第77話 美しき、ガラリア
文字数 2,915文字
美しく、恐ろしい巫子が悲壮な表情で眉根を寄せる。
戸惑うリューズが、息を飲んで問うた。
「お前の目的は……一体何だ?私を救いに来たと言ったな。その意味はなんだ?」
私を知っているなら教えてくれ。
リューズにそう問われている気がした。
自分は笑っているのか泣いているのかわからない。
ただ、目の前にいるあのアトラーナの災厄の元凶となったこの聖なる火を、自分はずっと探してようやく見つけたのだ。
その中に眠る者と共に葬るために。
「ああ……、いや、いいや、あるさ、希望はまだある。お前を消し去るという希望が!」
「そんな物……そんな物、希望と言えない!
邪悪な巫子め!灰となり我が前から消えろ!」
リューズが仮面を取り払うと、傷ついた左目から青い火が噴き出した。
それは一際強く激しい勢いで、セレスの身体を包み込む。
隙を、隙さえ作れれば、人形を連れて空間を裂き、狭間に逃げ込める!
封印された身体から、力を解放してセレスをひるませ、空間に裂け目を作りそこから逃げる。
その算段だった。
しかし、それこそ彼は待っていたのだ。
「それを待っていた!!」
不気味なほどに微笑み、セレスが剣を捨てリューズに飛びかかる。
腕輪のある手をのばし、火が噴き出す傷を覆うようにリューズの顔を鷲掴みにした。
「うおおおおお!!きっ貴様!」
「この身体の中に潜む、お前の本体を待っていたのだ!やっと姿を見せたな!
この身体は不運な魔導師の物、死んだからと言って、勝手に利用するな愚か者が!」
見る間にセレスの手に本体の火が吸い込まれ、焦るリューズがセレスの腕を掴む。
「はっ、離せ!離せえっ!」
メイスから手を離し、両手で必死にセレスを突き放そうともがいた。
「さあ、すべて吸い尽くしてくれよう!
その身体はお前の物にあらず!家族の元へ戻すのだ!」
「いや……嫌だ!嫌だ!嫌だ!
……あ、あ、あ、消える!消える!火が、火が消えてゆく!
いやああああああああ!!!」
悲鳴を上げて、もがくリューズが引きつったように弓なりになった。
その手が、気を失ったように、ふと力が抜ける。
「 た、 す、 け…… 」
その時、リューズの表情が泣きそうな子供のような顔に変わり、おびえてえずき始めた。
「 たす……助け……て……助けて!うえっ、うえっ、
恐い……恐い!恐い!恐い!恐いーッ!怖いよぉー!
…… ——ラ、ガー……ーラ!
……ガーラ!…ガーラ助けてぇ!」
セレスの顔が凍り付き、思わず手が止まった。
だが、悲愴な顔を横に振り、手を緩めず彼の身体を抱きしめる。
愛おしそうに、頬を寄せて震えるリューズにささやいた。
「大丈夫、私もすぐに行くから。もう、決して、お前を決して1人にしない………
もう離さないから。私の大切な……
一緒に、黄泉で暮らそう…………」
「助けて……助け…… うえっ、うえっ、えーーーーん!えーーん!
……火が、火が消えてくよぉっ……ひぐっ、ひぐっ!」
「やめよ、ガラリア。」
メイスの人形が静かに告げると、セレスの身体がこれまで感じたことのない力で引き離され、一息に眼下の森の中へと落下して木をなぎ倒し地面に衝突する。
「な……ぜ!くっ……な、なぜ、なぜあいつが、ここにいる!」
気を失うこともなく、セレスはすぐに身を起こしてよろめきながら立ちあがり、再びリューズの元へと飛び立った。
「そこにいてなぜ止めぬ!私は……私を阻むなら殺すがいい!
この力はあなたが与えた物だ!
私が目障りなら、何故!!この力を取り上げて、打ち棄てればいい!!
