シスターウルフの恋人 15/17

文字数 2,970文字




 一瞬、部屋中に黒い霧が立ち込めたかのように見えた。
 だがそれは、壁と天井、床から同時に噴出して膨れ上がった大量の髪の毛のように細く長い繊維だった。
 前後左右上下から圧倒的な勢いで押し寄せる繊維の波に、エリスは為す術もなく翻弄された。
 繊維の一本一本が身体にまとわり付き絡み付く。渾身の力で振りほどこう、引き千切ろうとしても、柔軟で強靭な複合素材の金属繊維はどうにもならない。
 やがて繊維の霧は晴れた。――ように見えた。
 細い繊維同士が絡み合い捻じれ合い、数本の太いロープ状となってエリスの身体を締め上げている。
 エリスは床から数十センチ上方に大の字となって緊縛された。腕、足、胴体、首にそれぞれ数本ずつの漆黒の太いロープが喰い込む。
「エリスっ!」
 アレンはロープに向けフルオート射撃を放つ。しかし火花が散るばかりで手応えが無い。
「ならばっ!」
 ロープの射出口である天井と壁に向けて連射する。天井と壁が砕け散る。大小の破片が辺り一面に散乱する。だが、砕けた天井と壁の下から現れたのは鈍い銀色に輝く鋼鉄の壁だった。その壁は攻撃をまったく受け付けようとはしない。
「無駄だよ少年」
 ザルガスは椅子に座り足を組み、ほお杖をつきながら楽しそうにアレンを眺めている。
 アレンは小銃をビームソードモードへと切り替える。銃口から輝く光の(やいば)が伸びてゆく。サイドに折り畳んでいたスケルトンストックを引き起こし、それを掴むと思い切りロ-プに斬りかかった。
 激しい火花が飛び散る。何度も振り下ろされる光の刃。しかしその行為はすべて虚しい徒労に終わった。ロ-プには傷一つ付いていない。
「いいねえ。頑張る人間の姿を見るのは好きだよ。その努力がすべて無駄な努力に終わるのがね」
 ザルガスはとても楽しそうだ。
「少年よ、君はそこで仲間が苦しみ抜いて死にゆく様を、じっくりと眺めているがいい。(おのれ)自身の力の無さを悔やみながらな」
「くっ!……」
 アレンは拳を固く握りしめ、この屈辱に耐えている。身体機能を向上させるスーツを着てはいるが、あくまで基本は防護スーツだ。この現状を打破するだけのパワーは秘められていない。アレンが持つ最大火力である光学式小銃が通用しないとなると、もはや彼には対抗する術はない。

 ザルガスは空中で縛り上げられているエリスに声をかける。
「これは興味本位の質問なのだが、君のその獣人の姿はデュート人だからかね? 先祖返りだからか?」
「どういう意味?」
「惑星デュートに住んでいたほとんどの人々は、この惑星ソドンからの開拓移民の子孫だという事は君も知っているだろう? およそ六百年ほど前の事だが」
「それが何」
「ああ、知らないのか。まあ、それはいい。話が長くなる。後はこの惑星ソドンの歴史だからな」
「?」
「それにしても君の戦闘力は凄まじかったな。傭兵を全て撃破した。大金を支払った女暗殺者まで倒すとは、恐れ入ったよ」
 ザルガスは手の平でマルチデバイスを(もてあそ)びながら楽しげに語る。
「この部屋で監視カメラの映像を見ていたんだが、特に屋敷の使用人達を一人残らず惨殺したシ-ンは、とてもエキサイティングだったよ。力無き者達が力有る者に、一方的に命を奪われるというのは最高のエンターテイメントだね。もちろん私の妻子の最期も素晴らしかった」
「この狂人めっ!」
 アレンは嫌悪の籠った声音で呟くが、すぐに(うつむ)いた。それらの行為は全てエリスが犯したものだと分かっていたからだろう。

