第71話 王の威信
文字数 1,963文字
急に周りが音のない世界となった。
耳閉感に捕らわれて、慌てて薄暗い周囲を見回す。
だが、気がつくとセレスが手をしっかり握っている。
それで王子は落ち着きを取り戻し、フッと息を吐いた。
「ここは?まさか、あの世では無かろうな?」
「フフ、ここは狭間です。
あの牢で、こそこそと盗み聞かれるのは気分が悪うございますから。
さて、手短に話を致しましょう。
あの魔導師は最初1人でしたか?神木はなんと言って切らせました?」
「あ、ああ、あれは確か……」
目を閉じて、思い返し、あらためてそうだったと悔やんでため息をついた。
「城下に、たいそう予見の当たる魔導師が来たというので、父が呼び寄せたのが始まりであった。
現れたのは、供の1人もない痩せたごく普通の青年であったが、石切場の土砂崩れを見事予見してけが人を出さなかったことで、父に特別気に入られたのだ。
城付き魔導師として迎え入れ、顔の半分にひどいケガと火傷があるというので、父が仮面をあつらえさせた。
最初はぼんやりしていることも多く、冴えない若者だったが…………
だが、王がそばに置いていると、次第に……なんというか、輝きを増しているように見えてきた。
女ではないが、違う意味で魅力が増して、動く姿はしなやかなネコのようで、声を聞くだけで小鳥のさえずりのように心が落ちつく。
……そうか、それがもう、相手の術中にはまっていたのだな。」
視線を落とし、首を振る。
すべてがそこから始まったのだ。
「それが……、ある日、力のある杖が欲しいと言い出した。
力のあるという言葉の意味がわからなかったが、木を選ばせるとあの神木を欲しいと言いだしたのだ。
出来るだけの本数が欲しいと。」
「それであの木を切って杖を?」
「いや、それが、職人に作らせたが選別すると7本しか良い杖が作れなかった。
あの大きな木から出来た杖のほとんどが出来損ないだと。
そしてその杖を作った頃から、あのローブで顔を見せない魔導師達を呼び寄せ始めたのだ。」
セレスが視線を落とし考える。
確かに、白い魔導師には力に波がある。
あの白いローブの魔導師達に、力の強弱があるのはそれが原因か。
「なるほど、それで……承知しました。
良い情報をありがとうございます。」
「私は、これからどうすれば……
父は、リューズを離そうとしないだろう。
頼ろうにも、親しい臣下も彼らの思い通りに移動させられ、失脚した者も多くいる。
民心も不満が多く荒れていると聞く。
この城をこよなく愛していた妹は、耐えられなかったのだろう。
私にはなぜ、あの子がリューズに危害を加えようとしたのかわからなかった。
どうしてこんな事になってしまったのか……今のままでは我が王家の行く末は暗い。」
額に手をやり、嘆く王子にセレスが膝をついて胸に手を当て頭を下げた。
「王子よ、どうか、我が声をお聞き届け下さい。
父君、トラン王ルシェール殿には、御退位を願うことを進言致します。」
思わぬ言葉に、王子がたじろいだ。
「ばっ、馬鹿な!父に玉座を退けと言うのか?!
私に王になれと?!父はあのように健在で生きているのだぞ!」
セレスが首を振り、そして彼に言い聞かせるように続ける。
王子は、大きく心を揺らしながら彼から目が離せなかった。
「ええ、それでも。
すでに人心は王から離れています。
今は城下で収まっていますが、これから関を元のように解くと人の流れは活発になります。
王の悪い噂は全土に容易に広まることでしょう。
それは隣国の大国にも隙を見せることになり、兵の士気にも関わります。
王の威厳を落とさないことが肝要です。
王宮に、素性も知れぬ魔導師を入れてしまった、それはルシェールの最大の過ち。
隙を作ってあの魔導師に付け入られてしまった責任は、彼に取っていただきましょう。
国の頂点に立つ王なればこそ、人である前に王であらねばなりません。
魔術に惑わされたという事実は、元よりあってはならぬ事なのです。
だからこそ!
