第63話 ミスリルの村へ
文字数 2,186文字
シンと静粛を取り戻した森の中、火の鳥キュアがスルスルとその身を小さくしてゆく。
それは人を乗せるグルクと同じほどの大きさになると、頭を起こし火の羽根をそろえるように2,3度羽ばたいた。
振り向く先に、先ほどの長髪のミスリルがリリスを抱いて現れる。
そして、鳥の前にリリスの身体を抱いたまま膝をついた。
「フレアゴート様?あなた様はフレアゴート様ですね?」
「いかにも、我が巫子はどうか?」
「いけません。あのミスリルの血は、かなりの毒のようです。しびれ毒の一種かと。
イスカの村には毒抜きの術を持った者がおります。お連れした方がよいかと存じますが。」
「ふむ、なれば託そう、わしにはまだやる事がある。
ひとまずそこに、巫子の身体を置くがよい。」
「は」
男がそっと地に身体を横たえさせ、一歩引いて頭を下げる。
目を閉じたまま身体を震わせるリリスにフレアゴートが近づき、そしてまるでひな鳥を温める鳥のように覆い被さった。
「眷属を封じられた我らに、本来の力はまだ無い。
リリスよ、それを取り戻せぬ限り、わしがお前をそばに置く意味はないのだ。
あの王は仮初めの神殿でさえ許さぬと言うた。
わしは我が身のためではない、救いを求めてくる人間のために光りを灯したかっただけというのに。
リリスよ、わしはもう待つことに疲れた。
わしは、もうアトラーナを……」
「おーい!おーい!」
城の方角から、ガーラントとブルースが息を切らして走ってきた。
暗い森の中で、火の鳥の明かりだけが頼りなのだろう。そのおかげで迷わず真っ直ぐに走ってこれた。
「はあ、はあ、おーい!なんて野郎だ!途中で木の上に落としやがって!はあはあ!」
「リリス殿は?ご無事か?そなたは?」
長髪のミスリルが立ち上がり、二人に頭を下げた。
「私はレスラカーン様の命で、リリス殿をお守りする為に参りました。名をエリンと申します。
リリス殿は今、フレアゴート様が癒しを。」
「レスラカーン様の?だが、サラカーン様はそれをご存じなのか?」
「いえ、若様の独断でございます。
若様は後々のアトラーナを思えば、火の神殿は必要な物だとお考えです。
ですが、まだ父上様を十分に説得されておりません。それには時間が必要かと存じます。
若様のために、どうかこの事はご内密に願います。」
なるほど、レスラカーンの指示ならわかる。
ミスリル相手にはミスリルで対抗するしかないとは彼には重々わかっているのだ。
盲目の彼が、一番状況を把握して予見していた。
「承知した、この剣にかけて。
それでリリス殿は?」
「これからミスリルの村にお連れします。
悪い毒を抜かなくては。このまま王城へお連れしても、お命に関わると思いますので。」
エリンがピュイッと口笛を吹く。
どこからとも無く黒いグルクが飛んできて、エリンはフレアゴートの癒しが終わったあとのリリスを手際よく毛布に包み、グルクに横たえさせてベルトで固定した。
「ちょっと待ってくれ、俺たちは……」
村への足がないブルース達が、火の鳥を振り返る。
が、彼に乗るなんてもうすでに考えられないし、また足に掴まれてと言うのもごめんだ。
それに彼はどうも、村に行く気はないらしい。
その時、空からグルクの鳴き声が一つ聞こえた。
ブルースが空を見上げるが、まだ空は暗くどこを飛んでいるかもわからない。
まさか、小屋に繋がれている自分のグルクが追ってくるわけがない。
だが、もしかしてという気もあってブルースが空に向かって口笛を吹いた。
それに、答えるようにまた鳴き声が響く。
「あなたの鳥のようですね。」
「まさか……」
バサバサと近づく大きな羽音に何度も口笛を吹く。
「エリザ!」
空に向かって手を伸ばすと、主人めがけて降りてくるグルクが一声鳴いた。
「なんで?!どうしてきたんだ?!どうやって!」
降りてきたグルクには、しかし見たことのある人物が乗っていた。
それはレスラカーンに影のように寄り添っていた、側近のライア。
彼は皆の前に降りると、ニッコリ微笑んだ。
「そのご様子では、リリス殿はご無事だったようですね。
グルクが必要かと思いまして、出過ぎたことを致しました。私は……」
「先日お会いしました、ライア殿ですな。いや、助かりました。
リリス殿が毒にやられておりまして、これから治療にミスリル殿の村へ行くのにどうしようかと困り果てておりました。」
「おお、それは良かった。
急いだので荷物を持ち出せなかったのですが、グルクだけでもと。お役に立てて幸いです。」
「レスラカーン様には何から何までお世話になりました。
彼がいなかったらどうなったか……どうか御礼を……心から感謝しますと。」
「主人に伝えます。
主からはその村のことで伝言を受けておりましたが、これから行かれるのであれば不要でございましょう。」
「なにか?」
ライアがチラリと火の鳥を見る。
あの鳥がフレアゴートだったと、城で騒ぎになっているだけに面と向かって話しづらい。
だが、ライアは声をひそめてブルースの耳にささやいた。
「古の火の神官殿が復活して、ミスリルの村にいらっしゃると。
フレアゴート様は、これが最後の機会とお覚悟なさっているようです。
どうかあちらで神官殿とお話し合いを。
さ、お早く。」
「ふむ、承知した。情報感謝する。
では、かたじけない、失礼して……出発を!」
慌ただしく2羽のグルクが飛び立ってゆく。
