シスターウルフの恋人 2/17

文字数 2,206文字




 数日後、エリスは午後の戦闘訓練が終わった後、ライネルの執務室に呼び出された。アレンも一緒に同行する。
 執務室にはライネルのほかに二人の軍事担当者が同席しており、エリスの希望通り一週間後にザルガス邸において作戦を決行すると告げられた。
 この数日間でザルガス邸の見取り図やセキュリティー、警備の人員などの情報の収集は終了していた。調査には蜘蛛(くも)型獣人化兵が操る情報収集用の数十匹の小型グモと、蝙蝠(こうもり)型獣人化兵の操る偵察用の監視コウモリが使用された。

「ぼくも作戦に参加させてもらえないでしょうか」
 アレンは真剣な表情でライネルに申し出た。
 ライネルは眉間に少し皴を寄せて質問する。
「後方支援としてかね?」
「いえ、前線でエリスに同行したいのです」
「だめよアレン。あなたは生身の身体だもの、危険よ」
 エリスはアレンがそのような申し出をするとは夢にも思っていなかった。その表情は驚きに満ち、心底アレンの事を心配している。
「そうだよアレン君。敵の戦力は強力だ」
「ぼくも最近はエリスが訓練中の時間には、基礎的な戦闘を習い始めています」
「まあ、そんな事をしてたの」
 アレンは戦闘教官に口外しないように頼んでいたらしい。アレンの身体が最近少したくましくなってきたのを感じていたエリスだったが、筋トレを始めたと言うアレンの言葉を素直に信じていた。
「少しでも君の役に立てたらと」
「あなたはあなたのままでいいのに……」
 生前のアレンはエリスには無論の事、誰にでも親切で優しい人間だった。そして争い事は決して好まなかった。アレンのクローンもその性格は引き継いでいる。
 エリスは争いを好まないアレンが自分のために戦闘訓練を受けていたと知り、嬉しい気持ちの反面、心のどこかで少しだけ恐れを感じた。
 優しいアレンが変わってしまうのではないかと恐れたのだ。いや、それよりも生前のアレンとクローンのアレンはやはり違うのだと、一瞬ではあるが思ってしまった自分を恐れた。
 もしアレンが死なずに生きてここに居たとしても、この状況ならばきっとクローンと同じ行動をとるに違いない。エリスは無理やりそう信じて納得する事にした。今のアレンがクローンであっても、アレンへの愛は昔も今も永遠に変わる事はないのだと。

「戦闘用の防護スーツの試作品があると聞きましたが、それをぼくに貸していただけないでしょうか」
「あれか……」
 試作された防護スーツは本来獣人化兵の補助的な汎用スーツとして開発された物だ。しかし獣人化兵本体の飛躍的な性能の向上によりあまり必要とされなくなり、開発計画は現在大幅に縮小されている。

「貸すのは構わないが、本当にエリス君に同行するつもりなのかね?」
「もちろんです」
 アレンの表情からは強い決意が感じ取られる。
「うむ、そうか。では、それについてエリス君はどう思うんだね?」
「わたしはアレンに危険な戦場には来て欲しくないという気持ちに変わりはありません。ですが、そのスーツの性能はどのような物なのか一応お聞かせ下さい」
 エリスはアレンが一度心に決めた事は必ずやり遂げる男だという事を知っている。エリスが説得しても必ず同行するだろう。ならば少しでもアレンの身の安全のための情報を知りたかった。

「防護スーツは汎用スーツとして開発された性質上かなりの伸縮性があり、様々な獣人化兵の体形にフィットするように作られている。一見すると薄手で頼りなく見えるかもしれないが、ビーム拡散繊維と表面コーティングにより通常の光学兵器を無効化できる。実体弾の命中時や強い外部圧力、それは殴られたり蹴られたりした時も含むが、その際にはスーツの表面が瞬時に硬化して貫通を防ぎ、加わった力を分散させてダメージを低減させる。後はオプションの装着により、筋力を増幅させて走行スピードを上げたりジャンプ力を上げる、重量物を持ち上げる、パンチとキック力の威力の増加、といったところか」
「すばらしい性能じゃないですか!」
 アレンが目を輝かせて叫ぶ。エリスもその性能ならばと少し安堵する。
「ただしそれは基本的に獣人化兵の強靭な身体構造を前提とした、あくまでも補助的な物にすぎない。生身の人間が使用する事は想定していない。だからアレン君が使用して攻撃を受けた場合、それなりのダメージを負ってしまう可能性はある」
「それでもぼくはかまいません!」
「そのスーツを生身の人間用に改修する事はできないのでしょうか」
「うーむ。基本設計を見直さなければならないから、一週間後までとなると難しいだろうな」
「そこをなんとか……」
 エリスの表情は不安げだ。
「うむ、そうだな。簡易的ではあるが、スーツの下に軽量の金属アーマーを組み合わせれば、身体に負うダメージを軽減できるかもしれない」



 翌日から防護スーツを着用したアレンのために、スーツを使いこなす訓練が始まった。別エリアでのエリスの戦闘訓練も難易度を増す。
 今回の作戦は基本的にエリスの実戦におけるデータ収集が主目的だ。アレンの自衛目的による敵への最小限の攻撃以外は基本的に認められていない。そのため主として敵からの攻撃回避と隠密行動、潜伏方法等の訓練に限定された。
 人間の能力を遥かに超えさせるスーツの性能に最初は戸惑っていたアレンだったが、苦労の末徐々に使いこなせるようになった。学生時代は球技の花形選手だった彼は、元々スポーツのセンスと身体能力が高かったのだ。



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