私は、……このために生き続けてきた!!」
セレスの目から、涙がこぼれる。
顔を押さえてうめくリューズの前で、メイスの人形が阻むように片足で立ちふさがっていた。
セレスが再び手に剣を生み出し、メイスの人形に向かって飛びかかる。
「私がどんな気持ちで生きてきたかなど、あなたは考えたことも無かろう!
消さねば、殺さねば、終わらせねば、また利用されて沢山の人を殺し、災厄と呼ばれ忌み嫌われ語り継がれる!
私がすべてを断ち切らねば……!!」
だが、振り下ろす光の剣はメイスの人形の視線一つで止められてしまう。
ギリギリと血が流れるほど唇を噛み締めるセレスに、メイスの人形は場違いなほど優しく微笑んだ。
「聖なる火と共に、すべて灰にしようとするお前を、わしの他に誰が止められよう。
子殺しなど、お前にさせられるはずもない。
わしはずっと、お前を見てきたのだ。」
「何を見てきたという!
あなたはいつもそうだ、遠回しに見るばかりで、道化のように迷いうろたえる私を見て、ただ笑っているだけじゃないか!
あなたにとって、私やこの子はただのオモチャに過ぎない!
もう沢山だ!あなただって……
あなただって後悔していると、はっきり言えばいい。
あなたは人々を欺き、巫子でもない私を巫子とした。
それを!後悔していると言えばいい!ヴァシュラム!」
セレスの叫びに、メイスの人形がゆっくりと首を振る。そして悲しそうに語りかけた。
「後悔という感情は、わしには元より無い。
それにお前は間違っている。
私にとってお前は生涯を共にしたい伴侶だ。
永遠を生きねばならぬ、この地の王と呼ばれるわしに、お前は慈悲を取るだけ取って与えぬと言うのか?」
「ふざけたことを!何が…………」
「良い、お前の無礼な物言いは耳に心地良いが時間がない、ここまでとしよう。
だが、お前の言う通り、この子の身体は解放して神殿に戻しておこう。
一時を借りることとなったが、家族には詫びを頼む。」
「頼む?頼む……だと?ふざけるなっ!」
動かない剣を軸に、思い切り人形の顔に回し蹴りを入れた。
崩れかかった人形の顔は見事に半分が吹っ飛び、人形が驚いた顔でケラケラ笑った。
「なんと!地の神、精霊王であるわしを足蹴にするのはお前くらいのものよ!
これはなんと心地よい。クックック……カッカッカ!!
おお、美しきわしの大切なガラリアよ、涙を流すな。
お前の涙ほどわしを突き動かす物は無い。
これにはまだ希望がある。
お前もそう思うからこそ、メイスを救ったのではないか、のうガラリア。」
「今はセレスだ、変態の呆け老人め!
何が希望だ!見よ、火に飲まれてあの子の何が残っているという!
聖なる火などあの死体の中にはない、あるのは一時の激情でリリサを汚し沢山の人を殺した火だ!
私は果てまでも追ってゆくぞ!」
「おお、素晴らしい!お前に追われるのは喜ばしい!だが、今は困る。」
人形が、崩れて指が3本しかない右の手の平を広げ、セレスに向けた。
その瞬間、目の前で何かがはじけ、セレスの身体中から力が吹き飛び、輝く金の羽根が消えて全身から力が抜ける。
「これまで待ったのだ、何も急くことはない。
聖なる火はフレアの血、再生の手もある。
お前のために、この子を救う手は最後まで探ろうぞ。
やれ、面倒なことだが、お前はこの子がおらぬと寂しいのであろう。
安心して、しばし朝まで頭を冷やすがよい。
怒りに燃えるお前の姿、眼福であった。」
「この……」
言葉が途切れ、彼の身体はゆっくりと後ろに倒れ、そのまま森の中に落ちてゆく。
リューズの炎は彼の杖にあった水晶の中へと移され、メイスの人形はその水晶を大事そうに抱いて、落ちるセレスの姿を見送りながら灰となって消えていった。
戸惑うリューズが、息を飲んで問うた。
「お前の目的は……一体何だ?私を救いに来たと言ったな。その意味はなんだ?」
私を知っているなら教えてくれ。
リューズにそう問われている気がした。
自分は笑っているのか泣いているのかわからない。
ただ、目の前にいるあのアトラーナの災厄の元凶となったこの聖なる火を、自分はずっと探してようやく見つけたのだ。
その中に眠る者と共に葬るために。
「ああ……、いや、いいや、あるさ、希望はまだある。お前を消し去るという希望が!」
「そんな物……そんな物、希望と言えない!
