第122話 立場が変わることは恐ろしい

文字数 3,327文字

バシン!

「うっく!……ガーラント様……」

「ガーラント殿!」

頬を打たれ、リリスが驚き愕然とガーラントを見る。
ミラン達も、突然のことに遠巻きに見守った。

「なぜあんな無茶をする!お前は我らが護ると言ったはず!なぜ信用できない!
一人になった所を射られては、護る事も出来んのだ!なぜわからない!」

「だって、あのままじゃ! ……申し訳……申し訳ありません。」

頬を押さえながら、リリスが唇をかみ、視線を落として彼に深く頭を下げる。

「違う!そうじゃないんだ!あなたは……わかってない!何もわかってない!」

ガーラントは腹立たしそうに、大きく首を振って地に左膝と左手の拳をつき、そして胸に右手を当てリリスに深く、深く頭を下げた。

「ガーラント様!」

「私は、一度はあなたの命を狙った者だ。
だが、今はあなたの、あなたを護る家臣、騎士だ。
手を上げた事はどうかお許し願いたい、だが、あなたは我らに頭を下げる必要はない。
ただ、その意味を考えていただきたいのだ。」

ガーラントの心の内を初めて見た思いで、リリスが愕然として彼を見下ろす。
自分に頭を下げる騎士が、自分に忠誠を誓う騎士が生まれていた事が、リリスには理解できず混乱した。

「だ、だ、だめです!そんな!私などに膝をついてはなりません!」

慌ててガーラントの身体を起こそうと、前から肩を懸命に押す。
しかし、ガーラントは頭を下げたままビクともしない。

「ご冗談を!リリスはまだあなた様に頭を下げられるような……!」

「リリス殿!」

声に振り向くと、ミランもまた、そしてポカンと見ていたブルースもため息混じりに片手片膝付いてリリスに頭を下げた。

「どうして皆様は……!?」

絶句するリリスに、ガーラントが顔を上げる。
その顔は、今まで見た事がないような真剣な顔だった。

「あなたは、もう魔導師でも召使いでもないのだ。
皆、あなたを火の巫子と認めています。
あなたはこれまで人に冷遇されてきた。
だが、あなたを慕う人間もこうして生まれ、そしてあなたのために命をかけてもいいと思っている。
それは、あなた自身がそうさせる何かを、我らに与えてくれたからだ。

リリス殿、もうすぐ城に着くだろう。
だが、このままではあなたは、あの狡猾な人間達の中で追い詰められ、すぐに死を選んでしまいそうで恐ろしい。
リリス殿、あなたは一人ではない。我らがこうして守りについている。
我らは命をかけてお守りしよう、だが、あなたは我らを護るために命をかけてはならない。
そして、あなたはこの国の人々のために、たとえ城の者に火の巫子と認められなくても生き抜かねばならない。
火の巫子としては、城の人間に認められなくては正式に神殿など与えられないだろう。
だが、城に認められなくても、あなたが火の巫子である事に変わりはないのだ。
それはきっと、この国の救いになる。」

リリスが唇をかみ、ガーラントを見つめる。
最低の身分に撃ち込まれた自分の立ち位置が、大きく変わろうとしている。
ずっとそれを望んできていたのに、それはなんと恐ろしいことだろう。
それは恐らく自分のことを知る城の人間にすれば王子の地位を脅かす者ととらえられるだろうし、だからこそこうして、命を狙われるのだろうと容易に考えられる。
そしてそれは、この騎士たちの命さえ脅かす事になるのだ。

