第103話 火の神殿

文字数 2,290文字

「火?火に巫子なんて、いるのか?」

かつて、火の神殿があったという話を、一般は聞いたことはあるはある程度の認知度だ。

「なるほど!それでお前の力は敵に最も影響を及ぼす事が出来たのか!これで合点がいった。」

魔導師ルネイが大きくうなずく。
リリス自身も、改めてはっきりと言葉で聞くその事に幻の指輪を見た。

「では、この指輪は……」

「それは代々火の巫子が受け継ぐ物。
火は光、そして聖なる者の象徴。
火の神殿は、アトラーナには最も重要な物であり精霊の国の象徴だった。
すでに火の神殿が消えて3百年、王と共にあったその光は失われ、精霊の国としての権威は消え去り今や風前の灯火。
精霊の加護が消えようとしている今、隣国に攻め込まれれば、それをきっかけにこの国はあっという間に四方より攻め込まれ、解体するのは必至。」

ガタン!

「巫子殿とは言え、無礼でございましょう!
御館様の御前です、お控え願いたい!」

カッとしたクリスが、立ち上がりセレスに声を荒げる。
だが、セレスも顔を背け話を続けた。

「火の神殿を破壊したのは人々の怒り。
だがそれを止めもせず、目を背けていたのは王族たち。

火の神殿の巫子は、なぜか半数が王族から生まれてしまう為に王に並ぶ力を持ってしまった。
特にリリサレーンの先代は、巫子と王をしばらく兼任した為に特に民衆の心を強く引きつけるものがあった。
常々人心が火の神殿へ傾くのを見て、王族たちは危機を感じたのであろう。

火の神殿を再興することを許さず、王はドラゴンマスターとして精霊王をかしずかせ、王族の権威だけを上げる事に専念した。
彼らの行為は、そのまま今も受け継がれている。

火の神殿は、精霊達にも心のよりどころであった。
それを破壊され、生まれてくる火の巫子は次々と殺される。
この非道、精霊達への裏切り行為以外の何者でも無かろう。
高位の精霊達は聖地としてアトラーナに留まっていますが、果たして戦いの時に手を貸す精霊がどれだけいるのか。」

「兄様!お言葉が過ぎます!それは地の神殿の総意ではありません!」

さすがに、イネスが声を上げた。

「そうだな、これは私の私意でしかない。
だが、ずっと見てきた者の真意でもあるのだよ。」

「兄様は一体……」

セレスは何者なのか。

皆の心にその言葉が浮かんだ。
一体彼が何を話しているのか、わかる者はこの場にはいない。
セレスが、ため息をついて立ち上がる。
彼には一つの、ある決意が浮かんでいた。

「私は巫子だよ。私は……リリサレーンのいた時代、地の巫子は私一人だった。」

「馬鹿な!巫子は元より長命とは聞くが……巫子と言ってもただの人間。そんな事が……」

「いいえ、魔導師ルネイ殿。
私はリリサレーンへの、火の精霊達への償いの為にこうして輪廻をはずれて生きているのです。

巫子は最も精霊に近い人間。
しかも神気に満ちたドラゴンに常に寄り添っている為、その影響もあってゆっくりと年を取り、普通の人間よりはるかに長命と言われています。

しかし…………それでも私には、時間が足りなかった。

これは私の意をくみ、力を与えて下さったヴァシュラム様のお慈悲でもあるのです。
明日、王からの手紙が届くでしょう。
私は使者と共に隣国に行き、魔導師リューズと直に会い話をしてきます。」

「兄様!兄様は……まさか!」

死を覚悟して、隣国に行くというのか。
元より危険な事とは知ってはいるが、隣国の者が巫子を殺すとは思えない。
まして、兄巫子は神殿でも最も人望のある……

「イネス、今は平時ではない。
たとえ巫子といえどアトラーナからの使者としてならば、死を覚悟するのは当然と言えよう。」

「い……やです、いやです、私も行きます。
どうか同行させて下さい。」

「ならぬ、お前はここを守る使命がある。
城の魔導師殿と共にここを守れ。でなければ、リリスは本城に行けぬではないか。」

ハッとイネスがリリスを見る。
リリスがイネスを見つめている。
切羽詰まった状況に、迷う二人の心が揺れる。
リリスが唇をかみ、そしてイネスの手を握った。

「私はここに……」

「ならぬ、お前は本城へゆけ。それが事を先へ進めるのだ、お前にはそれがわかったはず。
力を得よ。」

「でも」

「兄様!」

「静粛に」コンコンコン

突然、ガルシアが机を指で鳴らした。
ため息をついて怠そうに首を回し、椅子にもたれる。
何とも重苦しい空気に頭が痛い。

「3人で悩んでいても事は始まらんな。
我ら凡人にもできる事はあるだろうて。
まして巫子殿、俺は貴方に命をかけて国を背負えとは言った覚えはないのだがね。」

「ふふ、それは私の個人的な事。あなた方が心配される事ではない。
私よりも、このリリスを大事になさいませ。
これに換えはありませぬ。」

「そんな!私には過ぎたご期待でございます。とても国を背負えるほどには……」

急な話ばかりで、心の整理が付かない。
指輪を手に入れ、火の巫子といきなり言われても、自分は風の修行をしてきたのだ。

「なるほどな、しかし戦力不足は否めん。
できればリリス殿にも供を付けたいが。」

「そ、そんな滅相もございません。私はこちらへはお手伝いに参りましたのに。」

ガルシアの言葉に、驚いて立ち上がる。
イネスがその手を握り、引いて座らせつぶやいた。

「そうだ、出来れば俺はリリに同行したい。」

イネスの本音に、セレスがキョンとしてクスクス笑う。
まったく、この弟巫子は可愛いほどに人がいい。

「大丈夫、あの火の鳥は恐ろしく早い上に強いよ。
今私が心配しているのは、指輪とフレアゴートの3番目の目が本城にあるという事。
リリサレーンは目のことも話したのだろう?」

セレスはなんでも知っている。
リリスが言わずともわかってもらえてホッとした。
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