第15話 蝗(いなご)王

文字数 1,942文字

 冥府(めいふ)で見つけ出したデアチ軍と蛮族と呼ばれるイルブイ国の兵士らを見えない門へ送り出しアイリ・ライハラが最後に抜けようと片足を突っ込んだその時だった。

「お────いぃ! 誰かいなか────ぁ!!」

 背後から聞こえた声にアイリは振り向いて霧垂れ込める森を見回すと2人の人影が(かす)んで見え始めしばらくすると軽装の防具と騎士風の甲冑(アーマー)を身につけたものが見えてきて同時に相手らもアイリに気づき駆けてきたのでアイリは見えない門から足を引き抜いた。

「すまぬ! 黄泉から出られるというのは本当か!?」

「ああ、そうだよ。お前らイルブイの手のものだな。生き返りたけりゃ約束しろ。黄泉を抜けられたら俺様の子分になりな」

 蛮族の騎士と兵士がデアチ軍の騎士の申し出に顔を見合わせた。

「嫌ならいいんだ」

 そう捨てぜりふを残しアイリが(きびす)返すと蛮族の兵士の方がすがりついた。

「そんなぁ! 見捨てないでくれ──」

 腕をつかまれアイリ・ライハラが半身振り向くと騎士は眉間に(しわ)を刻み噛んだ唇を震わせているのでアイリはだめ押しをした。

苦悩の河(アケローン)を渡っても天国の扉が開かれるとは限んないし、地獄で責め苦にあうぐらいなら現世に戻って善行(ぜんこう)積んだ方がいいじゃん」

 蛮族の騎士が我慢して言葉を絞り出した。

「我はヒルダ・ヌルメラ。イルブイ総軍の指揮官にして総大将──(しか)るべき処遇を約束してくれるか?」

 げげっ!? こいつ軍団の指揮官かよ!? もしかしてヘルカ・ホスティラみたくややこしい奴か!? とアイリは引きそうになった。

 だが訴えた後、瞳を外さずじっと見つめられアイリは邪険にできなかった。

「大将かぁ。まあ、大将は無理でもヘルカ・ホスティラという参謀長がいるんでその相談役ならいいか?」

 いきなりヒルダ・ヌルメラが片(ひざ)を地について(こうべ)を垂れた。

「有り難き処遇。感謝つかまつり(そうろう)

「それじゃ行くぞ。もたもたして────」

 2人の蛮族の兵に告げながら見えない門を抜けると見渡す限り埋め尽くされた兵の真っ只中にアイリ・ライハラは歩きでて眼を丸くした。兵の(ほとん)どはデアチ国の連中じゃない!? なんだこいつら!?


「お帰りアイリ」


 ゆっくりとアイリが振り向くと背後に下ろされた御輿(みこし)の玉座に腰掛けた王妃(おうひ)イルミ・ランタサルが肘掛けに片腕で頬杖(ほおづえ)つき見つめていた。



土産話(みやげばなし)を────」



 土産話(みやげばなし)だぁ!? そんなものあるか! 魔女キルシの放った爆裂魔法の餌食になった連中を連れ帰っただけだ。そのデアチ国剣竜騎士団長の前に空気を割いてイルブイの女大将ヒルダ・ヌルメラと蛮族の兵1人現れた。

「アイリ・ライハラ殿──この────この挙群の兵は──なんですか!?」

 頼った騎士に問う女大将の後に兵士が1人空を切り出てくると男は怯えて大将の腕をつかんだ。それで門が閉じるはずだった。だがそこからもう1人出てきた。その異様な()で立ちに取り囲んだ兵士らが抜刀(ばっとう)退(しりぞ)いた。

 アイリは最後に出てきたその頭の先からつま先まで真っ黒な上背のある男から危険な匂いがして眼を放せずにいた。


「なるほど──こういうわけか────こういうわけなのだな。最近、獄逃れがいると調べてみて納得したぞ」


 そう告げた真っ黒な男がくるっと振り向き王妃(おうひ)イルミ・ランタサルを指さし言い放った。



「そこのお前! お前が手引きして冥府より(さら)ったものらの代償を払え!」



 退屈そうな顔でいた王妃(おうひ)がぱっと頬杖(ほおづえ)を外すと上げた顔を耀(かがや)かせた。

「冥府より!? (さら)ったものらの代償!? そなた冥府のものか!? 名乗れ男! 名乗ることを許す!」

(われ)は冥府最下層の王にして黒い太陽の大王────アバドンなり」

 取り囲んだ兵士らが動揺しさらに距離をおこうと退(しりぞ)きだし、王妃(おうひ)イルミ・ランタサルは右腕を振り上げ閉じた扇子で大群の将を指し示した。

「ほれアイリ・ライハラ。この冥府の魔物を退治せよ。派手にやってよし。空っぽになるまで吊し上げよ」

 扇子で指されたアイリ・ライハラは顔を引き()らせ王妃(おうひ)に言い返した。

「やいイルミ! イベントなんかじゃねぇ! こいつ黄泉へ連れ戻しに来たんだぞ! アバドンってサタンより強いんだぞ!」

 言い返したアイリをイルミ・ランタサルは笑い飛ばした。

「ふははははっ! サタンと互角ならアイリの勝ち。多少上でもアイリ、お前が負けはせぬ。それより強ければ良い見せ物。さあおやり!」



 玉座に座ったまま逃げようとせず仕切りにけしかける王妃(おうひ)とやり合っているものは誰なのだとアバドンが振り向いた瞬間、アイリが投げつけた長剣(ロングソード)(スキャバード)が額に命中し奈落の大王は後ろへ派手にひっくり返った。



「こ、このう──! 小癪(こしゃく)なぁ!」

 地面に腕を立て(からだ)お越しかかる奈落の王の額へアイリ・ライハラが投げつけた長剣(ロングソード)が突き立って(いなご)の大王はまた仰向けにひっくり返った。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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