この暗闇のような状態に、新しい風を入れて突破するのです。
次代を担う運命であるあなたが、この騒ぎを収めなさい。
人々を一時でも苦しめた、父の罪は息子のあなたがつぐなうのです。
そして、これからのあなたの姿で彼の威厳さえも取り戻しなさい。
あなたしか、この騒ぎを収められる者はおりません。」
取り乱す彼に、セレスの優しく力強い瞳が真っ直ぐに見据える。
それは、王子に大きな決意を促し弱気を許さない。
容赦のない、それでいて抱擁感のある視線だ。
確かに、自分でもわかっているのだ。
正気を取り戻した自分に、ひっそりと涙を流し喜ぶ側近たちの顔。
その、すがるような、最後の希望を見つめるようなまなざし。
王は、人である前に王であらねばならぬ。
王が惑わされることが、ここまで大きな影響を受ける怖さを身をもって知った。
もう、2度と繰り返すまい。
王子が決意し、キッと顔を上げた。
耳閉感に捕らわれて、慌てて薄暗い周囲を見回す。
だが、気がつくとセレスが手をしっかり握っている。
それで王子は落ち着きを取り戻し、フッと息を吐いた。
「ここは?まさか、あの世では無かろうな?」
「フフ、ここは狭間です。
あの牢で、こそこそと盗み聞かれるのは気分が悪うございますから。
さて、手短に話を致しましょう。
あの魔導師は最初1人でしたか?神木はなんと言って切らせました?」
「あ、ああ、あれは確か……」
目を閉じて、思い返し、あらためてそうだったと悔やんでため息をついた。
「城下に、たいそう予見の当たる魔導師が来たというので、父が呼び寄せたのが始まりであった。
現れたのは、供の1人もない痩せたごく普通の青年であったが、石切場の土砂崩れを見事予見してけが人を出さなかったことで、父に特別気に入られたのだ。
城付き魔導師として迎え入れ、顔の半分にひどいケガと火傷があるというので、父が仮面をあつらえさせた。
最初はぼんやりしていることも多く、冴えない若者だったが…………
だが、王がそばに置いていると、次第に……なんというか、輝きを増しているように見えてきた。
女ではないが、違う意味で魅力が増して、動く姿はしなやかなネコのようで、声を聞くだけで小鳥のさえずりのように心が落ちつく。
……そうか、それがもう、相手の術中にはまっていたのだな。」
視線を落とし、首を振る。
すべてがそこから始まったのだ。
「それが……、ある日、力のある杖が欲しいと言い出した。
力のあるという言葉の意味がわからなかったが、木を選ばせるとあの神木を欲しいと言いだしたのだ。
出来るだけの本数が欲しいと。」
「それであの木を切って杖を?」
「いや、それが、職人に作らせたが選別すると7本しか良い杖が作れなかった。
あの大きな木から出来た杖のほとんどが出来損ないだと。
そしてその杖を作った頃から、あのローブで顔を見せない魔導師達を呼び寄せ始めたのだ。」
セレスが視線を落とし考える。
確かに、白い魔導師には力に波がある。
あの白いローブの魔導師達に、力の強弱があるのはそれが原因か。
「なるほど、それで……承知しました。
良い情報をありがとうございます。」
「私は、これからどうすれば……
父は、リューズを離そうとしないだろう。
頼ろうにも、親しい臣下も彼らの思い通りに移動させられ、失脚した者も多くいる。
民心も不満が多く荒れていると聞く。
この城をこよなく愛していた妹は、耐えられなかったのだろう。
私にはなぜ、あの子がリューズに危害を加えようとしたのかわからなかった。
どうしてこんな事になってしまったのか……今のままでは我が王家の行く末は暗い。」
額に手をやり、嘆く王子にセレスが膝をついて胸に手を当て頭を下げた。
「王子よ、どうか、我が声をお聞き届け下さい。
父君、トラン王ルシェール殿には、御退位を願うことを進言致します。」
思わぬ言葉に、王子がたじろいだ。
「ばっ、馬鹿な!父に玉座を退けと言うのか?!
私に王になれと?!父はあのように健在で生きているのだぞ!」
セレスが首を振り、そして彼に言い聞かせるように続ける。
王子は、大きく心を揺らしながら彼から目が離せなかった。
「ええ、それでも。
すでに人心は王から離れています。
今は城下で収まっていますが、これから関を元のように解くと人の流れは活発になります。
王の悪い噂は全土に容易に広まることでしょう。
それは隣国の大国にも隙を見せることになり、兵の士気にも関わります。
王の威厳を落とさないことが肝要です。
王宮に、素性も知れぬ魔導師を入れてしまった、それはルシェールの最大の過ち。
隙を作ってあの魔導師に付け入られてしまった責任は、彼に取っていただきましょう。
国の頂点に立つ王なればこそ、人である前に王であらねばなりません。
魔術に惑わされたという事実は、元よりあってはならぬ事なのです。
だからこそ!
この暗闇のような状態に、新しい風を入れて突破するのです。
次代を担う運命であるあなたが、この騒ぎを収めなさい。
人々を一時でも苦しめた、父の罪は息子のあなたがつぐなうのです。
そして、これからのあなたの姿で彼の威厳さえも取り戻しなさい。
あなたしか、この騒ぎを収められる者はおりません。」
取り乱す彼に、セレスの優しく力強い瞳が真っ直ぐに見据える。
それは、王子に大きな決意を促し弱気を許さない。
容赦のない、それでいて抱擁感のある視線だ。
確かに、自分でもわかっているのだ。
正気を取り戻した自分に、ひっそりと涙を流し喜ぶ側近たちの顔。
その、すがるような、最後の希望を見つめるようなまなざし。
王は、人である前に王であらねばならぬ。
王が惑わされることが、ここまで大きな影響を受ける怖さを身をもって知った。
もう、2度と繰り返すまい。
王子が決意し、キッと顔を上げた。