シスターウルフの恋人 11/17

文字数 2,369文字




 ザルガス邸の裏口の頑丈な鋼鉄製の扉をこじ開け、エリスはすでに邸内に侵入していた。
 入ってすぐ左は食料保管庫だったが人影はなかった。
 保管庫から出た直後、隣の部屋から小さな金属音が聞こえてきた。彼女の耳がぴくりと動く。金属製の小さな物体が固い床に落ちて転がったような音だ。
 エリスはその部屋の扉に手をかける。押すと重い手応えを感じる。扉の向こう側に何らかの重い物体を置き塞いでいるのだ。
 扉に向けてエリスの前蹴りが炸裂する。扉が爆発するように粉々になり内側に吹き飛ぶ。それと共に扉を塞いでいた大型の業務用冷蔵庫が数メートルも吹き飛び、重々しい轟音を響かせて対面の壁に激突した。冷蔵庫に納められていた大量の肉や色とりどりの果物や野菜が床に飛び散り散乱する。同時に複数の悲鳴が上がった。
 部屋の中は広い厨房だった。大人数のパーティー用の料理を一度に大量に(まかな)える広く綺麗な厨房だ。
 部屋の中の大きな調理台の向こうには数人の男女が集まっていた。侵入者の知らせを聞き、厨房内にバリケードを築き立て籠もっていたのだろう。
 服装から判断すると、太った中年のコックが一人。痩せた若いコックが一人。庭師らしき中年が一人。初老の執事が一人。若いメイドが三人の合計七人だ。
 皆例外なくひどく怯えた顔をしている。血にまみれた恐ろしい狼の顔を持つ獣人化兵が、とてつもないパワーでバリケードごと扉を吹き飛ばして侵入して来たのだから無理もない。
 エリスは入口から数歩厨房内に入っただけで、その場で背を向け部屋を出ようとした。非戦闘員に用はないのだ。

 その時背後からエリスの頬をかすめ、壁に鋭い包丁の切っ先が突き刺さった。よく研がれ手入れされた包丁の刃の側面がエリスの横顔を映し出し、ぎらぎらと光り輝く。
 振り向くエリスに向けて、執事が手にしていた小型拳銃から甲高い音と共に数発の弾丸が発射された。一発が肩に命中する。エリスの目の奥の蠢く光が赤い輝きを放つ。仕掛けられた攻撃に対し、相手を自身の敵であると認識したのだ。
 庭師が投げ付けた四本の鋭い先端を持つガーデンフォークを掴んで受け止めた。エリスは倍の速度で庭師に投げ返す。胸を串刺しにされた庭師はそのまま後方に吹き飛び、壁に縫い付けられ部屋のオブジェと化す。部屋中に若い三人の女性の悲鳴が響き渡る。
 若いコックが数本まとめて持ったペティナイフを次々に投げ付ける。最初にエリスに向かって包丁を投げ付けたのはこの若者だ。血気盛んで怖いもの知らずな年頃なのだろう。歯を食いしばり、汗にまみれた鬼の形相で必死に投げ続ける。
 彼は一人のメイドの前に立ち、彼女を庇うようにしている。この若い男女は恋人同士であるのかもしれない。

 エリスは投げ付けられたペティナイフを手で弾き飛ばしながら、瞬時に若いコックの眼前に到達し、コックの胸に強烈な一撃を放つ。
 一瞬で若いコックの肉体が爆散する。壁、床、天井までも周囲一面に放射状に飛び散る血しぶきと肉片。幾つもの悲鳴が交差する。
 千切れたコックの腕が唸りを上げ、後ろにいた若いメイドの頭部を直撃した。メイドの首がありえない方向に折れ曲がり、そのまま頭から固い床に叩きつけられる。棚から調理器具と食器が落下し、金属音と陶器の割れる音が連続して響き渡る。

 エリスは少し怪訝そうに自分の(こぶし)を見つめる。コックに入れた突きの感触の手応えの無さに驚いているのだ。サイボーグの傭兵とは違い、生身の人間の身体は獣人化兵にとっては余りにも(もろ)くあっけなく壊れやすいものなのだ。
「よくも息子をーーーっ!」
 牛刀を両手で固く握りしめた太ったコックが叫び声を発して突進して来る。こめかみに太い複数の血管を浮き上がらせ、充血した両目からは大粒の涙を振り撒きながら突進して来る。若いコックは彼の息子だったようだ。頭からつま先までが赤い。全身に息子から噴き出した大量の血液を浴びているのだ。
 横に飛び退いたエリスは彼の側頭部に拳を叩きつける。調理台にぶつかり、その上に勢いよく乗り上げたコックの頭蓋骨は粉々に砕け散り、頭部が異様な形に変形して脳漿が飛び出す。

 銀髪のメイドが号泣して意味不明の言葉を叫びながら、この場から脱出しようと、もう一つの出口の前に積み上げられたバリケードを崩そうとしている。
 黒髪のメイドは床にへたり込んで背を丸めてうずくまり、頭の上に両手で握りしめた包丁をかざして激しく震えている。メイドのスカートから滲み出し床に広がっていく液体。彼女は恐怖で失禁してしまったらしい。

 執事が引きつった顔で至近距離で銃を発砲する。エリスの胸に命中したが、同時に彼女の裏拳が執事の顔面に炸裂した。その衝撃で引き金が引かれ、一発の銃弾が発射された。その弾丸が逃げ出そうとバリケードを崩していた銀髪メイドのこめかみに運悪く命中した。小型拳銃の小口径の弾丸ゆえ、頭蓋骨を貫通してはいない。
 積み上げられたバリケードの椅子を手で掴んだまま、ずるずると倒れ込むメイド。バリケードの下部分を支えていた椅子が抜き取られ、大音響と共に崩れて、重い調理機器がメイドの上に積み重なった。押し潰されたメイドから流れ出る血が床に広がり、事切れてうつ伏せの執事の顔を静かに覆っていく。

 うずくまっている黒髪メイドの前に立つエリス。それに気づいて頭を上げたメイドの顔は、恐怖に引きつり目が限界まで見開かれ、喉が絶叫を絞り出す。そして突然、両手で固く握っていた鋭い包丁を、自分のふくよかな胸に渾身の力で突き刺した。
 無残に殺されるよりは、自分で自分の命を絶つ道を選択したのだ。その切っ先は肋骨をすり抜け彼女の心臓にまで達し、メイドは前のめりの姿勢でその場で絶命した。安らかとは言えないが、その美しい顔が汚れる事無く、綺麗な死に顔を見せている。



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