第20話  姉と弟

文字数 2,077文字

「宇田先生。・・・顔がやつれましたね。」
私を見た佐伯先生の第一声はそれだった。

「はあ・・酷い二日酔いで・・。何とか回復してきました。」
私は酔っぱらってえらい目に合った次の日の夕方、お詫びの品々を持って佐伯先生のマンションに出掛けた。
佐伯先生の最寄りの駅は学校を挟んで反対側の町にあって、私は彼に随分遠回りをさせてしまったと思った。
午後からは来客があるので部屋を出られないという佐伯先生のお話で私はご自宅まで出向くことにしたのだ。

立派な何とか石のエントランスには幾つかの観葉植物の大鉢があって、私はそれを見ながら、噂は本当だったと思った。高級なマンションに住んでいるというお金持ちのお坊ちゃん。
佐伯先生がエレベーターから降りて来た。
青のシャツとデニム姿だった。

普段着の彼はシンプルなのにおしゃれな感じがして、私はまた頭の中で
「ふうーん。」と納得した。世の中にはこんな人もいるんだ。何を着ても似合うんだなあ。
こんな人と一緒に歩く女の人はどんな人だろう。と思った。

私はお詫びの品として、小さな花束とアップルパイとキリマンジャロの豆が入った小袋をお渡した。
何をお詫びにしていいかも思い付かなかったが、これでもう目をつぶってもらおうと思った。

佐伯先生は最初、遠慮をしたが、受け取ってくれなければ私の立場全くないですからという、私の情けなさそうな顔を見て、受け取ってくれた。
「昨日は大変お世話になってしまい・・・申し訳ありませんでした。」
私は深々と頭を下げた。
「いや、それほどでもなかったですよ。・・・でも、私がキリマン好きな事よく覚えていましたね。」
「はあ・・会話の所々は覚えているのですが・・・・ほとんど忘れていると言って差し支えが無い様な状態で・・・何か失礼な事とか手間を掛けさせる様な事とか致しませんでしたでしょうか・・・しましたよね・・多分。」
私の脳裏に揃えた靴下が浮かぶ。
「ああ。・・・いや大丈夫でしたよ。行儀よく寝ていました。」
と言いながらも彼は笑っている。
「本当にすみません。」
もう…すべて忘れて欲しい。って言うか、何があったにしろ、今更変えられない過去を私も聞きたくない。
と、その時エントランスのドアが開いて私の後ろで声がした。

「あら。由瑞。」
「ああ。来たのか。」
彼は私の後ろに視線を移した。私もつられて後ろを振り返った。

ひとりは小柄でぽっちゃり系の女の人。肩までの茶色の髪が綺麗に巻いてある。もう一人は高校生位の男の子だ。
女の人は瞳の色が茶色だ。
とても目が大きくて、所謂ネコ目ってやつですか?ちょっと釣り上がり気味の。
私は会釈をした。

「あら、お客様?」
茶色の瞳が私をじっと見つめた。
相手の瞳を通して脳内を探索しそうな視線だった。

「蘇芳(すおう)。そんなに見詰めたら失礼だよ。こちらは宇田先生。学校の同僚なんだ。」
佐伯先生が言った。
「あっ。失礼しました。御免なさいね。じっと見て。仕事の癖で・・うちの弟がお世話になっています。」
それまでの緊張がなかったみたいに一瞬で溶解した。
彼女はにっこり笑って頭を下げた。
大輪の薔薇のような華やかな笑顔だった。女の私でも惚れてしまいそうな笑顔だった。

「こちらこそ。お世話になっています。」
慌てて私も頭を下げた。
佐伯先生のお姉さん?
えー。幾つなの?超若いな。この姉。
「これは私の双子の姉と年の離れた弟です。」
佐伯先生が紹介してくれた。
双子?そうなんだ。似てないなあ・・・。
姉と言われた人は目を上げて
「由瑞。部屋の(カード)貸して。私達先に行っているから。」
と言った。
「あっ。私はすぐに帰りますから。」
私は慌てて言った。
「じゃあ、先に行っていて。すぐ行くから。」
佐伯先生は答えて、カードを女の人に渡した。

彼女は私に軽く会釈をするとエレベータに向かった。
男の子もちょっと頭を下げるとその後を追った。
男の子の声が聞こえる。
「ねえ。何か面白いモノ・・」
佐伯先生は二人の後ろ姿を見送っていたが、私を見ると
「すみませんね。宇田先生。失礼しました。」と言った。

私は挨拶をしてエントランスを出た。振り向くと佐伯先生と目を合わせそうで、それでまっすぐ前を見てさっさと歩いた。曲がり角に来て後ろを振り返り、出て来たマンションを眺めた。

姉と弟か・・・。
それにしてもあの姉と言う人の視線は怖かった。
 綺麗に弧を描いた眉の所で切り揃えられた前髪。ほんわりしたイメージの髪型とは裏腹に、あの視線は怖すぎる。笑うと優しそうだったけれど。・・・ありゃ嘘だな。あの笑顔は。
あのお姉さんは「すおう」って呼ばれていた。
「すおう」は多分あの「すおう」だよな。「蘇芳色」の。

で、またあの弟のイケてる事。
女の子みたいに綺麗な顔をしている。
学校でモテるだろうな。ちょっと可愛い感じがいい。
美形の一族なんだな。
私はそう思った。

 そんなことを考えて歩いていたら茂木ちゃんからラインが届いた。
「今から、涼子と会うけど、樹も来る?」
「あたし飲めないけど、お腹が減ったから行く。」と返信した。
「うどんが食べたい。」追加でラインを送ったら、イタリアンだよ。って来たわ。
まあいいか。




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