第112話 出発、本城ルランへ

文字数 2,484文字

そして翌日、早朝にかかわらずガルシアを始め多くの人々が見送りに来てくれた。
イネスが白いコートを用意して羽織らせる。
少し大きいが、再度護符の呪をかけ念を入れておいたとポケットに聖水も忍ばせてくれた。

「汚していいんだから、変な物出たらとにかくこれを着てるんだ。
たとえ意識を失っても、地の精霊が守ってくれるから。
聖水ぶっかけると低俗な魔物はすぐ逃げる。」

「はい、わかりました。」

「じゃあ、あたしイネスの方に行くね。」

「はい、メイスのこともどうかよろしゅうお願いします。」

「リリスも気をつけて、帰りを待ってる。」

ヨーコが、リリスの肩からイネスの肩に飛び移る。
そして、イネスはリリスを祝福するためにと前に立たせて眼を閉じた。

手を合わせ、気を統一して手を叩く。
凛とその音が辺りに響き、皆がその場で頭を下げた。


「神気充ち満ちて、この息吹地の精と共にあり。
地を巡る気は力となり、この者の救いとなれ。
道行く道々祝福あれ、我が気分け与えん、地よ力となれ。」

イネスがすうっと息を吸う。
そしてリリスに唇を合わせ、フッと吹き込んだ。

突然のことに、神事とは言え二人の顔が真っ赤になる。

「よ、よし!これでお前の身体に地の力が巡ってだな……えーと、神事だ。別に意味はないぞ。」

「は……はい、ありがとうございます。」

なんだか皆の前でばつが悪そうな二人に、クスクス笑う声がする。

「ですから、昨夜のうちになさいませと申し上げました。」

サファイアがぼそりと呟く。

「う、うるさい。神事だと言ってるだろう。
これが一番効き目があるんだ!」

ブルースが呆気にとられ、フムと顎に手を置いた。

「そりゃあ、相手を選ぶワザですなあ。むさい男同士じゃ、精霊も逃げちまいそうだ。」

思わず、皆に笑いが起きた。
ガルシアが、リリスの元に歩み出る。

「王への手紙は受け取ったかね?」

「はい、王へ直にお渡しするようセレス様よりお預かりいたしました。」

「恐らく周りの貴族どもがうるさいだろうが、お前は王と話をするのだ。
もし、危険だと感じたときはあの3人を盾にしろ。あの3人はお前を守る騎士だ。

城内で馬鹿ども相手に術は使ってはならぬ。
お前は本城から来たが、このレナントが本拠と見て構わぬ。このガルシアを主と頼ってよいのだ。
巫子でない者が巫子を語ることは大罪、もしそれを持ち出された時は私の名を盾にせよ。

向こうには親代わりの主もいるだろうが、当てに出来ぬと覚悟せよ。
とにかく、生きて帰る事を優先するのだ。よいな。」

「はい。」

ガルシアが、ここまで自分を考えてくれることに胸がじんとくる。
ベスレムのラグンベルクもだが、思った以上によくしてくれる事につい甘えてしまう。
これから戻る本城ルランは、自分には厳しい所なのだと気を引き締めなければならない。

「リリス」

魔導師ルネイが、懐から手紙を取り出しリリスに手渡した。

「私からはこれを。あなたが間違いなく火の巫子であることを記した手紙だ。
これまであったことを簡単に述べて、証明すると書いてある。
水鏡であちらのルーク殿にも話は通しておいた。
以前の魔導師達からはたいそうひどい扱いを受けたであろう、だが、今度は何人も交代してルーク殿が長となっている。
彼は若いが大きい人間だ。
お前の力になってくれよう。」

「ありがとうございます。心強いです。」

「うむ、せめてフレアゴート様が一緒にいらしたらと思うがな。あの方は本城を嫌っておいでだ。
お前がお前自身で説得するしかないのは辛いな。
まして、過去の遺恨があるからには簡単に火の巫子を認めることも、火の神殿の再興も難しいだろう。
しかしお前一人が国を背負う事はない。
とにかく今は、生きて帰ってくることを考えるのだ。」

「はい」

「どうか道中も無事で。」

ルネイやグロスたち魔導師がリリスの肩に手を置き、何度も叩いて力づける。

「よし、騎乗するぞ!」

鞍を載せた巨大な鳥キュアは、火を収めて瑠璃色の羽根を輝かせた青い鳥となって、リリスとガーラントを背に乗せる。
たてがみのように青い火がゆらゆらと頭から背に残り、手を貸すギルバが顎をさすった。

「この火は危なくねえのかい?」

ガーラントがニヤリと笑って、炎のある背を撫でる。

「不思議と熱くない。大丈夫だ。昨日少し飛んでみたが、扱いはグルクと変わらん。
どうも調教されているようだな。」

「そうか、きっとこの鳥も守護してくれると信じているぞ。」

後ろでは、もう一頭のグルクにブルースと背に弓を背負ったミランが騎乗する。

「準備出来ました!」

「それでは、参る。」

ガーラントが手慣れた様子でキュアに合図を送る。
大きく羽ばたいて、瑠璃色の身体が軽々と舞い上がった。

「気をつけてな!」

「がんばれよ!」

「ありがとうございます!行って参ります!」

リリスがガーラントの腰に手を回し、片手で見送りの人々に大きく手を振って返す。
城の人々は、気のある少年の行動にそのほとんどが感心して、リリスが小さく、見えなくなるまで皆手を振って見送った。

「ああ……行っちゃった。」

イネスの肩で、ヨーコが呟く。

「これで……俺は…………」

イネスが青い空を仰ぎ、立ち尽くして眼を閉じた。
頼る者のない、この大きな不安感を誰にも気取られぬようにしなければと思う。
身体が、知らずブルリと震えた。

「イネス様」

サファイアが後ろに控え、頭を下げる。

「今一度、結界の強化を行う。今日は城下にも出て町の入り口に地の番を張りに行くぞ。
先日被害にあった場所も、祝福して浄化した方が民の気持ちも収まろう。」

「 は 」

イネスはこの地に一人になる事で大きな不安に駆られながらも、これが自分に科せられた試練だという気がする。
甘えが許されないこの現状で、それでも、一人で耐えてばかりだったリリスの過去を思えば、自分にもきっと乗り越えられると思う。

「サファイア、俺は一人ではないな。」

「はい、あなたは大地の巫子。
地は必ずそこにあり、あなたの周りは精霊に満ちあふれております。
そして、私も必ずお側に控えております。」

「よし!」

イネスが大きくうなずき、意を決したように走り出す。
サファイアはその後ろ姿に微笑み、あとを追って走り出した。
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