第57話 水に映る眼

文字数 1,772文字

ブルースが大きなあくびをして延びをする。
ロウソクはもうすぐ交代の印の所まで溶け落ちた。
あたりはしんとして、時々ドアの外の兵の足音や話し声がする。
あいつらも大変だよなとつぶやきながら、立ち上がって部屋の隅々を天井まで点検する。
異常は特にない。

しかしどうも、部屋の中だと変化がなくて眠気がつく。
音を立てるわけにもいかんし。

体を動かし、ふと、何かいやな感じに辺りを見回す。
耳を立て、リリスたちの様子に変化がないことを確認する。
そろそろ交替か。
ガーラントに声をかけようとしたときだった。
ずしんと、何かが覆い被さってきたような違和感を覚えた。


いかん、何かおかしい!起こさねば!


とっさにガーラントに手を伸ばす。
が、届く前に体がこわばり、なぜかその手がテーブルの上の水が入っているコップに延びた。
コップを握りしめ、中をのぞき込む。
ブルースはぞっとして体が凍り付いた。

なんだこれは!

コップの水には、おぞましい目が一つ大きく映り込んでいる。
その目がほくそ笑み、じっとブルースと目を合わせた。

駄目だ!見ては…… 駄目だ!!

あらがうブルースが、しかしその目に次第に魅入られる。
ガクリと力を失い、ゆらゆら体を前後に揺らしてコップの水を床にまいた。

パシンッ!

青い火花を上げて、リリスの張った結界が消える。
ブルースへの術はますます強く、彼の意に反してどうする事もできぬうちに手が腰の剣を抜いた。



殺せ!殺せ!殺せ!

殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!



頭の中に、その言葉だけがこだまする。

「ころ……せ…………」

小さくつぶやき、眠るリリスの傍らにいくと大きく剣を降りあげた。
キュアが、それをじっと見ている。
そして、ギャアと一声鳴いた。

ガーラントがぼんやり目を覚まし、眠そうに片目を開く。
剣をふりあげるブルースに飛び起き、彼に飛びつき後ろから羽交い締めにした。

「なにしてるんだ、目を覚ませ!ブルース!
リリス殿、起きろ!」

「うん……え?あっ、ブルース様。」

リリスが目をこすり、慌てて飛び起きる。
よほど疲れて睡眠が深かったのか、まだはっきりしない頭でよろめきながら起き上がった。

「ミランを呼べ!外の兵も!……あたりに気をつけろ!
ブルース、正気に戻れ!」

「は、はいっ!」

「あっ!ブルース殿!あなたらしくない、しっかりして下さい!」

呼ぶまでも無くミランも起きて、彼の手から剣を取り上げようとする。
だがブルースは顔をゆがめながら、自分の意志ではどうしようもない様子だ。


殺せ!殺せ!殺せ!


頭の中では何度もその言葉が繰り返される。
彼の瞳の中には、ここにはいない男の姿が映り込んでいた。

「リリス、部屋から出るんだ。ザレル殿の元へ!」

「あ、はい……あれ?結界が…切れてます!
なんで気がつかなかったんだろう、これは……なにか違う……水の魔導?」

「水だと?水がどこに……ええい!なにか方法は?!」

「乱暴ですが、かけられた術を強制的に切ります!」

リリスが返答しながら頭をはっきりさせようとゴシゴシ目をこすり、魔導師の術を断ち切ろうと印を組んで呪を唱え始める。
壁際まで下がったとき、壁から突然男の手がヌッと出てきた。

「ひっ!」

それが、がしりとリリスの身体を掴み、抱きかかえるようにして男が壁の中から現れる。

「だ、だれ?!ガーラント様!」

さすがに驚いたリリスは、凍り付いて動けない。

「リリス殿!」

慌ててミランがブルースをガーラントごと押し倒し、剣を抜いてそれに駆け寄ろうとする。
が、壁からもう1人小柄の男が現れ二人の前に立ちふさがった。

「チッ!またミスリルか!誰か!くせ者だ!」

なぜか、廊下の兵は誰1人入ってくる気配がない。触媒を経ると、場を支配する魔力は増大する。
床にまいた水が強力な結界を作り、音を遮断した。
今の魔導師の塔は力になってくれるだろうと聞いていたリリスは、城内の魔導師に油断していた。

「くっ、くそっ!この馬鹿野郎、目を覚ませ!」

ブルースに手間取るガーラントは、彼を傷つけるわけにも行かず横に押さえつけ、剣の柄を握る手を叩き剣を取り上げる。
そして彼が身を起こしたところを拳で殴り、やっとの事で気を失わせた。

「この……無礼者!その手を離せ!」

ガーラントがようやく剣を向けてリリスを抱えるミスリルに向き合う。
リリスを抱き込んだ男は、ニヤリと笑って腰から短剣を抜き、くるりと手の中で返すとリリスののど元に向けた。
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