第49話 火の精霊

文字数 2,729文字

コン コン コン
額から伸びた角を、遊ぶように手すりに当てて鳴らしながら廊下を歩く動物と、そのあとをサラサラと衣擦れの音をさせながら、こつこつ歩き回る音がする。
猫科のミュー馬よりもスリムでしなやかな動物は、炎のたてがみを首に残し、金の毛並みは動くたびに風になびく麦畑のように輝いている。
いや、こう表現しても、彼の姿は決まった物が無い。気ままに鳥であったり獣であったりそれぞれだ。ただ、その姿の一片には、炎がチラリと漏れている。
あとを追う女性は白い肌に白い髪をなびかせ、美しい顔の金の瞳は酷く焦りながら前を行く動物を、眉間にしわ寄せ見ていた。


アトラーナは3つの地方に別れ、ルランは王城のある王都、そしてレナントとベスレムは王家の親族がそれぞれ領主として統治している。
ここベスレムは、現王の末弟ラグンベルクが養子に来て後を継いでいる。

昔から諍いの多かったトランと接するレナントと違い、ベスレムは隣国とは特に問題もなく婚姻によって良好な関係を築いてきた。
しかし、これといった産業もなく、アトラーナでも最も貧しい地方であった。
しかし、子に恵まれなかった領主の元に、王の末弟ラグンベルクが養子となりあとを継いで、様子が一変した。
ラグンベルクは元々手工芸で細々とあった絨毯作りに目を付け、まずは各家庭で数頭飼育していた、飼育が難しいと言われる羊の一種、シビルを巨大な羊牧場で飼い増やし始めた。
そして技術者を集めて養成し、織物産業を大きくすると共に交易を活発化したのだ。
人々は生活にも余裕が出来、豊かな領地となったベスレムはアトラーナ王家の大きな収入源となっていた。


ベスレムの城から見下ろす草原には、シビルが放牧してあり、のんびり草をはんでいる。
時折シビルの鳴き声が聞こえる穏やかな景色と違って、彼女の気持ちは焦ってかなりいらついていた。

「フレア、お前は私のリーリを見捨てるつもりか?もうリーリは城についておるのだぞ!
おお、あの腹黒い奴らに囲まれて、どれほど心細い思いをしておるか……
わしが帰れぬのも、全部お前のせいじゃ!」

白い髪の美しい女は風の精霊女王、風のドラゴンと呼ばれるセフィーリアだ。
前を行く動物は火のドラゴン、フレアゴート。
二人はベスレムの領主、ラグンベルクの城にいた。

「我がここにいるのは、我の勝手であろう。
城のことなど知らぬ。」

「一体今までどこで何をしていたのじゃ。わらわはずっとお前を捜していたのに、ようやくここで追いついた。」

「お前の知ったことではない。」

不機嫌な火のドラゴンは、取り付く暇もない。
セフィーリアはため息をついて、腕を組み小さく首を振る。

「のうフレアよ、何度も申すがこれはお主の神殿を復活させる最高の機会じゃぞ。
あの子は必ず巫子にせねばならぬ、のう?お前も待ち望んでいたのであろう?
もう……もう絶対に火の巫子は殺させてはならん!
お前の巫子はわらわの子、そして王の子ではないか!
これは王家と和解出来るに最高の機会じゃ!」

セフィーリアが声をひそめながらも、強くフレアゴートに訴える。

「何が最高の機会だ、お前はあの子が王や王家に殺されると一番危惧していたではないか。
あの王と崇められる下賤な男が、あの子を認めるはずもない。
あの子が口を開く前に口を封じるに違いない。
お前も早々に帰るがいい、早う帰らねばあの子の首が落とされて野ざらしになっておることであろうぞ。」

「何と言う事を言う!そんなことザレルが許さぬ!
わしの大切なあの子を、命をかけて守ると言うてくれたのじゃ!あの男は絶対守る!」

真っ赤な顔で、心配で仕方ないセフィーリアがカッと来て怒り出す。
フレアゴートは逃げるように足を速め、ラグンベルクの部屋へと急いだ。


フレアゴートとセフィーリアが領主の部屋に入ると、そこには領主ラグンベルクと息子ラクリス、そして見慣れぬ女戦士の姿があった。
女戦士はセフィーリアたちを見知っているらしく、二人を見て深く頭を下げる。
セフィーリアは女戦士の持つ剣に気がつき、ため息をついた。

「その剣は水月、お前は水の神殿の者か。シールーンは何をしておる?なぜ出てこぬのだ。」

「は、私は水月の戦士パドルーと申します。
このたびは我が主、シールーン様よりリリス殿をお守りするよう仰せつかり、表向きは城付きの魔導師の供として城に派遣されました。
我が主にもお考えあって動かれておいでかと思います。」

「わかった。で、そのお前がリーリから離れ何をしている?」

口を開きかけたパドルーを制し、ラグンベルクが渋い顔でとりあえずは座るよう椅子をさす。
セフィーリアは腹立たしそうに椅子に座ると、ベルクが苦い顔でため息をついた。

「パドルーは、昨夜来たのだ。
王の継いだ物に何らかの、火の精霊に関係する物がないかと。
だが、わしが兄と共に宝物庫で見た物は古臭い書物や、いわれはあっても何でもないただの宝石。
果たしてどれがあの子が必要としている物か見当も付かん。
何か特別な物など、一晩考えたが思い当たらぬ。
そのような物……どうにも思い出せず困っているのだ。」

火の精霊王はもちろんそれがどんな物かを知っているはずだ。
それを聞けば、大きなヒントになるのはわかりきっている。
しかし、ラグンベルクたちはそれを直接無理に聞こうとはしなかった。
リリスを助けたいと考えているはずの彼らが、どうしてもそれを自ら語ろうとしない、何か約束された禁忌があるのかもしれない。
セフィーリアは眉間にしわ寄せ、ジロリとフレアゴートを睨む。
そして、とうとう重い口を開いた。

「わらわは……知らぬのじゃ。
知っておるのはフレアと……恐らく王との密談に立ち会ったであろうヴァシュラム。
わしはあの後フレアの変わりように驚き、何があったのか聞いたが二人とも何も語らなかった。
それで仕方なく、人間とは深く関わらぬよう神殿を持たぬ代わりに魔導師を育てる事とし、城とは常に接触を持つようにした。
シールーンは知っているのか知らぬのかわからぬ。
彼女はあれから人間をたいそう嫌って山奥へ引きこもったが、巫子のために神殿だけは残しておる。
じゃが、火の巫子が次々と殺されるのを見て、彼女もいずれは手を貸そうと戦士や魔導師を育てる事にしたのじゃ。」

ラグンベルクが、すんなりと話すセフィーリアにニヤリとする。
やはり彼女としても、今がその謎を解く好機と考えているのだろう。

「風殿、その時何が変わったのかお教え願えるか?」

セフィーリアが唇を噛み、苦々しい顔で寝そべるフレアゴートを見る。
フレアゴート自身は何も語らない。が、今セフィーリアが語るならそれはそれでよいと言う事なのだろう。
セフィーリアは目を閉じ、およそ300年ほど前のことを思い出すように、重い口を開き語りはじめた。
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