第43話

文字数 1,218文字

「はいお父様、私、何度でも言いますけれど本当に鉄男さんは唯一無二の人です。この一年間鉄男さんを常に感じて生きて来ました。私の体は真ん中に鉄男さんがいてそれが私を固めていたのです、でも今回の件で真ん中のタガが外れてしまった、今私はバラバラになってただ漂っているだけなのです。 私は、私自身を保つためにどうしても真ん中のタガが必要なのです。そしてそれは鉄男さん以外にはできないことなのです。だからどうしても私は私の真ん中に鉄男さんを入れなければいけないのです」
「蜷川くん、お聞きの通りだ。
そこで実際のことだが、倫子に鉄男君を入れるということは鉄男君の子供を倫子に授からせる以外には方法はない。これは自明のことだ。
その具体的方法なのだが、今鉄男君はICUにいるわけでここで何かするということはおよそたくさんの人の目があり不可能だ。だが心臓が止まって死亡が宣告されたあと遺体は霊安室へ移される。通常次の日までそこに安置される。霊安室は関係者、つまり家族この場合は我々だが、それ以外には立ち寄る人はまずいない。鉄男君が霊安室に移されて病院スタッフがいなくなったら私はすぐに霊安室で鉄男君の睾丸を一つ取り出す。
蜷川くんには説明するまでもないが睾丸摘出手術は難しい手術ではない。とりわけ遺体なので出血はないし麻酔の必要もないのでより簡単だ。15分もあれば終了できるだろう。
その後それを持ってすぐに台東区の総国寺病院へ向かう。
ここの院長は長年私の親友だが、最近認知症になってきて診療は行っていない。だから病院は建物だけはあるが誰もいない。ただ設備はしっかりしている。
蜷川くんはそこで手術の準備をして待機していてくれ。
南葉会病院からだと車でせいぜい15分だ。
移植の成功は心臓が止まった後どれだけ早く睾丸を摘出移植できるかにかかっているのだが、睾丸摘出手術に15分、移動が15分、多く見積もっても心臓が止まってから45分ぐらいでは総国寺病院に到着できるだろう。
蜷川くんは私が到着したら、私を手術台に寝かせて直ちにその睾丸を私に移植してくれ。君の技量なら30分くらいで終わるはずだから。
つまり総国寺病院までの45分に加えて移植手術に取り掛かるまでに15分、手術そのものが30分、合計1時間30分で私に鉄男君の睾丸が移植できるはずだ。
睾丸移植は心臓が止まってからの許容待機時間は通常3時間だから時間的には十分余裕はある。
全てが終わったら後片付けをして何も痕跡を残さずに私たちはすぐに解散だ。このくらいの手術なら私も術直後から動けるはずだから。
あとはみんなそれぞれの人生をしっかり歩いて行こう、このことは永久に秘密だ。
そして私の体の中では鉄男君の精子が生き続けていくことになる。あとは折を見てその精子を倫子に入れよう。そして倫子は鉄男君の子供と生きていけば良い。私はどうせもうすぐいなくなるのだからこの話は墓場まで持っていくよ」

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