第9話 邪(よこしま)の上前(うわまえ)

文字数 1,580文字

「ちょいばっかり蘇らしたい奴がおるんや。復活の呪法を教えたらええのに」

 たぶん、復活させる方法を教えろ、と言ってるのだとアイリ・ライハラは思った。

 ああ、どうしたものか。アイリはじっとエステル・ナルヒの複雑な紋様入りの顔を見つめ思案してると、いきなり第6騎士から両手握りしめられた。

「ありがとうござりんす」

 アイリは(あご)を落とし唖然となった。こ、こいつ教えてもいないのに、ど、どうして礼を言う!? とっさにアイリは本心の一部を説明した。

「エステル、あ、あんたには────無理だぁ」

「どうしてでありんすか? 何か特別なものでも必要なのでありんすか?」

「ち、違う、1度死んで冥府の苦悩の河(アケローン)渡って探しだして、もう1度苦悩の河(アケローン)を越えて────」


 言ってる途中でしまったとアイリは気づき口を押さえてしゃがみ込んだ。


 言っちゃったよぉ! どうすんだぁ!? このエステル・ナルヒ行きそうな気がする。でも大概の奴にはあの河は渡れねぇんだよとアイリは思いだした。

「そいんす。死なねえと連れ戻せねえの。それじゃあ、道案内をお願いするわ」

 顔を振り上げたアイリは眼が点になっていた。

「────行けるわけねぇじゃん! 死ぬのってすんごく痛いんだぞ!」

「大丈夫よ。あちきが痛うないように一突きで殺してやるし、そのあとであちきは自決するでありんす」

 それを聞いてアイリは(かぶり)振った。じょ、冗談は顔だけにしてくれ!



「そうなの。それじゃあ行かねえといけねえようにしてやりんす。王妃をそこに送り込んでやりんす」



 それこそ冗談じゃねぇとアイリ・ライハラは顔を引き()らせた。こいつそれを口実に自決するつもりだ! とんでもない奴に眼をつけられたとアイリは腰の吊しものに手をかけた。

「おっと、やるつもりならお相手しんすえ」

 エステル・ナルヒがそう言い捨て片足を引いて煙管(きせる)を握った手で身構え、アイリはその火壺に散々やられたのを思いだし(ソード)を抜くかと迷った。

「お前──イルミ・ランタサルを()ると言ったよな。騎士団長として聞き捨てならねぇ」

 そう娼館の(ごと)き女へ言い切りアイリ・ライハラは静かに(ブレード)を引き抜いた。

「ふふ、良い顔つきでありんす。ちょっと見ねえ間に(たくま)しゅうなりんしたね。いいでありんしょう。王妃に手をかけねえ代わりにあちきの望む人を黄泉から連れ戻しておくんなんし」


「いやだぁ!」



「あら、全否定するんでありんすね」



 言い終わりエステル・ナルヒは口をすぼめた。

(ぬし)さんにとっても、美味しい話でありんすよ」

 こいつ押したり引いたりとまるで親父(おやじ)をからかう村の熟女みたいだとアイリは眼を細めた。黄泉に落ちるのは下手をすると戻れない方が大きい。それに見合う美味しい話────アイリはふと気になり聞いてみたくなった。

「な、なんだよ──美味しいって?」

「世界3分の1を好きにできんす」

 な、なんだよ3分の1って!? 全部とか半分とかじゃなくてかぁ!? となんだか足元を見られたみたいでアイリは吊り上げた。



「ほとんど」



 エステル・ナルヒが浮かべた(いや)らしい笑みに冗談だよと言いかけアイリは言葉を呑み込んだ。

「いいでありんしょう。それが(ぬし)さんの取り分でありんすよ」

 お前が決めるんかい!? まるで肉でも切り分けるみたく、簡単に決めてしまった女にアイリは相手のこだわるその死者の名を聞いて突っぱねようと思った。

「誰を連れ戻すんだよ?」



 唇を開きかけ第6騎士が()をおいて口にしたことにアイリは寒気がしてきた。


「言うとあちきの口から全てが汚れ、聞くと(ぬし)さんの耳から全てが汚れんす」



「お前──人じゃないもの(よみがえ)らせようとしてるだろ」



 思わずアイリ・ライハラが指摘するとエステル・ナルヒが身を乗りだして顔を近づけ(たず)ねた。

(ぬし)さんこそ────人なのでありんすか?」



「ひ、人に決まってるだろうがぁ!」

 アイリ・ライハラは全否定して不安が(よぎ)った。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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