第86話 ガラリアの功罪

文字数 2,532文字

子供の為に

それだけの為に300年を生きている。

「それは……セレス様から聞いた。
あの方は御子を……聖なる火に飲まれた御子を探していらっしゃる。」

その言葉を聞いて、突然、社(やしろ)から神官の声が響いた。

「聖なる火……!
子供だと?!まさか……なぜ……なぜガラリアが生きているのだ!あの偽巫子が!
なぜここにいる!?」

火の神官たちが、社から出て来て長老に歩み寄る。
手が打ち震え、怒りをあらわにして掴みかからんとするそれは、セレスやその子供が、火の神殿を滅ぼす原因となった関係者であると如実に表していた。

「なぜそれを我らに黙っておられる?!
あの時代から生きる者がもう1人いると、なぜ言わなかったのだ!」

「マリナ様が……そしてリリサレーン様まで!
精霊は封じられ、すべてを背負ってリリサレーン様は、いわれのない罪で辱めを受けて……おお、おお、許せぬ、のうのうと生きているなど許せぬ!
あの汚らわしい花売りの男の子供が、あの場にいなければ!」

赤茶の髪の神官が泣き崩れ、剃髪の神官が叫んで突然駆け出し寝台にあったセレスの剣を握る。
そしてそのまま泉に飛び込んだ。
だが、なぜか泉の深さは神官の膝までしか無く、遙か下にセレスの身体は輝いて見える。

「やめられませ!」

神官は止める長老の声を無視してバシャバシャとその姿を踏みにじり、剣を抜いて両手で足下のセレスへ向け突き刺そうと振り上げた。

「おのれっ!我が前でその無礼、許さぬ!」

泉に足を踏み入れた神官に、突如追いかける長老の背がぐんと伸びて宙に舞い、覆い被さるように襲いかかった。
剣を握る神官の背後から腕を掴み、その首や身体に伸びた髪が巻き付いて行く。
そしてそのまま彼の身体を釣り上げ、とうとうバタバタと暴れる足が宙に浮いた。

「はっ、はなせっ!」

「おのれ、たとえ主様(ぬしさま)からお預かりした方とは言え、この無礼は許せぬ!」

もがく神官は、まるでクモにとらわれた小虫のように髪が身体中に巻き付けられ、足をばたつかせながら身動き取れない状態で泉の横に放り投げられた。

「長老!その姿は?!」

ガーラントやブルースが、思わずリリスの前に出て剣に手を置く。
彼女の姿を見た瞬間、あの最悪のミスリル、エア姉弟を思い出したのだ。
そびえるその足はよく見ると一本で、白いヘビのような白銀の胴体がうねっている。
表面は金属のようなウロコがキラキラと、剣も通さないような硬質な輝きを放っていた。

「お方様を足蹴にしたその行為、火の神官殿であろうが許せぬ。
いいや、神官だからこそ許せぬ!
愛する御子を魔物と呼ばれ、火の巫子を死に追いやったその苦しみに苛まれ続けながら、このお方は御子を殺すまでと生き続けておられる。
その苦しみを何も知らぬ者が、これ以上無礼を申す事……そのような事、私は許さぬ!
花売りだと?!お方様がどのような目にお遭いになったかも知らぬ者が下賤な物言いなど、死に値する!
千の、千の苦しみ与えても、私は!!」

恐ろしいほどの怒りの表情の長老から、涙がこぼれ落ちた。
涙をポロポロと流しながら、激しい憤りに言葉が詰まる。
気がつけば神官たちに今にも襲いかからんと、社の守人も腰の短剣に手を回し、不穏な雰囲気で迫っていた。

髪に巻かれて横たわる神官の男は、顔に垂らした布がはずれ、その顔があらわになって表情が見える。
だが、その顔は獣の目をした半獣の顔で、悲しみに暮れてすでに死さえ訪れても構わない、生気のない暗い顔をして目を閉じている。

長老は怒りの形相で、剣にも似た鋭さの爪を伸ばし神官に向けた。
怒りが治まらない様子で、その爪の先が小さく震え、血がにじむほどに唇を噛み締めていた。

「お待ちを!ご無礼お許し下さいませ!」

リリスが事態に戸惑う騎士2人の間を飛び出し、横たわる神官の前で長老に、そして守人たちに地に頭を擦り付けて許しを請う。
だが、長老が前に出て怒りに手を震わせた。

「退かれよ巫子殿、ここに住む者にはガラリア様もヴァシュラム様と等しく大切なお方。
人間に追われ疲れ果て、日々の暮らしに困窮していた我らに手を貸し知恵を授け、糧を与え、慈しんでこの安息の地を与えて下された。
ヴァシュラム様との間で、この御方無ければこの地の底の豊かな村は無かったのだ。
それを無礼な物言いの上、足蹴にするなどもってのほか!
この御方に仇成す者は、この村の者すべて、命賭しても許さぬ!」

「それでも!それでもどうか、平にご容赦を!
神官様の今のお気持ちは、長老様もご存じのはず。この方々は、あの災厄の時で止まっておられるのです。
どうか、皆々様お静まりを!私はこの方々から、あの時、本当の災厄が何だったのかをお聞きしたいのです。」

「うむぅ、しかし、だからと言って不問には出来ぬ。」

「承知しております。確かにこの無礼の責を取らぬのは、この村の方々のお気持ちが静まらぬ事でございましょう。
不問にとは申しません、大切な高貴な御方を足蹴にしてしまった神官殿には、この神官殿なりに責を取っていただきます。
どうか、どうか、今一時のお時間を頂きたいとお願いします。」

リリスを見下ろす長老の動きが止まり、守人を手で制した。
助けてくれと言わず、話を聞くための時間を欲しいというリリスの言葉が、確かにあの災厄の真相を聞きたいという心理を突いてくる。
とっさの機転が効く、頭の良い子だと長老は感心してリリスを見下ろし、神官達に目をやる。
他の神官はうなだれていた顔を上げ、髪に巻かれたままの1人を助けようともしないで成り行きを見ていた。

「我らは何も語る事はない。」

意地を張る剃髪の神官に、それでもリリスは長老たちに頭を下げ続ける。
そして、チラリと視線を向けた。

「あなたには断る事など出来ません。
この事態を引き起こしたのは、たとえ長の眠りから覚めたばかりとは言え、おのれの未熟とお知りになるとよろしゅうございます。」

きっぱり言い放つ目の前の子供に、うぬぬと息を吐く。
しかし長髪の神官は、ふと見たその生気のない瞳に、ぽつりと光が灯った気がして顔を上げた。

「……わかった、ここは火の巫子殿にお任せしよう。皆、収めよ。」

長老が爪を引き、守人たちも下がって不穏な空気が収まった。


*「花売り」とは、売春婦や男娼などの性を売る者のことです。
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