(二・七)まことの復讐
文字数 2,505文字
こんなことしてたって、無駄だ。
まことは、一旦抗議団の最前列から身を引き、ひとり自宅に戻った。八月十四日のことである。
自室にこもったまことの頭の中には、ただひとつの想いしかなかった。かでなの仇を取ること。どうやったら、あいつらを痛め付けられるのか。兎に角帰国した四人を日本に戻し、相応の罰を与え、償いをさせる。いや、かでなが受けた苦痛のその何万倍もの苦しみを味合わせてやりたい。でなければ、自分の気持ちはとても収まらない……。
米軍、米兵たちに対する怒りと憎しみ、そしてかでなを失った悲しみとによって、まことの胸は張り裂けんばかりだった。
かでな、ぼくはきみを守って上げられなかった。この世で一番大事な人を……。
まことは具体的な復讐の方法を考え、そして思い付いた。
よし、これでいこう。
まことは早速、翌日八月十五日から行動を起こした。先ず工事現場のアルバイトを始めた。
米軍基地とその周辺では絶えず何かしらの工事が行われており、まことの家の近所にある嘉手納弾薬庫地区に於いても、古くなった倉庫を取り壊し新しいものに建て替える工事が進められていた。そこの現場監督と、まことの父親の雪雄とが知り合いであることを、まことは知っていた。どうしても働きたいとまことは雪雄に懇願し、そこの現場に入れてもらった。古い倉庫の解体には、ダイナマイトが使われていた。
まことは毎日せっせと真面目に働いた。そして夏休みも終わり間近の、アルバイト最終日にあたる八月二十八日のことである。まことは工事現場を後にする前に、あらかじめ目を付けておいたダイナマイトの保管場所に立ち寄った。周囲に人がいないのを確認しつつ、まことはダイナマイト三本を盗み出した。これで計画の第一段階はクリアである。
しかし翌日の朝にはダイナマイトの紛失が発覚してしまうだろうし、そうなれば第一にまことが疑われる。そうなる前に、行動を起こさねばならない。まことは休む間もなく、次のステップへと迅速に進んだ。
工事現場から帰宅したまことは一旦盗んだダイナマイトを自室に置き、シャワーで汗を流した後、家族と共に夕御飯を済ませた。それからマジソンバッグにダイナマイトを入れ、ズボンのポケットにはライターを所持し、こっそりと家を出たのだった。
時刻は午後八時を回っていた。目指すは嘉手納基地。まことはその場所を、自らの戦場であり死に場所と決めていた。確かにまことは死ぬ覚悟でいた。かでなの後を追って、自分も死を望んでさえいた。なぜなら、かでなのいない人生など、最早まことには何の意味も見出せなかったからである。
見ていてくれよ、かでな。きみの仇を取るから……。
嘉手納海岸を横切り、嘉手納基地の通用門の前に到着した。かでなへのレイプに対する抗議団の活動は既に下火になり、夜には松堂家の人々も帰宅していた。従って周囲に人影はなかった。まことにとっては、その方が都合が良かった。
これなら、みんなに迷惑を掛けずに済みそうだ。よし、いくぞ。まことは守衛室の窓口に立った。
「何の用ですか」
英語で問う守衛室の米兵に、まことは英語で答えた。
「自分は、洌鎌まことだ。松堂かでなの件で要求がある。責任者を呼んでくれ」
しかし米兵の答えは冷たかった。
「その件なら、日本政府に任せてある。何か言いたいなら、日本政府に言ってくれたまえ」
「OK」
まことは一旦引き下がった。守衛室の前から消え、まことは通用門の脇に身を潜めて、基地の様子を窺った。
時刻は午後九時を過ぎた。一台の納品業者の四トントラックが通用門の前で停車した。三十代前半のドライバーがトラックから下りて、守衛室の窓口に立った。
「那覇国際フーズです。食堂の食材の搬入で来ました」
「OK」
基地内に入る許可を得たドライバーは、再びトラックに乗り込んだ。
よし、今だ。
咄嗟にまことは、マジソンバッグを胸に抱きかかえながら走り出した。そして徐行運転で基地に入ってゆく四トントラックの陰に隠れながら、まんまと自分も基地の中に侵入したのである。
