第13話 吐露(とろ)

文字数 3,026文字


 フッカツノジュモンヲイレテクダサイ

{カワイイ──}

{──アイリ}

ENTER

「ブブ──ッ!」


{キヒントビボウノ──}

{──イルミ}

ENTER

「ピコッ!」

 どがっ! げし! げし! げしっ!!



 くだらないことを考えていて滑り転びそうになる。

 慌ててパイク(:西洋(スピア)の長いもの)の尻を床に突き(かろ)うじて身体を支えた。

 アイリ・ライハラは鉄靴(サバトン)で歩くのがこれほど難儀(なんぎ)だとは思わなかった。

 兵士が普通に履きこなしていたのを見たことはあったものの、見るのと実際は大違いだと少女は思った。足を斬られたり刺されるのを警戒するより、機敏に動けばいいじゃないかとひねくれる。

 しかもチェーンメイルの上に大きな紋章入りの近衛兵服を着せられ、半(かぶと)まで被らされた。

「あぁ、いやだ、いやだ──」

 (つぶや)きながら少女はイルミ王女の居室扉を(たた)き返事を待った。

 数呼吸して返事がないので、もう一度(たた)く。

 十数回(まばた)きして返事がないので、扉を蹴った。

 大きな音がしても返事がないことにアイリは、昼の刺客(しかく)の一件を思い出し、もしやとイルミ王女の部屋の扉を押し開いた。



 ソファに王女が仁王立ちで腰に片手を当てアイリは指さされ、その突飛な姿を眼にして少女は唖然となった。



「我が名はイルミ・ランタサル! ここで会ったが運命! 今宵は我が寝室の警固を命じる!」

 あんぐりと口を開いた少女はパイクを王女に振り向けぼそりと(つぶや)いた。

「あんた、普通に『夜の警固を頼む』と言えんの?」

「いいぞ、いいぞ、アイリ。お前はわたくしにそこまで()くすか」

 あんたそこまで可哀想な王女なの? とアイリは覚めた眼で見つめた。その先でドレスのスカート両側をつまみ上げいそいそとソファから下りながら王女は(ほお)を赤らめた。

「警固するやつ、お城にいっぱいいるだろ?」

「馬鹿を言え! まがりなりにも淑女(しゅくじょ)の寝室。警固とはいえ男を入れ一晩過ごすなどできん──だろ」

「じゃあ、昨晩までどうしてたの?」

「ドアの外に立たせて番をしてもらった」

「それでいいじゃん」

「だぁめだぁ! 護衛がいるかいないかわからん状況が気になって熟睡できん。そこでアイリ、お前が今晩からベッドサイドで警固に立ってくれ」

「まっ、毎晩!? 毎日夜勤やれと言うんかい!?」

 アイリは眉間に(しわ)を刻み王女に詰め寄ろうとした。

褒賞(ほうしょう)の分きっちり働かせてやってくださいとお前の父も言っておっただろ──1億9千8百万デリ(円換算で4800万円)で身売りされたんだからな」

 顔を逸らしスマして言う王女にアイリはパイクを振り上げ王女を(たた)こうとして怒鳴った。

奉公(ほうこう)じゃなかったんかい!」


「いやだぁ、アイリ、奉公(ほうこう)とは隠語(・・・)で身売りのことよ」


 王女を本当にパイクで(たた)こうと踏み出し鉄靴(サバトン)爪先(つまさき)を毛足の長いカーペットに引っ掛けた少女は顔から倒れ込んだ。

「さあ、遊んでないで(われ)の寝床へついておいでな」

 そう言いながらイルミはリビング横のドアを開き先に入って行った。その後ろ姿に立ち上がろうとするアイリは問いかけた。

「もう? まだ陽が沈んでもいないんですけれど──」


「長く寝ないと美貌が損なわれるわ」


 王家が衰退した理由がわかったと少女は覚めた眼を向け寝室へ入ろうとしてパイクの半分を出入り口上の壁に引っ掛け後頭部から大理石の床に倒れ大きな音を立ててしまった。

「大丈夫? あなたよく転ぶわね。不器用なの?」

「剣より長いもの扱わねぇ──」

「あらぁ? 物干し棒をあんなに上手に使いこなしていたじゃない」

 そう言いながら王女は侍女(じじょ)も呼ばずに寝衣装に着替えるとドレスを衝立(ついたて)に引っ掛けベッドに上がり込んだ。そうして大きな枕に背中を預けその横をぽんぽんと(たた)いてアイリに声をかけた。


「いらっしゃいなアイリ」


 ベッドサイドへ歩いていた少女は両手を振り上げパイクを放り出し青ざめた顔を左右に激しく振った。

「そんな趣味()()()!」

「あはははっ──ベッドに腰を下ろしなさいといったの」

 怪訝な面もちでアイリは王女のベッドに浅く腰を下ろした。

「あなたみたいな子は始めてよ」

 そりゃそうだと少女は思った。あの変人と村人から敬われる(恐れられる)親父に育てられたんだ。そこいらにいるわけがない。

「わたくしに飾らぬ言葉と態度で接してくれる。その意味がわかって?」

 アイリは(かぶり)振り王女へ顔を戻した。

「王女としてでなく、1人の人として相手をしてくれる」

「いいや、あんた(・・・)を王女じゃないと一瞬も思ったことはないよ」

「まぁ? それじゃあどうして──?」

「あんたは王女であり、イルミ・ランタサルで──1人の女の子だ。それだけだよ。王女さん、あんたの歳幾つなんだ?」

「今年、16になったの」

 アイリは咄嗟(とっさ)に顔を反対に向け眼を寄せた。

 嘘でぇ! こんなひねくれた16がいるもんかぁ! 俺と1つしか違わねぇじゃん!

「わたくしは大戦の翌年に産まれたの。アイリは大戦をご存知?」

「誰だって知ってるさ。隣国ウチルイとその先の大国デアチが結託しこの国を属国にしようと大軍で攻めてきた10日間戦争だろ」

「そうよ。若いのによくご存知ね」

 知るもなにも、親父から童話のように幼少の時から聞かされてきたとアイリは思った。

「その戦いで父君は耐え抜いたけれど、多くの騎士と兵と民を失ったわ」

 少女が(わず)かに視線を戻した先で王女は身体に載せ組んだ両手指を見つめ語り続けた。

「わたくしはその(あがな)いをしなくてはなりません」

(あがな)い? どうしてあんたが? 王の判断だし、悪いのはウチルイとデアチだろ」

「それでも父君──ウルマス・ランタサルが下した決断で多くの人が死んだのだから当然よ」



「わたくしはこの国を──」



 王女が長く言葉を句切るのでアイリが顔を向けると静かな寝息をたてていた。

 アイリは目尻を下げると、王女の両足を引っ張り頭が枕に載るまで引き()り、毛布とシーツを首元まで引き上げた。

 そうして鉄靴(サバトン)を足から抜き兵装を脱ぎ捨てて身軽になるとそれらを窓際の長いカーテンの裏に放り込み床に放り出していたパイクを拾うと寝室に置いてあるソファの裏に行き寝っころがった。

「寝ずの番なんてやってらんねぇ」




 それから夜もふけきった静かな居館(パレス)に息を殺した1人の男が陰伝いに歩いてくると、王女の居室扉の前に警固兵が1人もいないことに廊下の左右を見回し、音を立てないように扉を左手で押し開いた。



 その顔を黒いターバンで隠した男は腰の後ろからソードブレイカー(:短剣の一種)を引き抜いた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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