シスターウルフの恋人 1/17

文字数 2,733文字




 間接照明の(ほの)かな明かりの灯る、薄暗い室内に、ベッドの軋む音だけが響き続ける。細かな細工の(ほどこ)された優雅な天蓋付きのベッドの上で、若い男女が互いを求めあう。
 男の上で汗を散らし、激しく動き続ける女の裸身は、薄暗がりにおいてなお一層透き通るような輝く白さを際立たせている。
 ベッドに仰臥(ぎょうが)して女を支える男の身体は細身だが筋肉質だ。浮かぶ汗が玉となり、濡れて光る素肌から幾筋も滑り落ちる。
「アレン、わたし、もう……」
 女は一瞬大きく体をのけぞらせ、その後静かに男の身体に倒れ込む。荒い息を吐く女は、両手で男の頬を愛おしそうに撫でながら(ささや)く。
「アレン、好きよ大好きよ。心から愛しているわ」
「ぼくだってエリスが大好きだ。今までも、これからもずっとずっと永遠に君を愛し続ける」



 『イグザフォース』。それは、食料、ファッション、音楽、芸能、家電品から宇宙船、軍事兵器までをも、宇宙規模で展開する複合巨大企業だ。
 その企業の大規模な総合医療研究施設の置かれている惑星ソドン。最先端の革新的な医療技術の数々を生み出し続けるその研究施設の地下十七階には、厳重なセキュリティーの施された生体兵器開発部門が設置されている。
 その施設の白一色で統一された会議室。中央に置かれた円卓に複数の男女が着席している。生体兵器関連の各部門の責任者と軍事部門の関係者達だ。
 会議室のドアが開き、白いケープを羽織ったエリスが入室する。ゆるいウエーブのかかった栗毛色の髪が歩くたびにふわりと揺れる。まだ幼さを残す顔立ちと華奢な身体つきの彼女には、可憐で清楚という形容詞がよく似合う。
 アレンはエリスの後ろから付き添うようにして入室すると、彼女の座るべき椅子を手前に静かに引き寄せる。
 エリスは一同に軽く会釈をしてから着席し、会議の円卓に加わった。アレンはエリスの席のすぐ後ろに立ち彼女の後ろ姿を見つめている。彼のその眼差しは優しくとても穏やかだ。

 生体兵器開発部門の統括責任者兼所長のライネルは、詳細な戦闘データを各人の前に置かれたディスプレイに表示しながら報告をする。
「エリス君の獣人化形態での数度の模擬戦闘の実験結果は、我々の想定を遥かに上回るものでした」
 その後もライネルの報告は続き、一通りの説明が終了した後に出席者の一人ががデータを見ながら尋ねる。
「彼女には、精神の安定性に問題が残ると聞いておりましたが」
「それは、消滅してしまった彼女の母星デュートで彼女が受けた、複数の悲惨な体験がトラウマとなっていた事に起因するものでした。しかし、精神の深層治療に加え、新型の感情抑制コントローラーの開発で現在は上手く抑え込まれています。それに、彼女の亡くなった恋人のクローンが誕生してからは、より一層の定安した精神状態が継続しています」
 エリスは後ろに立つアレンを見上げて優しく微笑む。アレンはそれに答えて彼女の肩にそっと手を置いた。

「模擬戦闘だけではなく、実際の戦闘でのデータも欲しいところです」
 軍事部門の関係者からの発言だ。
「その件は以前より検討しております。戦闘実験は実戦に限りなく近付けた環境で行いましたが、やはり戦闘用アンドロイドとの対戦だけでは限界もありますので」
 エリスが発言を求める。
「エリス君どうぞ」
「実戦を行うなら、ターゲットは兄が襲撃した政府高官を希望します」
「君の母星の消滅を裏で画策した人物の事だね」
「そうです。本来ならば兄が再び手を下すのが道理かもしれませんが、わたしにとっても憎むべき存在です」
「それならば、君の兄上に致命傷を負わせた警官にも恨みがあるのでは?」
「警官にはそれほど恨みはありません。職務をまっとうしただけだと思いますから。ですが、『来たるべき日』にわたしの前に立ちはだかる事があれば、容赦はしないつもりです」

 エリスの兄ラルクは注入された生体ナノマシンにより、全身の細胞を強化細胞へと変換させている途中だった。その際に一時的に記憶の混乱と精神的な不安定状態となっていた。
 彼の母星を裏切り惑星を消滅へと至らせ、その後この惑星に亡命して政府の高官となっていた男ザルガス。その男が妻と一人娘を連れてショッピング街を訪れた事を偶然知ってしまったラルクは、それが引き金となり彼自身が抑圧して心の奥底に封じ込めていた憎悪の感情が爆発し暴走状態となってしまった。
 獣人化形態へと変貌を遂げたラルクだったが、それは未だ完成された状態ではなかった。しかし、それでもその戦闘力は凄まじく、ザルガスを警護する数名のサイボーグを圧倒的な強さで倒したが、肝心のザルガスをその手にかけることはできなかった。それはいち早く駆けつけた一人の装甲機動警官の手により阻止され、致命傷を負わされたからだ。
 肩口から胸へと切り裂かれ深い傷を負ったラルクは、大量の出血で死の寸前に至った。だが、獣人化兵(ビーストソルジャー)である彼には致命的な傷を負うと、自動的に全身を仮死状態にして脳を優先的に保護する器官が備わっていた。そのため辛うじて一命を取り留める事ができたのだ。
 その後は警察署内部の協力者によりラルクは回収され、医療用の調整槽の中で傷の回復措置を受け、現在は本来装備されるはずだった生体兵器の組み込み作業を終えて経過観察中である。

「あの惑星の消滅によって、我々の同志やその家族、関係者にも多大なる犠牲が出た」
「私利私欲のために惑星(ほし)を売った男」
「討伐対象者のリストにも名前が記載されています」
「この惑星ソドンの浄化のためにも倒すべき相手です」
「異議はありません」
「異議なし」
「私も賛成です」

「確か、ザルガスの屋敷は郊外の森の中でしたな」
「襲撃するには適しているかもしれませんね」
「しかし、あの襲撃事件の後は屋敷の防備を強化したらしいですよ」
「なんでも、民間軍事会社からサイボーグの傭兵を数名雇い入れたとか」
「無人の攻撃兵器も設置したと聞きます」
 エリスが発言する。
「わたしの身体の戦闘スペックは、それらの兵器よりも劣る設計となっているのでしょうか?」
「いや、そんな事はない。一人でも充分に渡り合えるだけの能力は付加してある。だが、全ての機能を完璧に使いこなすにはまだ少し時間がかかる」
 獣人化兵は一体で特殊装備のサイボーグ兵の一個大隊1,000人を殲滅できる能力を持つように設計されている。一般兵相手ならば、その数十倍の戦力にでも対抗しうる。数体の異なる能力を有する獣人化兵が連携すれば、一個師団20,000人規模の戦力でさえ壊滅できるだろう。
 『来たるべき日』のため、少数であっても大軍団を凌駕できるほどの強力無比な戦力を更に増強するべく、この生体兵器研究施設において獣人化兵の設計と試作が日夜繰り返されている。



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