シスターウルフの恋人 13/17

文字数 2,526文字




 女の鞭が唸りを上げてエリスに振り下ろされる。重い一撃がエリスを襲う。
 洋服ダンスと床が破壊され、砕けた木片が宙を舞う。さらに横薙ぎに振られた鞭が棚の上の幾つものぬいぐるみを引き裂き、中身の綿を床一面にぶちまけさせる。

 女の振るう鞭は細い合金の繊維を何本も束にして編み込んで造られたものだ。その破壊力は凄まじい。
 部屋の隅に後退したエリスは、子供用の滑り台を持ち上げて攻撃を防御する。しかし、鞭の一撃で真っ二つにへし折られ、更に振るわれた鞭によりバラバラに粉砕された。赤、青、黄色の強化プラスチック製の破片が空間をカラフルに彩り、部屋中に飛散する。

 振るわれる鞭の先端を素早く掴もうとするエリス。だが、その瞬間に鞭は手を逃れ、するりと逃げる。何度も掴もうとするが、その度にまるで生きている蛇の頭であるかのように鞭はすり抜ける。
 女は後方に鞭を引いて振るう時に絶対に壁や天井に鞭をぶつけない。子供部屋とはいえ、比較的広めの部屋ではあるが、それでも室内の狭い空間で鞭を振るうのは容易ではない。それを難なくこなす女の技量は凄まじい。

 振るわれた鞭がエリスの胸に当たり、表皮のみならず肉までもそぎ落とす。よろめくエリスに、さらに唸りを上げた鞭が連続で追い打ちをかける。
 腕、腹、太腿を打った鞭がエリスの肉と血を吹き飛ばす。数発の鞭を受けた胸からは肋骨が覗いている。
 鞭の猛打で血煙を上げながら弾き飛ばされたエリスは、ウォークインクローゼットの白い扉を突き破って頭から内側に突っ込む。中には数十着のきらびやかなブランド物の子供用ドレスが収納されており、奥にはバッグや帽子などの小物類が大量に置かれている。手前の淡い色の数着のドレスには、エリスから吹き出し飛び散った鮮血が広がり、じわりと生地に浸み込んでゆく。

 クローゼットを出たエリスは鷲掴みにしていた数着のドレスを女に向かって投げ付ける。それに構わず宙に舞うドレスを切り裂き、横薙ぎに振るわれた女の鞭がエリスをなぎ倒した。子供部屋には似つかわしくないような、高級なホームオーディオ付きの大型テレビを破壊して突っ込むエリス。
 更に振るわれる女の鞭。
 エリスはテレビラックの背面から伸びる多数のコードとケーブルを掴んで引き千切り、向かって来る鞭に対してそれを振るった。
 鞭の先端は方向を変えようとするが、一瞬遅く数本のケーブルが鞭に絡みついた。
 エリスはすかさず鞭を左腕に絡めると、女に向かい猛然と床を蹴り突進する。両足の鋭い爪が床板に喰い込み破片を散らす。
 一瞬で全身の筋肉が膨張する。喉が野生の咆哮を絞り出す。両目の奥の赤い光が最大限に輝きを増す。
 女は未練なく鞭を投げ捨てナイフに持ち替えた。そして低い前傾姿勢で迫るエリスに対して、両手に握るナイフを逆手に持ち替える。

 両者が激突する。

 エリスの手が女の身体に届く寸前に、長い手足を持つ女の二本のナイフがエリスの両方の肩口を突き破り、鮮血を噴出させながら体内へと沈み込んでゆく。
 肩の筋肉が切断され、鎖骨が砕かれる。
 長いナイフの先端が心臓へと達する寸前、エリスは強引に身体を捻り、ナイフを背中へと斜めに突き抜けさせた。肩口と背中からおびただしい真っ赤な血潮が噴き出す。

 筋肉が厚く膨れ上がったエリスの太い両腕は、ナイフを握った女の両手首を握り潰さんとするほどの力で掴み、けっして放さない。
 体内にナイフが入ったままでは身体の再生は不可能であり激痛を伴うが、相手の武器を封じるためには有効な手段だ。貫かれた筋肉も強く固く締め付け、ナイフが抜け出るのを防ぐ。

 女の喉には、大きく開かれた鋭い多数の牙が覗くエリスの強靭な顎が、ナイフが突き刺さるのと同時に既に喰らい付いている。

 鋭い牙が徐々に喰い込む。女の喉からは連続した金属音が聞こえて来る。牙が喰い込み内部機構が徐々に破壊される音だ。エリスの口内に並んだ全ての牙は高周波振動を最大限で発生させている。
 狼の顎の力は凄まじく強力だ。それを更に数百倍の力に高めたのが狼型獣人化兵エリスの能力だ。

 牙が更に喰い込んでいく。両手首を掴まれている女は強力な膝蹴りをエリスの身体に所構わず打ち込んで来るが、その衝撃でエリスの牙は更に深く女の喉の奥深くへと喰い込む。

 甲高い鋭く大きな破壊音が室内に響き渡る。女サイボーグの頑丈な合金製の頸椎(けいつい)がその限界を超え、ついに砕け散った音だ。
 女の頭部が、がくんと後方に倒れ込む。辛うじて繋がっていた人造筋肉と数本のケーブルが頭部の自重で千切れ、床に重い激突音と共に落下した。
 衝撃でズレた黒光りする鋼鉄の面の下には、モデル並みの美女の素顔が覗く。この顔が女の本来の素顔なのか、造られた素顔なのかは不明であるが。

 なおもナイフのグリップを強く握りしめる女の指を強引に引き剥がし、もたれかかっていた女の前からエリスは退いた。首無しの身体が轟音を発して床に倒れ込む。
 この女は戦闘中に一言も声を発しなかったが、戦闘中は声を発しないのがこの女の流儀なのか、それともそもそも発声器官が備わっていなかったのか、今となっては知る(すべ)はない。

 エリスは右肩から背中に貫通していたナイフを一気に抜き取り投げ捨てる。抜く際に大型ブレードの背のノコギリ状のセレーションにより、傷口が広がり血が噴き出すが頓着しない。
 投げ捨てられたナイフにはエリスの血糊と微細な肉片が絡みつく。
 しばらくするとナイフから煙が立ち上った。これは死滅した細胞と血液が強力な特殊酵素の働きにより、分解され消滅したためだ。獣人化兵の機密保持のための証拠隠滅という事だ。もちろん獣人化兵が命を落とした場合にもこの機能は働き、分解され跡形もなく消滅する。


 左肩に突き刺さるナイフを引き抜いたエリスは、それを部屋の隅の壁に向かって投げ付ける。轟音を発して深々と突き刺さるナイフ。
「ひっ」と押し殺した女の声が上がる。
 部屋の角に置かれた子供用のベッド。その辺りだけ破壊の痕跡が皆無で綺麗なままだ。
 エリスは初めてこの部屋に入った時から、その鋭敏な嗅覚により既に知っていた。

 この部屋にはエリス以外に、女サイボーグを含め三人の人物が居た事を。



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