第201話 崩れる野心

文字数 1,976文字

「王子!」

下がるように言われて隣室に控えていたゼブラが慌てて部屋を出ると、女官が慌てて王妃の部屋に入ろうとしている。ゼブラは急いでそれを呼び止め、頭を下げた。

「どうか、どうかお妃様におかれましては、ご容赦をとお伝えを。」

女官が眉をひそめ、彼を見下した。

「王子のお目付なれば、貴方にも王子の言動の責はあるでしょう。
教えはどうなっているのです!」

「承知しております。申し訳ありません。」

「父上の顔に泥を塗らぬよう、心しなさい。」

「は、心してお仕え致しております。」

女官はぷいと王妃の部屋に飛び込んで行く。
ゼブラはグッと拳を握り、唇を噛んできびすを返す。

言葉の責だと?そんな物、今のあの王子を知らぬ者が!あれをどうしろという!

いつも母親を気遣う彼には、あり得ない言動だった。
下がれと言われても横に控えていれば良かったと、今更悔いても遅い。
ゼブラは隣室で密やかに漏れ聞こえてくる二人の会話に耳を傾けながら、生きた心地がしなかった。

自分も声を出してしまいたい。
この城には、何か恐ろしい物がある!
自分があの力を得たとき……ひどく自暴自棄になっていた時だった。闇から聞こえるあの、暗く不気味な声に身をゆだねてしまった。
まさか、今度は王子がその声に見入られてしまったのだろうか……

ああ……もう一度……

彼の険しい顔から表情が消え、急いでいた歩みが遅くなる。
装飾された中央の階段を過ぎて、人の少ない奥の石階段を選んで降りて行く。
その石壁の暗いらせん階段は、冷え冷えとして心まで冷たくなりそうだ。
雲合いから太陽が顔を出し、明かり取りの窓からサッと日が差す。
まぶしいほどのその輝きが、フレアゴートの姿と重なった。
力を奪われ、心を救われた。
あのときの喪失感と安堵感、そして、彼の炎の暖かさに包まれて感じた、あの解放されるような安心感。

もう一度会いたい。

きっとフレアゴートならば、王子を救ってくれる。

しかし、彼の巫子はあのリリスだ。
わかりきってる、彼は本物の巫子だ。
だが、政敵に弱みを見せるなど、許されることでは無い。
無理だ、別の方法を考えよう。
地の巫子ならばどうだろうか。
魔物払いは巫子の領分だ。
いや駄目だ、地の巫子はリリスと繋がりが深い。それどころか精霊は皆、と考えた方がいい。
なんて厄介な奴だ。

…… いや

いいや、本来最大の頼りになる存在である火の巫子の、あり方の正道を歩いている。
あの方は、厳しい中で、自分の道を違えることなく歩んでいる。

そうだ、そうなのだ。

彼が、火の巫子が、リリスが味方であれば。

いや、現状は、それを考えてはいけない。
ゼブラが爪を噛み、大きくため息をつく。

……王に、王妃に、王子の変化をお話しするべきだろうか。
いや、すでに先ほど気がつかれたはずだ。
少なくとも王妃は。

どうしよう、誰に相談するべきなのか浮かばない。
父にこれ以上不甲斐ないところを見せて、期待を裏切るのはいやだ。
城内に信用できる者などいない。
弱みを見せれば付け入られる、ここはそんな場所だ。


立ち止まり、呆然と壁にもたれ掛かりそのままズルズルと階段に座り込む。
自分は何をしたいのか、王子を王にしたい、本当にそれを望んでいるのか。
ただただ家のために、父のためにと……
王子を王に、そして自分は第一の側近となって権力を握る。
そんな野心も、推し進めた父が退いたらもうどうでもいいような気もする。
野心なんて、自分には不似合いだ。
腐れ切った貴族どもを束ねる事になる兄も、きっと力不足で終わるだろう。
父はそれを危惧している。
兄弟2人で支え合ってと父は言うが、兄は自分を嫌っている。

もう、
もう、

いやだ。

王子なんか、どうとでもなればいい。
あんな奴に振り回されるのは、もう、沢山だ。
頭を抱えて、髪を痛いほど掴んで涙が浮かぶ。


「ゼブリスルーンレイア様……」


ゼブラに、男がひっそりと声をかけてきた。
父から借り受けているミスリルだ。
リリスを襲わせた魔導師の毒殺にはその後成功したが、肝心のリリスを取り逃がしてしまった為にゼブラの怒りを買い、しばらく顔を見せなかった。
背を見せ、そっと涙を拭いて顔を上げた。

「お前か、何しに来た。」

「こちらを、お預かりしてきました。」

そっと両手で小さな箱を差し出してくる。
ゼブラが怪訝な顔で受け取ると、ミスリルはゼブラにしか聞こえない声で囁いた。

「御館のミリテア様よりお預かりして参りました。」

「彼女が?」

ミリテアは、すでに実家を出て婚約者である兄の元に住まいしている。
レナパルド家のしきたりや、貴族長の夫人として恥ずかしくないよう、しばし教育を受けるのだと聞いた。
結婚直前に、自分に何の用があるのだろう。
あの嫉妬深い兄に知れれば大変なことになるというのに。

急いで箱を開けてみる。
そこには懐かしい、昔無邪気な子供の頃、ミリテアと結婚の約束をして一緒に揃いで買った指輪の、自分の方が入っていた。
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