第72話 探し、探して、探し尽くして

文字数 2,012文字

王子が決意し、顔を上げる。
だが、その前には大きな障害が立ちはだかる。
リューズはきっとそれを阻むだろう。

「わかった。
私にできる事はすべてやろう。
だが、その前にリューズを排除せねばならぬ。」

「それはお任せを。
ですが、王は深く心酔しておいでのようです。
彼を失ったときの喪失感は大きいと思います。
どうか、ご家族で助け合って下さいませ。」

「それは……わかっている。
だが、お前にあれが追い出せるのか?
まさか……命かけるようなことを考えてくれるな。私は生涯後悔することになる。」

泣きそうな顔でセレスの手を握る王子の手が、痛いほどに力を入れてくる。
だが、王子の期待する言葉はセレスの口からこぼれることはなかった。

「王子、お覚悟召されませ。
私も、覚悟を持ってあれに向かいます。
それだけの力を持つ物なのです。」

「あれは一体……教えてくれ、私は知る権利がある。」

王子が強く語りかける。
セレスはすべてを抱え込む覚悟を決めた彼に、ごまかしなど言うべきではないと悟った。
いや、もしかしたら、最初からそれを言う覚悟でこの狭間に誘い出したのかもしれない。
悲しく微笑み、王子の手を握り返す。
その手が微かに震えているのを感じて、王子は思わず顔を引いた。

「申し訳、ありません。どうか………」

その言葉の後に何が続くのか。
初めて聞く、彼の消え入るような声に背筋が寒くなる。
聞いてもいいのだろうか?
いいや、だからこそ聞かなければ。

「セレス、お前は一体何を悲しんでいるのだ。
セレス、あれがアトラーナから来た者であろう事はわかっている。
杖の話から、地の神殿に縁がある者だと言う事も、私にはわかる。
一体リューズの正体は……ただの魔導師ではないのか?」

セレスが目を閉じ、一つ大きく息を吐く。
しかし次に目を開いた時は、いつものセレスの顔に戻っていた。

「あれは、私がずっと探していた物なのです。
ずっとずっと……苦汁を飲みながら探して探して探し尽くして……
私の願いも、これで成就できるか否か。
どうぞ王子はトランの民のことだけをお考え下さい。」

「教えてはくれぬのだな、寂しいことだ。」

「話してしまえば、私の心が乱れましょう。
どうかお察し下さい。」

「……わかった、これ以上聞くまい。
だが……いや、なんでもない。」

「そうして下さいませ。地の神殿は、トランの永劫の繁栄をお祈りしております。それでは」

厳しい顔で微笑んで、セレスが一礼する。
次の瞬間、2人は元の地下牢で目を開けた。
それはほんの一瞬の出来事だったのか、2人が目で挨拶を交わして王子が地下を出ると、側近たちが不思議な顔でついてくる。

「王子、お話は出来ましたのでしょうか?」

「ここで話すことではない。」

「は、はっ」

「良い夜だ。巫子殿のおかげでトランにも良い風が吹く。」

「はい、今宵おもてなしできないのが大変残念でございます。」

自室に戻る王子のあとを、白いローブの魔導師が1人ついて行く。
何気なく振り向き、不気味で不安な気持ちに覆われていたのがウソのようだと、ふと思った。




コトコトコト……
リューズの杖が、小さく震えてその先にある水晶を鳴らす。

この奇妙な感情はなんだ?
あの、牢のある方向から感じる圧迫感。

これが恐怖という物か?
たかが巫子ごときに、どうしてこうまで心乱れるのか見当がつかない。
あの、一瞬で配下を二人も消した恐怖なのか。
それとも初めて人間から感じる圧迫感からなのか、目覚めて怒り以外の感情で初めての強烈な心の動きだった。
早く、あの巫子を始末せねば。

「リューズ様、怖いの?」

メイスの姿の人形が杖を持つ手をそっと包む。
リューズは彼の肩を抱いて引き寄せ、ホッと息を吐いた。

「いいや、相手はたかが人間だ。害をなすなら燃やし尽くしてやろうぞ。
お前は心配せずともよい、この部屋にじっとしておいで。
お前はいずれは消える人形だが、今はただ存在してくれるだけで良い。」

「はい。」

この人形を抱いていると、手の震えが収まり、心が強くなっていく気がする。
初めて見たとき、なぜかひどく懐かしく、偽物と知っていて消し去る気がしなかった。

暖かいものに包まれたい。

自分は母の体内に帰りたいのだとさえ思う。
ふと、セレスの自分を見つめる顔が思い出された。
あれは、面白いほど自分を憎む人間たちの顔とは違う。
なにか自分の知らない感情が詰まった、形容しがたい……

あの……

あの……


あの……   顔………


リューズの体が動きを止めた。
ぼんやりとした表情で空を見つめ、その顔からはらりと仮面が落ちて音を立てる。

その醜い傷があるという顔半分には、真っ黒な、どこかの空間と繋がっているような空洞が空いていた。
そこからは、時々青い炎がちょろちょろと漏れる。


「……ガー…… ラ…………」

惚けた表情で、微かにつぶやいた。

人形のメイスが落ちた仮面を手に取り、そっとリューズの顔に付ける。
それに気付かない様子でボウッと宙を見つめる彼に、メイスの人形がクスッと微笑み、髪を撫でてキスをした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み