シスターウルフの恋人 14/17
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エリスは部屋の隅に置かれた子供用のベッドに静かに歩み寄る。
そしてベッドのヘッドボードを片手で掴むと、その手を思い切り横に振り切った。猛烈な勢いで床の上を滑るベッドは、轟音を発して壁に激突した。衝撃でベッドが浮き上がる。破片が飛び散る。カラフルな動物柄のシーツと枕、マットレスも宙に浮く。そして地響きと共に床に落ち、横転してひっくり返り、無残に破壊された姿を
裂けた羽根布団から噴き出した無数の羽が宙を漂う。
ベッドが消失した空間、その裏に隠れ、今その姿を
「ザルガスの妻と娘…………」
陰鬱な声でそう呟いたエリスは、先程投げつけ、壁に深く突き刺さったままの大型ナイフを掴んで引き抜いた。壁から細かい破片がぱらぱらと
窓から差し込む陽の光を反射して、鈍く輝く分厚い
アレンが小銃を構えて子供部屋に入って来た。
「エリス、やっと追い付いた」
「うん。……アレン、これを拾って持ってきてちょうだい」
「え? あっ、これは……エリス、君はなんて事を――」
「ザルガスは書斎に居るそうよ」
屋敷の二階の奥の突き当たりにあるザルガスの書斎の入り口には、観音開きの重厚な造りの木製のドアがはめ込まれている。
エリスの
クラシカルで豪華な内装が施された広い部屋の奥の窓際に、こちらに向けて
「これは手荒いノックだね。ノックはもう少し優しくしてくれたまえ」
黒い高級スーツに身を包み、口髭と顎鬚をたくわえた長身の男。この男こそがエリスと兄のラルクが育った惑星デュートを、数億の人々と共に消滅させた元凶だ。
「君は以前に私を襲撃した犬の獣人に姿が似ているが、お仲間かね?」
「狼よ」
「おっとそれは失礼。なぜ私を狙う? 目的は何だ?」
「惑星デュート」
「ああ、なるほど。復讐という訳か」
エリスは入口に立つアレンに振り向く。手には彼が脱いだ迷彩ポンチョに包まれた、重そうな荷物がぶら下がっている。
「それを」
「あ、ああ」
黒いシールドの奥のアレンの表情は重く沈んでいる。
手渡された包みをザルガスの目の前の床に無造作に放り投げるエリス。
床に固く鈍い音を立ててぶつかった包みから、二つの血に
ザルガスの顔色が変わる。彼は椅子を倒して弾かれたように立ち上がると、物体のそばに走り寄った。そして崩れるようにして床に両膝を突き、両手を激しく震わせ頭髪を掻きむしる。
「なんて、なんて
ザルガスの目の前の床に転がる二つの物は、彼の妻子の頭部だった。
「娘は……まだ、七歳だぞ……」
ザルガスの声が震えている。両手を床に突き、頭をうなだれ肩を震わせる。
アレンは顔をうつむかせている。
エリスの喉が陰鬱な声を絞り出す。
「惑星デュートの消滅で消え去った命は数億。その中にはその子と同じ歳、いえ、産まれたばかりの子も大勢いた。脱出できた者の中にも家族を失った者は多い。少しでもその苦しみ悲しみを味わうといい」
身体を震わせ頭を垂れたザルガスから声が漏れる。
「ぐうっ、ぐふっ、ぐっぐっ……ぐふっ、くっくっくっくはっ、ははははっ」
「!?」
アレンが顔を上げザルガスを見る。エリスの表情が少し変わる。
「はあーっはっはっはっ、ああおかしい」
「狂ったか?」
ザルガスは立ち上がり、満面の笑みで膝の埃を払っている。
「君達、私がこんな事くらいで嘆き悲しむとでも思ったのかい?」
「何?」
「どうだったかね、さっきの私の演技。こう見えても私は学生時代に演劇をかじっていてね。演技力と心理学は出世の役に立つんだよ」
アレンが身を乗り出して叫んだ。
「奥さんと一人娘が亡くなって心が痛まないのかっ!」
「この女は上流階級の娘でね。家柄が良かった。出世のための政略結婚ってやつさ。顔も身体も私好みだったしな。ただそれだけの理由さ」
「娘を愛していなかったのかっ」
「愛していたさ。充分に可愛がっていた。ただし、ペットを可愛がるように、だがな」
「なんて奴だ」
「仕方が無かろう。私は後継ぎたる男子を望んでいた。だがこの女は女子を一人産んだきり、その後まったく子を
ザルガスは大きな身振り手振りで、まるで演劇のように語りながら歩き回る。
彼がこちらを振り向いた瞬間、突然天井から透明な壁が高速で床まで落ちた。
ザルガスとエリス達は透明な壁により、完全に分断されてしまった。
エリスが壁を殴りつけるが、びくともしない。
「幾ら殴っても無駄だよ。この厚さ50センチの壁は特別製でね。戦車砲の直撃でも破壊できないよ。それなのに、この濁りが一切無い美しい透明度、素晴らしいじゃないか」
アレンが大口径の光学式小銃を壁に向かって連射する。だが
「さて、そろそろ……」
ザルガスは手にしたマルチデバイスの画面をタップした。