 ザルガスは足を組み直し、椅子にもたれ掛かってエリスを見つめ、なおも話を続ける。
「君は惑星デュートを消滅させた私を、極悪人だと思っているのだろう? だがそれは間違いだよ。私は正義の味方と言うやつさ。多くの人々の命を救ったのだからな」
「何を言っている?」
「デュートが消滅したのは、デュートで開発された惑星破壊兵器によるものだ。強力な長距離転移装置を使って、惑星の中心核に破壊装置を転送させるという物だ。それを銀河連邦の主要な数個の惑星に向け、打ち込もうとしていたのだよ」
「そんな話……」
 アレンは困惑の表情を隠せない。エリスは黙って聞いている。
「信じられないかね? しかし考えてもみたまえ。デュートのような小さな惑星が、銀河連邦に対して独立戦争を吹っ掛けるなど通常では考えられない。よほど強力な大量殺戮兵器でも保有していない限りはね」
「う……」
「私は銀河連邦内では多くの命を救った英雄と讃えられている。今は一旦亡命者としてこの惑星ソドンに居るが、しばらくしたら連邦の首都惑星に赴任する事が決まっている。ゆくゆくは連邦の中枢部に喰い込み、絶対的な権力を手に入れるつもりさ」
「……」
「では、お喋りはここまでとしよう」
 マルチデバイスの画面を手早く操作する。
「さて、狼少女よ、君はどんな声で泣き叫びながら死んでゆくのかな」
 ザルガスは微笑みを浮かべた。

 複合素材の金属繊維の集合体、それらが寄り集って太い何本ものロープ状となってエリスに絡みついている。そのロープに今、超高圧の電流が流された。
 絶叫を上げ、のたうち苦しむエリス。
「エリスっ!」
「うーむ。いい声で鳴くねえ。では、もう少し電圧を上げてみよう」
 エリスの全身に電流が駆け巡る。体表面に青白い電流が這い回り激しいスパークを飛ばす。ロープが喰い込む身体の数箇所から炎が噴出する。
「ほう、耐えるねえ。それでは一気に最高出力の10億ボルトではどうかな?」
 全身を包み込む激しい電流の流れが極太の物に変わる。金属ロープと身体から漏れ出す膨大な電流が室内にまで溢れ出す。
 アレンは近づく事も出来ない。エリスの苦痛に歪む顔を見つめ、ただ焦燥感を(つの)らせるだけだ。
 エリスの上下の着衣は燃え上がり、大電流に耐えかねた感情抑制コントローラーが爆発し砕け飛んだ。声帯が焼け切れたのか、エリスは無言で断続的な痙攣を繰り返すのみだ。

 やがて電流の流れは止まった。金属ロープには、体表面が炭化した消し炭のようなエリスがぶらさがる。数か所の炭と化した筋肉組織が床にごっそりと剥がれ落ちて崩れ去る。
「これは驚いた。そんな状態でもまだ生命反応があるのか」
 画面に表示されているエリスの生命反応は、弱いながらもまだ消え去ってはいない。
「ならば」
 ザルガスはマルチデバイスの画面をタップする。
 透明な壁付近に設置された金属製の扉が開き、そこから銀色に輝く戦闘ロボットが出現した。前後に長い流線形のボディに直接手足が付いたような、無骨な姿の全高2.5メートル程のロボットだ。
 アレンは光学式小銃を連射するが、戦闘ロボの体表面で全てが弾かれる。表面にはビーム拡散加工が施されているようだ。
 ロボの右手が動き、アレンに向けて、内蔵された速射機関砲が唸りを上げる。
 床が吹き飛び破片が飛び散る。アレンが弾かれたよう飛ばされ、胸を押さえて苦鳴を漏らす。その身体に数発の弾丸を喰らったのだ。防護スーツとその下に着込んだ金属アーマーのおかげで貫通はしていないが、数本の肋骨が砕けていた。
「少年はそこで大人しく見学していたまえ」
 戦闘ロボは機体の各部に設置された、サーボモーターの駆動音を発しながらエリスに向き直る。そして装甲上面のハードポイントにマウントされた、筒状のウェポンポッドの照準をエリスに合わせた。



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