邪悪な巫子め!灰となり我が前から消えろ!」
リューズが仮面を取り払うと、傷ついた左目から青い火が噴き出した。
それは一際強く激しい勢いで、セレスの身体を包み込む。
隙を、隙さえ作れれば、人形を連れて空間を裂き、狭間に逃げ込める!
封印された身体から、力を解放してセレスをひるませ、空間に裂け目を作りそこから逃げる。
その算段だった。
しかし、それこそ彼は待っていたのだ。
「それを待っていた!!」
不気味なほどに微笑み、セレスが剣を捨てリューズに飛びかかる。
腕輪のある手をのばし、火が噴き出す傷を覆うようにリューズの顔を鷲掴みにした。
「うおおおおお!!きっ貴様!」
「この身体の中に潜む、お前の本体を待っていたのだ!やっと姿を見せたな!
この身体は不運な魔導師の物、死んだからと言って、勝手に利用するな愚か者が!」
見る間にセレスの手に本体の火が吸い込まれ、焦るリューズがセレスの腕を掴む。
「はっ、離せ!離せえっ!」
メイスから手を離し、両手で必死にセレスを突き放そうともがいた。
「さあ、すべて吸い尽くしてくれよう!
その身体はお前の物にあらず!家族の元へ戻すのだ!」
「いや……嫌だ!嫌だ!嫌だ!
……あ、あ、あ、消える!消える!火が、火が消えてゆく!
いやああああああああ!!!」
悲鳴を上げて、もがくリューズが引きつったように弓なりになった。
その手が、気を失ったように、ふと力が抜ける。
「 た、 す、 け…… 」
その時、リューズの表情が泣きそうな子供のような顔に変わり、おびえてえずき始めた。
「 たす……助け……て……助けて!うえっ、うえっ、
恐い……恐い!恐い!恐い!恐いーッ!怖いよぉー!
…… ——ラ、ガー……ーラ!
……ガーラ!…ガーラ助けてぇ!」
セレスの顔が凍り付き、思わず手が止まった。
だが、悲愴な顔を横に振り、手を緩めず彼の身体を抱きしめる。
愛おしそうに、頬を寄せて震えるリューズにささやいた。
「大丈夫、私もすぐに行くから。もう、決して、お前を決して1人にしない………
もう離さないから。私の大切な……
一緒に、黄泉で暮らそう…………」
「助けて……助け…… うえっ、うえっ、えーーーーん!えーーん!
……火が、火が消えてくよぉっ……ひぐっ、ひぐっ!」
「やめよ、ガラリア。」
メイスの人形が静かに告げると、セレスの身体がこれまで感じたことのない力で引き離され、一息に眼下の森の中へと落下して木をなぎ倒し地面に衝突する。
「な……ぜ!くっ……な、なぜ、なぜあいつが、ここにいる!」
気を失うこともなく、セレスはすぐに身を起こしてよろめきながら立ちあがり、再びリューズの元へと飛び立った。
「そこにいてなぜ止めぬ!私は……私を阻むなら殺すがいい!
この力はあなたが与えた物だ!
私が目障りなら、何故!!この力を取り上げて、打ち棄てればいい!!