「わ……かりました。」

ズシンとガーラントの言葉が重い。
二人の様子を見ていたブルースがため息をつき、そして立ち上がるととうとう切り出した。

「リリス殿、我らに何か話し忘れたことはあるまいか?
ガーラントは知っているようだが、俺とミランも命を賭して守るからには知っておかねばなるまい?」

「それは……申し訳なかったと思います。でも……」

ガーラントが、話した方がいいのか迷うリリスを制して口を開く。

「貴方らに話さなかったのも、内容がこの国の根幹に関わることであったからだ。
これは王族内でも極秘のことであろう。なにしろガルシア様もご存じなかったのだから。」

「どう言うことだ?」

「リリス殿は王のご長子であったが、訳あって城を追放されたご身分であったのだ。」

ポカンと二人が顔を見合わせ、首をひねる。

「えーっと、つまり王の長子って事は……あれ、噂だろ?」

「真(まこと)の話だ。」

「真??すると、嘘だろうと言われていたことは、本当のことだって??
待てよ、王子の兄って事はだぞ、普通に行ってたら次の王って事?」

「そうなります……ね。」

「つまり、追放されてなかったら御世継ぎ?」

「はあ、そのはずだったのでしょうね。」


「えええええええええ〜〜」


ミランとブルースが一歩引いて驚く。
が、一息ついてなるほどと大きく頷いた。
しかし、そんな大事なことなら最初に言って欲しいと思う。
少々ムスリとして、ブルースがあごを撫でながらガーラントを横目で睨んだ。

「それで、ガーラントはいつ知ったんだ?」

「知ったのは、つい先日だ。この鳥キュアが来た日に、セレス殿に知らされた。」

「あの噂は本城から流れてきたんだろう?
なんで本城の奴らは知らないんだ?たかだか15年前のことだろう?」

「秘密という物はそう言う物だ。生まれてすぐに極秘裏に風殿へ預けられた御子だ。
しかも王族からは完全に切り離され、上を見ないように厳しく躾けられたんだろう。
この子を見ているとわかる。」

「だから命を狙われてると言うことか?
追放した子の身分が上がるのがそんなにまずいことか?」

「それをきっかけに、王位を狙ってると思われても致し方ない。
だからこそ、この任務は重いのだ。
だから貴方らにも護衛をお願いした。
俺一人では、あの狡猾な貴族どもから護ることが出来るかわからん。」

「貴族さん方には関係無かろう、頭が変わろうと、貴族は貴族だ。」

ブルースの言うことはよくわかる。
だが、ガーラントは本城に行って、貴族たちの考えていることはよくわかるのだ。

「騎士長より聞いた話だが、噂が流れた頃、真偽はよそに下の貴族はこの子を立てて傀儡としようとしたらしい。
その貴族たちは貴族院の長からかなり制裁を受けたと。
長の息子は王子の側近だ。
今でさえ長はかなりの実権を握っているお方、息子の失脚など許さんだろう。
たとえこの子を殺してもな。
俺は、その貴族院の長に騙されてこの方の命を狙った。
今思えば悔やまれてならぬが、おかげでこうしてお守りすることが出来る。」

「貴族院の長ってのは、確か、えーっと、レナ……レナ……何とかって……」

「貴族院の長はレナパルド様ですよ、ブルース殿。
表向きは非常におおらかで良い方に見えるそうですが、一度睨まれると失脚するとか。
叔父上のご友人が酒が過ぎて失言したとかで、本城の大隊長から国境警備に飛ばされたそうです。
恐い方ですよ。」

「なに?酒の席で??酒飲んで失言なんて珍しくないぞ。それなら俺は、百回失脚だ。」

「でしたら本城での酒はご遠慮下さい。
リリス殿、ガーラント殿、教えていただき助かります。
やはり、それは知って置いたが最善でしょう、我らの覚悟もそれ相応のものになります。
では、それは極秘に。口外してはリリス殿のお立場を悪くしましょう。」

「お願いいたします、ミラン様、ブルース様。
私はもう、王族とは関わりございません。
私の母は風のセフィーリア様、そして父は騎士長ザレル様なのです。」

親に様をつける事に、ミランがクスッと笑う。
そして、うなだれるリリスの手をしっかり握りしめた。

「あなたの芯の強さは、王族ならではのものなのでしょうね。
あなたが必要な物、あなたが必要な地位、あなたのために、そして我らが国の民のために、何とか勝ち取りましょう。
これは、小さな戦いです。」

「戦い……ですか?」

「ええ、頑張りましょう、私も頑張ります。」

「そうだな、俺も頑張るぞ。」

ミランとリリスの手に、ブルースが、そしてガーラントが手を重ねる。
3人の顔を、目を潤ませ唇をかんでリリスが見つめる。
御礼を言うべきか、詫びるべきか、リリスは声が詰まって言葉が出なかった。
ただ、4人大きくうなずき合う。
今は、それだけで心が一つになった。

「私は……必ず生きて……レナントへ……」

「そうだ。
必ず生き延びろ、たとえ何があっても。」

「はい!」

流れる涙を拭くのも忘れ、リリスは明るく笑って返事を返した。
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