第16話  佐伯先生

文字数 1,974文字

田神先生は社会科の教師で、後3年で定年のおじちゃん先生だ。

少しセクハラ気味だが、私と馬鹿話ができる唯一の教師である。小太りで背は私と同じ位である。まあでかいタヌキを想像して頂けると丁度良い。

「では失礼します。」
私は教室を出ると窓の外を見た。外はもう暗くなっていた。
オレンジの光は今日最後の陽の名残だったのだろう。今は跡形もなく消えていた。

佐伯先生は外を見ながら言った。
「今日の夕焼けはすごかったですね。電気を点けるのが勿体ない位だった。・・なかなかいい景色でしょう。ここはこの学校で一番のロケーションですね。私もここから見える景色が好きです。」
私はびっくりして佐伯先生を見た。
彼は相変わらず笑顔で言った。
「では。宜しく。遅くまで済みませんでした。」

 私はその後すぐに退勤した。
書道部の教室を見上げるとまだ電気が付いていた。

佐伯先生か。
不思議な先生だ。
佐伯先生は数学の教師である。
年齢は多分30代前半ではないかと思う。
常に笑顔と丁寧な言葉で人に接する。
彼が大きな声で怒鳴っている姿はまだ一度も見たことはない。いつも静かに話をするが、笑わない彼は酷く冷たい感じがする。
それだけで中坊達は結構ビビる。(笑)
勿論、私もビビる。

そして生徒達の間ではキレると非常に恐ろしいという噂が時折実しやかに囁かれる。面妖な事にその現場をはっきり目撃した、またはキレる対象になったという生徒がいないにも関わらず。
・・・「はい。俺叱られました。」とか「いや、私キレているところを見ました。」と名乗り出る生徒はいないのに、何故か「○○が見たけど、超怖え~らしい。」とか「○年の○○がキレられたらしいけど、死ぬかと思ったってよ。」という話だけが流れる。
・・・○○って一体誰!?

加えて、彼は島根あたりの旧家の出身で家は大地主、住んでいるのは豪華なマンションとか、田舎には許嫁がいて家を守っているとか・・・・佐伯先生自体がもう軽い都市伝説と化している。
そのうち実は彼はバンパイアだったなんてことになるんじゃないかな・・・。


そんな訳で私とは違う括りに存在する佐伯先生だが、彼は私のような下々の者にまで、丁寧に言葉を掛けてくれる。
「宇田先生。ちょっとお話よろしいですか?」
とか、
「宇田先生。今日の書道部ですが、僕は出張なので子供たちを見て頂いてよろしいですか?」
とか。

私は一応書道部の顧問に名前を連ねているのだが、ほとんど出たことはない。
たまーに佐伯先生がいないときに出る位である。生徒も私が実は顧問って知らないのではないかと思う。

「何で宇田先いんの?」
「知らね。暇なんじゃね?」
・・・
「えっ?宇田先、書道部顧問?何かの間違いじゃねーの?書道教えられんの?」
「無理じゃねー。どう見ても。」
・・・
だから数える程しかあの教室に行ったことはないし、佐伯先生ともそんなに話をしたことはない。

しかし、綺麗な男だから女性教師にはモテる。余所の学校にも憧れる人はいるらしい。
そうでしょうよ。そうでしょうとも。
スマートな人だから。
こんな所で数学なんか教えていないで、モデルにでもなった方がいいのではと思うが、・・・不思議と浮いた噂がないのは何故だろう。自分が知らないだけなのか?

未婚既婚に関係なく彼は好印象である。それなのに・・。とても丁寧で人当たりのよい人なのに・・・
「何となく、とっつきにくいのよねぇ。ガードが堅いのかしら・・。勇気のある女子(おなご)連中が突進したけれど全て玉砕らしいわよ。田舎に婚約者がいるって噂よねえ・・・本当かしら。3年前かな?高校から異動して来たのよね。噂ではJKにモテすぎて嫌になったから中学に来たと言う話よ。そりゃあ・・そうよねえ。今時のJK、『半端ねえ』でしょうから。(音楽担当菅原談)」
という事でみんな遠巻きにして眺めているという感じである。まあ鑑賞用?
彼は妙にこっちを委縮させる。そんなこと思ってんのは自分だけか?考え過ぎか?
私は思った。

田神さんに言わせると、佐伯先生は実はすごい女たらしなんだということだ。・・・どこでそんな噂を仕入れて来たのか・・。実は田神さんの僻なんじゃないかと私は密かに思っている。

「宇田ちゃん。気をつけろ。」
田神さんは言っていたが、気を付けるも何も・・・まともにしゃべってのだって今回が初めて位で。しかし、突然触れて来たのには驚いた。やたら人当たりがいいのも考え物だ。中身は結構ブラックだったりして。・・まあ多分そうじゃないかな。笑わない顔の怖さが半端ないと、根っからやさぐれている私は思う。

しかし、あの場所のあの夕焼けはめっけものだな。
またいつか眺めに行こう。佐伯先生が出張でいない時に。
私はそんな事を考えながら、蒸し暑い夜の中を歩いた。

茂木ちゃん達仕事終わったかな。ラインしてみよう。誰か釣れるかもしれない。冷えたビールを一杯飲んで帰りたい。

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