)する。血をすする。固い骨を噛み砕く嫌な音が室内に響き渡る。
 その姿はまるで、獰猛(どうもう)な野生の肉食獣そのものだ。
 恋人の肉をむさぼり喰らうエリスの表情は恍惚としている。しかし、双眸(そうぼう)からは溢れる涙を流し続ける。恋人の死への悲しみと、恋人の肉を喰らう事により己の血肉に変え、一体となれる事への愉悦(ゆえつ)の感情が混じり合う。

「人を喰っ……」
 口元を血で染めたエリスは、燃え盛る目でザルガスを睨みつけた。全身から凄まじい怒りの闘気が噴出している。
 ザルガスはその様子に一瞬ひるんで一歩後退しそうになる。だが、無理やり胸を張り、ぎこちない笑顔で平静を装う。まだ鉄壁を誇る強固な防護壁の内側にいるのだ。
 エリスが鋭い足の爪で床面を蹴散らし、透明な防御壁に向け突進する。
 突進した勢いのまま、振りかぶった拳を思い切り壁に叩きつけた。
 続けて強烈な左右の連打を放つが、轟音を発するだけで防御壁を砕く事ができない。
「無駄だと最初に言っただろう。この壁は戦車砲の直撃にも耐えうると」
 エリスは天を仰ぎ全身を震わせ、部屋中を激しく振動させるほどの咆哮を上げる。
 身長が増大し、全身の筋肉が更に膨れ上がり、太いごつごつとした岩のような筋肉となった。
 その岩のような太い腕を、全力で壁に叩きつける。二度、三度と響き渡る大音響の重い打撃音を発しながら壁を殴り続ける。
 エリスの拳の表皮は繰り返される打撃に耐えかねて破れ、殴るたびに血が大気中に飛び散る。
 鮮血が飛び散り滴る赤く染まった透明な壁に、ビシっと鋭い音を立て亀裂が入った。
「ありえんっ!」
 殴り続けるエリスの両手の拳は皮が破れ肉は裂け、鮮血にまみれた白い骨が(あらわ)になっている。
 ついに右の拳の骨が完全に砕け、右腕にぶら下がるただの肉塊になり果てた。それでもエリスは殴るのをやめない。感情制御コントローラーを失ってしまった彼女には、もはや肉体の制御さえもできない。肉体の限界を超えても、ただ爆発的に肥大した憎悪の感情の赴くままに攻撃を続けるだけだ。

 左の強烈な一撃が壁に炸裂する。それと同時に左の拳が砕け散った。だが、分厚い防護壁もまた、同時に砕けて轟音を放ち崩壊した。



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