銀河ウルフの恋。

文字数 2,044文字



 僕の母星が消滅した。

 連邦軍の発表によると、母星は銀河連邦からの独立を目指し武力蜂起をしたが、母星軍の不完全な兵器による暴走事故で惑星の中心核が破壊され、数億の人々と共にこの銀河系から消え去ったそうだ。他の独立気運が高まっている惑星に対しての見せしめに、連邦軍の兵器による攻撃だと噂している人々もいる。でも普通の学生だった僕にはどちらが正しいのかわからない。

 僕がそのニュースを聞いたのはこの惑星に留学中の時だった。母星には両親と妹がいる。
 しばらくして友好的だったこの惑星に、母星消滅前に脱出していた難民船が到着した。その中に妹を発見した時には心から喜んだが、両親は空爆から妹を庇って目の前で亡くなったそうだ。僕を心から愛してくれ、育ててくれた両親の事を思うと胸が張り裂けそうだ。
 しかし泣いてばかりはいられない。妹は酷い火傷と怪我で体の欠損もある。いずれ部分的なクローン再生かサイボーグ手術を受けさせてやらなくてはならない。

 僕の留学目的は遠い昔に辺境惑星からこの地に連れて来られ、広大な保護区に生息している銀河狼の研究だったが、学校を中退して働いた。もはやたった一人の肉親である妹の手術費を稼ぐ為なら、どんな危険な重労働でも平気だった。

 厳重に警備された研究施設での、有害な廃棄物処理の仕事に派遣されていた時、そこの所長に正社員にならないかと誘われた。僕の仕事ぶりを評価してくれたようだ。その後食事に誘われ、母星の消滅や妹の事を話すと所長は涙を流しながら聞いてくれ、給与の破格な金額を提示してくれた。僕は心から感謝して正社員にならせてもらった。

 それからも所長は僕の事をいつも気にかけてくれた。死んだ父に少し面影が似ている所長は、この惑星での第二の父親のような存在に感じられるようになった。
 今日は高価なネックレスをプレゼントしてくれた。このネックレスは脳に作用して精神の安定やリラックス効果があり、見た目もお洒落で今銀河中で大流行している。所長の話では重要な心臓部をこの研究所の関連工場で製造しているとの事だ。妹用に今後発売予定の女性用のネックレスも一緒にくれた。妹の喜ぶ顔が目に浮かぶ。さらに新製品の最新型携帯通信デバイスも、通信費は会社持ちでモニターとして使ってみてくれと渡された。所長には感謝してもしきれない。
 その後も所長から色々な話を聞けた。僕は研究所の他部門の事はよく知らないが、銀河中から争い事を無くし、平和な世界を実現させる為の研究に力を入れているそうだ。戦争により故郷の星を無くした僕には所長の話にとても共感できる。


 ある日の仕事帰り、オープンしたばかりのカフェに寄ってみた。カウンターで僕が飲み物を服にこぼした時、隣の女性が親切に拭いてくれた。とても美しい女性だった。
 その後自然と会話が弾み、彼女は格闘技をやっている事がわかった。僕も小さい頃から古代武術の狼牙爪拳(ろうがそうけん)を習っていた。銀河狼に興味を持ち研究するようになったのは、元々は狼の動きを元にしたこの拳法を習い始めたからだ。
 彼女は何故か自分の職業の詳細を話したくはない様子だったが、守秘義務がある職業なのかもしれないので僕はそれ以上は聞かなかったが、ダメ元で格闘技の観戦に誘ってみた。彼女はOKしてくれ、その後も何度も僕と会ってくれた。




 気が付くと僕は冷たい道の上にうつ伏せで倒れていた。左肩から胸にかけて痛みが走る。頬に生温かい物が触れて広がって行き、体はあまり動かない。
 目の前の地面に所長から貰ったネックレスが千切れて落ち、その先には光る剣を持ったメタルスーツの女性警官が立っている。

 視界に映る僕の左手は狼の様な爪と毛に覆われ、鼻と口が前方にせり出している。
 何故僕はここに倒れている? 僕は何か悪い事をしてしまったのか? 獣人の様な体は……。
 所長から新開発の生体ナノマシーンの臨床試験の被験者を探していると聞き、僕はぜひにと志願したが、その副作用なのか? 時々記憶が途切れる事はあったが……。
 だが、まあいい。被験者になる代わりに妹の体の再生手術を所長は確約してくれた。妹は健康な体を手に入れられる。これから幸せに生きられる。
 僕が何か悪い事をしてしまったのなら、女性警官には迷惑をかけた。許してほしい。

 僕はわずかに動く震える指先でポケットから指輪を取り出した。この近くの公園でカフェで知り合った女性が待っている。切り詰めた生活であまり高価な物は買えなかったし、血で汚れてしまって悪いが今日はこの指輪を彼女に渡すつもりだ。少し遅れるかもしれないが、待っていてくれるだろうか……。

 妹と彼女の優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。
 僕は指輪を握りしめた。しだいに目の前が暗くなる。

 ……愛する妹……そして、愛する…………。
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