第56話 呪詛

文字数 2,004文字

明日から審査が始まる。

それがどういうものかは誰も知らない。
どうやって彼が巫子であるかを審議するか、それさえ召集された他の神殿の神官たちも、恐らくは決めかねているだろう。
火の神殿の関係者が世にいないという事は、火の巫子が何を知っていて、何が出来るかという事がわからないからだ。
すべての資料はなぜか一切残されていないために、フレアゴートも城に寄りつかない今、どうしたものか頭を抱える中、最初から認めないつもりなのか、城中の者達はほとんど審議内容に悩む様子を見せていない。
これは、始まってみないと見通しも付かない。
地の神殿の神官はすでに1人城に常駐しているらしいので、明日の朝に水の神殿からも急遽神官が来ることになっている。
慌ただしいことだ。

「まあ、なるようになると言うことで、休みましょう。」

ミランがにっこり、渋い顔のブルースの背をたたいた。
今夜から一人、順に寝ずの番をしようと決まった。
安全なはずのこの城内の部屋が、まるで野宿の森の中のような気がする。
雨風しのげるだけ安全じゃないですかと前向きなミランが、皆の気持ちを明るくしていた。

「まさか、飯には毒入り、天井からは毒虫がボタボタ落ちてくるとは思わなかった。」

ブルースがげんなり、ベッドに横になることも出来ないとため息をつく。

「キュアが虫はだいたい見つけてくれますから、大丈夫ですよ。
どうも結界同士が干渉して、隙間が出来た所から入り込まれているようですね。
私も魂寄せのあとは少し疲れたので、隙が出来ているのでしょう。」

リリスがキュアの首をなで、横になって目を閉じ、なんでもないように話す。

「隙が出来てるなどと、自らほざいてどうするリリス殿。命をねらえと大声で言ってるようなものだ。」

「この部屋の結界を強くできないんですか?」

心配そうなブルースに、ミランが横から身を乗り出す。
彼も心配なのだろう。

「そうしたいところですが、城に張り巡らされている結界に干渉してしまうので、あまり強い物を長く張るとご迷惑をおかけしてしまいます。
通常、結界に結界を重ねて張ると言う事は、術者同士の相性もありますので重々注意せねばなりません。
私の術と、こちらの大きな結界ではあまり相性が良くないようです。
干渉したところが相反する力で無効化し、穴が空くと魔物を容易に侵入させてしまいます。
大丈夫、私にはお強い騎士様が3人もついておいでですもの。
私はゆっくり休ませていただきます。」

「何とも……難しい話しだ。
まあしかし、図太い巫子様だな。」

呆れるブルースがふとガーラントを見る。
随分黙っていると思えば、すでに彼は、長いすに座ったまま腕を組んで眠っていた。

「こいつも図太い。俺だってなあ、本当は図太いんだ。」

「アハハ、ブルース殿が見かけ倒しでない事を祈っておりますよ。」

「うるさい、さっさと寝ろ、ミラン。」

「はいはい、じゃあ私も休ませていただきます。何かありましたらご遠慮なく。」

ミランが手を上げ、ブルースは触るのもいやだと思っていたベッドに平気で横になる。
心でアッと声を上げて、ブルースがちょっと悔しそうに舌打ちため息をつく。
とは言っても、部屋の外は兵が交代で番をして、何かあったら加勢に飛び込んできてくれる。
森の中よりうんと安全……なはずだ。

くそう、小心者は俺だけか!

ちょっと悔しい。
ドスンと椅子に座って腕を組む。
皆が寝静まった後、ブルースは何をすることなく、ろうそくの蝋が交替の印の所まで溶けて流れるのを眺めながら、時間が過ぎるのを待ち続けていた。



水盤に、清水をたたえて魔導師の男が一人、城の地下でぶつぶつ呪を唱える。
その横には身分の高い男だろう、顔を見せぬようにすっぽりとローブで身を覆い、その様子を見守っている。
そのローブの男の前には彼の下僕なのか、いることも気がつかないほどに気配を消した、ミスリルと思わしき男が控えている。

二人の前で魔導師の男は、脂汗を流し鬼気迫る顔で力を振るっていた。
彼、水の魔導師ゼルダは、魔導師の長であったゲールと共に城を出たものの納得できず、あれからどうにもやるせない気持ちを知り合いの貴族に吐き出しながら、また城に仕える機会をうかがっていた。
しかしそこへ、ミスリルの男がひっそり尋ねてきたのだ。

「あの小僧を確実に殺せ。さすれば魔導師の塔に帰れるよう口利きしてやろう。」

彼は一も二もなく、その話に飛びついた。
これは大変な好機だ。

ゼルダは男の指示に従って、夕刻こっそりと商人のふりをして城内へと進入した。
これまでここに威厳を持って住んでいた事を考えると、コソコソと入り込む事ははなはだプライドを傷つける。
だが、彼は魔導としては禁忌の呪詛をもってリリスを殺しにきたのだ。
それは、以前の旅でベスレムの城で水の魔導師グレタガーラが見せた、あの人を操る呪詛。
それでリリスは死にかけるほど大変な傷を負ったのだが、それを利用したいとするキアナルーサの思いつきだった。
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