(エピローグ)

文字数 742文字

 二〇〇五年八月六日
 午後、海上自衛隊の目映いばかりに白い制服を身にまとった三上マコトは、ひとりでバスを待っていた。観音崎行きのバスを。そしてそのバスに一緒に乗る筈だったカデナ・サンモントを待っていた。けれど彼女はいつになっても現れなかった。その代わりJR横須賀駅の改札前に、臨時の看板が立てられていた。そこには、こう記されていた。
『本日予定されていた三笠公園の花火大会は、中止になりました』
 ヴェルニー公園から吹いて来る潮風が、マコトの頬を撫でてゆく。ふとマコトは風の中に、聞き覚えのある声が聴こえて来た気がしてはっとした。
 マコトは耳を澄ました。それは、カデナの声だった。確かにカデナの歌う声が、マコトには聴こえた。マコトの耳に囁き掛けるように、風は確かに、こう歌っていた。
「……まもってあげたいあなたを……」
 風の中でそしてマコトは、ひとりむせび泣いた。マコトの涙は、夏の陽に煌めく白い制服の襟に零れ落ちた。

 一九七五年八月五日
 松堂かでなは洌鎌まことと、嘉手納の海岸で海を見ていた。潮風がふたりの頬を撫でてゆく。風の中に、ふと何かが聴こえて来た。ふたりは不思議そうに顔を見合わせながら、そっと耳を澄ました。
 それは聞き覚えのない少女の歌う声だった。風は若きふたりに向かって、こう歌い掛けていた。
「……まもってあげたいあなたを……」

 一九四五年八月五日
 綾瀬香出菜は、徳山誠の出征列車を見送る為、広島駅前の広場に立っていた。熱狂と共に出征列車を見送る、広島市民の雑踏に紛れながら。
 夏の風が、香出菜の頬を撫でていった。そして香出菜は、風の中に聞き覚えのない少女の歌声を耳にしてはっとした。風は香出菜に向かって、確かにこう歌い掛けていた。
「……まもってあげたいあなたを……」
(了)
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