私は、……このために生き続けてきた!!」
セレスの目から、涙がこぼれる。
顔を押さえてうめくリューズの前で、メイスの人形が阻むように片足で立ちふさがっていた。
セレスが再び手に剣を生み出し、メイスの人形に向かって飛びかかる。
「私がどんな気持ちで生きてきたかなど、あなたは考えたことも無かろう!
消さねば、殺さねば、終わらせねば、また利用されて沢山の人を殺し、災厄と呼ばれ忌み嫌われ語り継がれる!
私がすべてを断ち切らねば……!!」
だが、振り下ろす光の剣はメイスの人形の視線一つで止められてしまう。
ギリギリと血が流れるほど唇を噛み締めるセレスに、メイスの人形は場違いなほど優しく微笑んだ。
「聖なる火と共に、すべて灰にしようとするお前を、わしの他に誰が止められよう。
子殺しなど、お前にさせられるはずもない。
わしはずっと、お前を見てきたのだ。」
「何を見てきたという!
あなたはいつもそうだ、遠回しに見るばかりで、道化のように迷いうろたえる私を見て、ただ笑っているだけじゃないか!
あなたにとって、私やこの子はただのオモチャに過ぎない!
もう沢山だ!あなただって……
あなただって後悔していると、はっきり言えばいい。
あなたは人々を欺き、巫子でもない私を巫子とした。
それを!後悔していると言えばいい!ヴァシュラム!」
セレスの叫びに、メイスの人形がゆっくりと首を振る。そして悲しそうに語りかけた。
「後悔という感情は、わしには元より無い。
それにお前は間違っている。
私にとってお前は生涯を共にしたい伴侶だ。
永遠を生きねばならぬ、この地の王と呼ばれるわしに、お前は慈悲を取るだけ取って与えぬと言うのか?」
「ふざけたことを!何が…………」
「良い、お前の無礼な物言いは耳に心地良いが時間がない、ここまでとしよう。
だが、お前の言う通り、この子の身体は解放して神殿に戻しておこう。
一時を借りることとなったが、家族には詫びを頼む。」
「頼む?頼む……だと?ふざけるなっ!」
動かない剣を軸に、思い切り人形の顔に回し蹴りを入れた。
崩れかかった人形の顔は見事に半分が吹っ飛び、人形が驚いた顔でケラケラ笑った。
「なんと!地の神、精霊王であるわしを足蹴にするのはお前くらいのものよ!
これはなんと心地よい。クックック……カッカッカ!!
おお、美しきわしの大切なガラリアよ、涙を流すな。
お前の涙ほどわしを突き動かす物は無い。
これにはまだ希望がある。
お前もそう思うからこそ、メイスを救ったのではないか、のうガラリア。」
「今はセレスだ、変態の呆け老人め!
何が希望だ!見よ、火に飲まれてあの子の何が残っているという!
聖なる火などあの死体の中にはない、あるのは一時の激情でリリサを汚し沢山の人を殺した火だ!
私は果てまでも追ってゆくぞ!」
「おお、素晴らしい!お前に追われるのは喜ばしい!だが、今は困る。」
人形が、崩れて指が3本しかない右の手の平を広げ、セレスに向けた。
その瞬間、目の前で何かがはじけ、セレスの身体中から力が吹き飛び、輝く金の羽根が消えて全身から力が抜ける。
「これまで待ったのだ、何も急くことはない。
聖なる火はフレアの血、再生の手もある。
お前のために、この子を救う手は最後まで探ろうぞ。
やれ、面倒なことだが、お前はこの子がおらぬと寂しいのであろう。
安心して、しばし朝まで頭を冷やすがよい。
怒りに燃えるお前の姿、眼福であった。」
「この……」
言葉が途切れ、彼の身体はゆっくりと後ろに倒れ、そのまま森の中に落ちてゆく。
リューズの炎は彼の杖にあった水晶の中へと移され、メイスの人形はその水晶を大事そうに抱いて、落ちるセレスの姿を見送りながら灰となって消えていった。