それを見送っていると、一匹のネコがヤブからよろめきながら現れた。
それは人を乗せるグルクと同じほどの大きさになると、頭を起こし火の羽根をそろえるように2,3度羽ばたいた。
振り向く先に、先ほどの長髪のミスリルがリリスを抱いて現れる。
そして、鳥の前にリリスの身体を抱いたまま膝をついた。
「フレアゴート様?あなた様はフレアゴート様ですね?」
「いかにも、我が巫子はどうか?」
「いけません。あのミスリルの血は、かなりの毒のようです。しびれ毒の一種かと。
イスカの村には毒抜きの術を持った者がおります。お連れした方がよいかと存じますが。」
「ふむ、なれば託そう、わしにはまだやる事がある。
ひとまずそこに、巫子の身体を置くがよい。」
「は」
男がそっと地に身体を横たえさせ、一歩引いて頭を下げる。
目を閉じたまま身体を震わせるリリスにフレアゴートが近づき、そしてまるでひな鳥を温める鳥のように覆い被さった。
「眷属を封じられた我らに、本来の力はまだ無い。
リリスよ、それを取り戻せぬ限り、わしがお前をそばに置く意味はないのだ。
あの王は仮初めの神殿でさえ許さぬと言うた。
わしは我が身のためではない、救いを求めてくる人間のために光りを灯したかっただけというのに。
リリスよ、わしはもう待つことに疲れた。
わしは、もうアトラーナを……」
「おーい!おーい!」
城の方角から、ガーラントとブルースが息を切らして走ってきた。
暗い森の中で、火の鳥の明かりだけが頼りなのだろう。そのおかげで迷わず真っ直ぐに走ってこれた。
「はあ、はあ、おーい!なんて野郎だ!途中で木の上に落としやがって!はあはあ!」
「リリス殿は?ご無事か?そなたは?」
長髪のミスリルが立ち上がり、二人に頭を下げた。
「私はレスラカーン様の命で、リリス殿をお守りする為に参りました。名をエリンと申します。
リリス殿は今、フレアゴート様が癒しを。」
「レスラカーン様の?だが、サラカーン様はそれをご存じなのか?」
「いえ、若様の独断でございます。
若様は後々のアトラーナを思えば、火の神殿は必要な物だとお考えです。
ですが、まだ父上様を十分に説得されておりません。それには時間が必要かと存じます。
若様のために、どうかこの事はご内密に願います。」
なるほど、レスラカーンの指示ならわかる。
ミスリル相手にはミスリルで対抗するしかないとは彼には重々わかっているのだ。
盲目の彼が、一番状況を把握して予見していた。
「承知した、この剣にかけて。
それでリリス殿は?」
「これからミスリルの村にお連れします。
悪い毒を抜かなくては。このまま王城へお連れしても、お命に関わると思いますので。」
エリンがピュイッと口笛を吹く。
どこからとも無く黒いグルクが飛んできて、エリンはフレアゴートの癒しが終わったあとのリリスを手際よく毛布に包み、グルクに横たえさせてベルトで固定した。
「ちょっと待ってくれ、俺たちは……」
村への足がないブルース達が、火の鳥を振り返る。
が、彼に乗るなんてもうすでに考えられないし、また足に掴まれてと言うのもごめんだ。
それに彼はどうも、村に行く気はないらしい。
その時、空からグルクの鳴き声が一つ聞こえた。
ブルースが空を見上げるが、まだ空は暗くどこを飛んでいるかもわからない。
まさか、小屋に繋がれている自分のグルクが追ってくるわけがない。
だが、もしかしてという気もあってブルースが空に向かって口笛を吹いた。
それに、答えるようにまた鳴き声が響く。
「あなたの鳥のようですね。」
「まさか……」
バサバサと近づく大きな羽音に何度も口笛を吹く。
「エリザ!」
空に向かって手を伸ばすと、主人めがけて降りてくるグルクが一声鳴いた。
「なんで?!どうしてきたんだ?!どうやって!」
降りてきたグルクには、しかし見たことのある人物が乗っていた。
それはレスラカーンに影のように寄り添っていた、側近のライア。
彼は皆の前に降りると、ニッコリ微笑んだ。
「そのご様子では、リリス殿はご無事だったようですね。
グルクが必要かと思いまして、出過ぎたことを致しました。私は……」
「先日お会いしました、ライア殿ですな。いや、助かりました。
リリス殿が毒にやられておりまして、これから治療にミスリル殿の村へ行くのにどうしようかと困り果てておりました。」
「おお、それは良かった。
急いだので荷物を持ち出せなかったのですが、グルクだけでもと。お役に立てて幸いです。」
「レスラカーン様には何から何までお世話になりました。
彼がいなかったらどうなったか……どうか御礼を……心から感謝しますと。」
「主人に伝えます。
主からはその村のことで伝言を受けておりましたが、これから行かれるのであれば不要でございましょう。」
「なにか?」
ライアがチラリと火の鳥を見る。
あの鳥がフレアゴートだったと、城で騒ぎになっているだけに面と向かって話しづらい。
だが、ライアは声をひそめてブルースの耳にささやいた。
「古の火の神官殿が復活して、ミスリルの村にいらっしゃると。
フレアゴート様は、これが最後の機会とお覚悟なさっているようです。
どうかあちらで神官殿とお話し合いを。
さ、お早く。」
「ふむ、承知した。情報感謝する。
では、かたじけない、失礼して……出発を!」
慌ただしく2羽のグルクが飛び立ってゆく。
それを見送っていると、一匹のネコがヤブからよろめきながら現れた。