上手くいったと思ったのも束の間、巡回中の警備員とばったり出くわしてしまった。嘉手納基地内には、米軍から雇用された地元沖縄県人の警備員が十数名勤務していた。まことを発見した年配の警備員は、日本語でまことに声を掛けて来た。
「おい、きみはここで何をしているんだね。軍の関係者とも思えないが」
しかし動揺したまことは、無言のまま逃げ出した。ここまで来て、引き下がる訳にはいかない。何処でもいいから、兎に角基地の建物の中に逃げ込もう。
「待てーーっ」
しかし警備員も懸命に追って来た。
「誰か、その子を捕まえてくれーーっ」
警備員は英語で叫び、近くにいる米兵たちに協力を要請した。多くの米兵たちが直ぐに集まって来た。その中の三人が、まことの前に立ちはだかった。
三人はいずれもまことより体格が良く、日頃の訓練で鍛えられた強靭な肉体の持ち主ばかり。これではまことに勝ち目はない。焦ったまことは苦し紛れに叫んだ。
「近寄るな」
叫びながらまことは素早くマジソンバッグからダイナマイト三本を取り出すと、周囲の者たちを威嚇した。
「俺は、松堂かでなのことで抗議に来た。俺の望みはただひとつ。頼むから犯人の四人をここ日本に呼び戻してくれ。そして正当な日本の裁判をやってくれ」
しかし声は上擦りダイナマイトを持つ手も震えるまことに、米兵の一人が飛び掛かった。咄嗟に身をかわしたまことはズボンのポケットからライターを取り出すと、ダイナマイトの雷管のコードにそれを近付けた。
「近寄るなと言っただろう。変なまねをしたら、本当に火を点けるぞ」
ところがである。
バーーン。
何処から撃ったのか、誰が引き金を引いたのか、一発の銃弾がまこと目掛けて飛んで来た。弾はまことの心臓に命中し、まことはダイナマイトを握り締めたまま、その場に身を崩し倒れ込んだ。即死、だった。
米軍は日本政府に対し、嘉手納基地に侵入したMakoto Sugamaと名乗る日本の少年テロリストを射殺した、と連絡した。
一九七五年の夏の終わりのことである。
まことは、一旦抗議団の最前列から身を引き、ひとり自宅に戻った。八月十四日のことである。
自室にこもったまことの頭の中には、ただひとつの想いしかなかった。かでなの仇を取ること。どうやったら、あいつらを痛め付けられるのか。兎に角帰国した四人を日本に戻し、相応の罰を与え、償いをさせる。いや、かでなが受けた苦痛のその何万倍もの苦しみを味合わせてやりたい。でなければ、自分の気持ちはとても収まらない……。
米軍、米兵たちに対する怒りと憎しみ、そしてかでなを失った悲しみとによって、まことの胸は張り裂けんばかりだった。
かでな、ぼくはきみを守って上げられなかった。この世で一番大事な人を……。
まことは具体的な復讐の方法を考え、そして思い付いた。
よし、これでいこう。
まことは早速、翌日八月十五日から行動を起こした。先ず工事現場のアルバイトを始めた。
米軍基地とその周辺では絶えず何かしらの工事が行われており、まことの家の近所にある嘉手納弾薬庫地区に於いても、古くなった倉庫を取り壊し新しいものに建て替える工事が進められていた。そこの現場監督と、まことの父親の雪雄とが知り合いであることを、まことは知っていた。どうしても働きたいとまことは雪雄に懇願し、そこの現場に入れてもらった。古い倉庫の解体には、ダイナマイトが使われていた。
まことは毎日せっせと真面目に働いた。そして夏休みも終わり間近の、アルバイト最終日にあたる八月二十八日のことである。まことは工事現場を後にする前に、あらかじめ目を付けておいたダイナマイトの保管場所に立ち寄った。周囲に人がいないのを確認しつつ、まことはダイナマイト三本を盗み出した。これで計画の第一段階はクリアである。
しかし翌日の朝にはダイナマイトの紛失が発覚してしまうだろうし、そうなれば第一にまことが疑われる。そうなる前に、行動を起こさねばならない。まことは休む間もなく、次のステップへと迅速に進んだ。
