第23話  奇遇な出会い Ⅱ

文字数 2,352文字

 話が途切れて、融君は頬杖をついて窓の向こうを眺めた。
私も黙って通りを眺める。
午後の街はカラフルな色合いの人達であふれていた。
ゆっくりと時間が流れる。
一緒に居た頃の時間が蘇って来る。

いつまでもこうやって眺めていたいと思った。
自分は独りだけど、こうやって誰かと街を眺めるだけで、それでも幸せになれるって思った。それが私の所に留まらないで、ただ通り過ぎる人であったとしても。あの頃はそう思っていた。

 
「よくこうやって一緒にお茶を飲んだよね」
私は言った。
「そうだね」
彼は笑った。

静かに時間が流れる。

ふと、融君が私を呼んだ。
「出ない?」
私は頷いた。

融君は人の流れを器用に進む。私は彼の後を追いかける。不器用な私は二、三歩遅れから徐々に遅れだし、その内5メートル位離れてしまう。

彼が先に行ってしまって少し寂しくなる。
そんな小さな感情の揺れまで蘇って来た。
そうだった。
ちょっと居た堪れない気持ちになる。

融君は近くに私がいないことに気が付いて道の端に寄って私を待つ。

 「久しぶりだから忘れていた。」
そう言うと私と並んでゆっくりと歩く。
私はほっとする。
私って全然変わらない。忘れたと思っていたのに。
・・そして彼も変わらない。
そう思いながらくすりと笑うと彼は何?と聞いた。
私は答えた。

「まるで恋人みたいね。」
「だからさ。そう言ったじゃないか。それなのに宇田さんが俺を振ったんだよ。」
「何言ってんのよ。融君がダメだったんじゃないの」
「おや?忘れてんじゃないの?嘘ばっか言って。宇田さんが断ったんだろう?」
「だって、融君だってそうじゃん」
「あれ?そうだった?どうも俺の記憶と違う感じだけど・・・・何だかもう昔過ぎて忘れたな」
私達は、はははと笑う。

「融君。彼女いるの?」
私は聞いてみた。
「うん。一応ね」
彼は答えた。
「なんだ。じゃあ、私の手助けなんか要らなかったね。嫌だ。早く言ってよ。恥ずかしい」
私は言った。
「・・・って事は私とこんな風に歩いていたら不味いんじゃないの?」

「いや?・・・だって、宇田さんは特別だから。・・・今日は久しぶりに話が出来て良かった。君の元気な姿も見れたし。
俺達はお互い底辺にいた頃のお互いを知っているから。まあ同志の様なものだよ。一番最悪な時間を共有したからね。・・・なかなかそういう友達はいない」

違うよ。一番最悪は私だけだった。
融君はそんな私に付き合ってくれたんだ。
今なら彼の優しさがしみじみと分かる。

「だからって彼女さんは嫌だと思うよ。」
「別に歩くぐらいで怒るような人じゃないから。そんな事言っていたら、窮屈で仕方が無い。それに彼女は今、アメリカなんだ」
「へえ。仕事のできる人なんだね。同じ会社の人?」
「そう。会社の先輩だった人。今は転職して別の会社にいる」
彼は答えた。


同志か・・・。
私の胸がちくりとした。
そして何を今更と自分に言う。

「宇田さんは?」
「彼氏?イナイ、イナイ。・・・まだ陸を引き摺っている」
「無理して忘れなくてもいいんじゃないの?だって無理でしょう。いつかそんな宇田さんを丸ごと抱えてくれる包容力のある男が現れるよ」
彼は言った。
「そうだといいなと思うよ」
私は返した。
暫く黙って歩く。

「ねえ。電話番号は変わっていないの?」
融君が聞いた。
「うん。住所も変わっていない」
「俺も変わっていないから。何か困ったことがあったら電話して」
彼はそう言って、私を見た。
「有難う。融君もね」
そう言いながら電話することも来ることも無いなと思った。


夏の午後はゆっくりと時間が過ぎて行く。二人は黙って歩いた。
ふと、融君が言った。
「そこに公園がある。一回りしてから帰らないか」
私達は二人とも公園が好きだ。二人とも田舎育ちなので森が恋しいのだ。
だが、流石にそれは遠慮した方が良いのではと思いながらも付いて行く。

公園の方に横断歩道を渡って行こうとすると、信号の向こうに見知った人がいた。

「宇田先生。奇遇ですね。」
・・・・
今日は奇遇な出会いが多いな。何でだ?

佐伯先生とイケてる弟君だった。
今日はあの怖いお姉さんはいないらしい。
私達は公園の前で立ち話をした。
私は融君に佐伯先生を紹介した。
「融君。こちらは私と同じ学校の先生で佐伯先生という方です。」
私は融君を見上げた。


融君は難しい顔をして佐伯先生を見ていた。
佐伯先生も怪訝な顔をして融君を眺めている。
「あれ?融君?」
私は声を掛けた。
彼はふと私の腕を掴むとぐいと後ろに引っ張り、まるで隠すように自分の背中の方に寄せた。
「ちょっと、何?」
私は慌てた。
融君は私を見ると
「ああごめん。」と笑った。
「失礼しました。」融君は佐伯先生に言った。
佐伯先生はにっこり笑って答えた。
「いや。こちらこそ。」
そして後ろの弟君を振り返ると、声を掛けた。
「ほら、先日の宇田先生。」
「ああ覚えているよ。こんにちは。」
そう言いながら、彼の目は私じゃなくて融君を見ていた。

変な雰囲気だ。二人は知り合いなのだろうか。
「・・融君?お知り合い?」
私はおずおずと聞いた。
彼は視線を私に戻すとふっと笑いながら答えた。
「まさか。宇田さん行こう。・・・じゃ失礼します。」
彼が私の腕を取った。
「ちょっと待って」
私が言うと、
「じゃ、先に行ってる」
彼はそう言うとさっさと先に行ってしまった。

「兄さん。俺たちも行こう。」
弟君が言った。
「ああ。そうだな。じゃ宇田先生。また学校で。失礼します。」
佐伯先生は一礼すると歩き出した。
「あっ。じゃ失礼します。」
私も慌てて頭を下げた。

融君は先に行ってしまっている。
私は小走りで後を追った。少し歩いて後ろを振り返ると、さっきの弟君が道の端に寄ってこちらを見ているのが見て取れた。私が振り向いたのを知って、彼は向きを変えた。私は立ち止まって彼の後ろ姿を眺めた。







以下 水の月 「弐」に続きます。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み