第7話  あの頃 Ⅱ

文字数 1,181文字

 あの頃、陸を失った私は何かに縋らなければ生きていられなかった。

生きていく気力も失せた。自分を責めたり、神様を恨んだり。
でも生きていかなければならない。どうして?
生きていなくてもいいんじゃないかな。

陸がいなくなったって信じられなかった。
陸からのラインや陸の写真を何度も見直して時間が過ぎた。
「明日、いつもの店で会おうよ。」って言えば、返信が返ってくる。
二人とも忙しいけど、週末には会ってドライブしたり、海に行ったり、人気のお店に行ったり。そんな日常が突然消えた。

ゆっくりと日常が過ぎていく。
虚ろで、平穏な日々。

私の心は過去にしか向いていなかった。
今、そこにある現実は何の意味も持たない、ただの映像だった。全ては私と無関係な場所で、通り過ぎて行った。

 事故の事は覚えていない。
大型トラックのぎらぎらするライトだけが意識に残っている。
それだけが時にフラッシュバックする。

冬の夜。
スノボーの帰りにセンターラインを越えて来た大型トラックに弾き飛ばされ、陸の車は道路脇の電柱に撃突した。電柱は運転席にめり込んだ。・・らしい。

病院に一年以上入院していた。意識不明の重体だったし、複数個所の損傷で手術後のリハビリが大変だった。
陸は即死だったって、お父さんが教えてくれた。
本当かな?
陸、うんと痛い思いして、苦しくて苦しくてもう嫌だって思っても、陸に生きていて欲しかった。

 私が意識不明で彼岸と此岸の間を彷徨っているうちに、陸のお葬式は済んでしまった。
お父さんは陸のお葬式に出掛けた。49日が過ぎた頃、陸のお父さんが家に謝りに来たと言っていた。私がまだ重体の時に陸の両親は一度私を見舞いに来たらしい。
何を聞いても、まるで現実感がなくて、何もかもが透明で、自分自身さえ透明になりそうだった。

陸が逝く時、私の中の大事な何かが一緒に逝ったのだろうか。
大切な人を失う毎(ごと)に何かが私の中から消えて行く。母が出て行った時にも、そして祖母が亡くなった時にも。

だけど、陸の死によって消えたものは再生不能の何かだったのだと思う。それ以来、私は全くのガラクタで、役に立たないスクラップのようだった。
何とか部品を組み合わせて、油を差して、調節しながら動かしてきたけど、私はずっと死ぬまで大事な何かを失ったままだと思った。

失っただけならいいけど、失い続けるとしたら?

それを喪失したが為に、ぐずぐずと砂の城が崩れるように、それの接触面から、周囲に向かって損ない続けるとしたら?
喪失を止める手立てはない。だって陸がいないのだから。

全てがばらばらと崩れ落ちて、その後には暗黒の闇がぽっかりと口をあける。
このイメージは私を苛む。
このまま底の知れないブラックホールのような穴の中に逃げ込むか、それとも自分を叱り飛ばして、この暗闇から逃げて、何とか生きていく道を探すか。私は死ぬことばかりを考えるようになった。
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