工事現場から帰宅したまことは一旦盗んだダイナマイトを自室に置き、シャワーで汗を流した後、家族と共に夕御飯を済ませた。それからマジソンバッグにダイナマイトを入れ、ズボンのポケットにはライターを所持し、こっそりと家を出たのだった。
時刻は午後八時を回っていた。目指すは嘉手納基地。まことはその場所を、自らの戦場であり死に場所と決めていた。確かにまことは死ぬ覚悟でいた。かでなの後を追って、自分も死を望んでさえいた。なぜなら、かでなのいない人生など、最早まことには何の意味も見出せなかったからである。
見ていてくれよ、かでな。きみの仇を取るから……。
嘉手納海岸を横切り、嘉手納基地の通用門の前に到着した。かでなへのレイプに対する抗議団の活動は既に下火になり、夜には松堂家の人々も帰宅していた。従って周囲に人影はなかった。まことにとっては、その方が都合が良かった。
これなら、みんなに迷惑を掛けずに済みそうだ。よし、いくぞ。まことは守衛室の窓口に立った。
「何の用ですか」
英語で問う守衛室の米兵に、まことは英語で答えた。
「自分は、洌鎌まことだ。松堂かでなの件で要求がある。責任者を呼んでくれ」
しかし米兵の答えは冷たかった。
「その件なら、日本政府に任せてある。何か言いたいなら、日本政府に言ってくれたまえ」
「OK」
まことは一旦引き下がった。守衛室の前から消え、まことは通用門の脇に身を潜めて、基地の様子を窺った。
時刻は午後九時を過ぎた。一台の納品業者の四トントラックが通用門の前で停車した。三十代前半のドライバーがトラックから下りて、守衛室の窓口に立った。
「那覇国際フーズです。食堂の食材の搬入で来ました」
「OK」
基地内に入る許可を得たドライバーは、再びトラックに乗り込んだ。
よし、今だ。
咄嗟にまことは、マジソンバッグを胸に抱きかかえながら走り出した。そして徐行運転で基地に入ってゆく四トントラックの陰に隠れながら、まんまと自分も基地の中に侵入したのである。
上手くいったと思ったのも束の間、巡回中の警備員とばったり出くわしてしまった。嘉手納基地内には、米軍から雇用された地元沖縄県人の警備員が十数名勤務していた。まことを発見した年配の警備員は、日本語でまことに声を掛けて来た。
「おい、きみはここで何をしているんだね。軍の関係者とも思えないが」
しかし動揺したまことは、無言のまま逃げ出した。ここまで来て、引き下がる訳にはいかない。何処でもいいから、兎に角基地の建物の中に逃げ込もう。
「待てーーっ」
しかし警備員も懸命に追って来た。
「誰か、その子を捕まえてくれーーっ」
警備員は英語で叫び、近くにいる米兵たちに協力を要請した。多くの米兵たちが直ぐに集まって来た。その中の三人が、まことの前に立ちはだかった。
三人はいずれもまことより体格が良く、日頃の訓練で鍛えられた強靭な肉体の持ち主ばかり。これではまことに勝ち目はない。焦ったまことは苦し紛れに叫んだ。
「近寄るな」
叫びながらまことは素早くマジソンバッグからダイナマイト三本を取り出すと、周囲の者たちを威嚇した。
「俺は、松堂かでなのことで抗議に来た。俺の望みはただひとつ。頼むから犯人の四人をここ日本に呼び戻してくれ。そして正当な日本の裁判をやってくれ」
しかし声は上擦りダイナマイトを持つ手も震えるまことに、米兵の一人が飛び掛かった。咄嗟に身をかわしたまことはズボンのポケットからライターを取り出すと、ダイナマイトの雷管のコードにそれを近付けた。
「近寄るなと言っただろう。変なまねをしたら、本当に火を点けるぞ」
ところがである。
バーーン。
何処から撃ったのか、誰が引き金を引いたのか、一発の銃弾がまこと目掛けて飛んで来た。弾はまことの心臓に命中し、まことはダイナマイトを握り締めたまま、その場に身を崩し倒れ込んだ。即死、だった。
米軍は日本政府に対し、嘉手納基地に侵入したMakoto Sugamaと名乗る日本の少年テロリストを射殺した、と連絡した。
一九七五年の夏の終わりのことである。
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