第20話 腹立ちまぎれ

文字数 1,715文字

 扉を叩きつけデアチ国の剣竜騎士団代理騎士団長を仰せつかる女騎士ヘルカ・ホスティラが肩を怒らせ廊下を歩き始めるなり吐き捨てた。


「なにが『ざんす』かぁ!」


 あの第6騎士は口先ばかり回し、役を負わせようとするとのらりくらり逃げやがる。

 (ほとん)どのここの騎士は使いものにならん!

 こんな思いするもあのアイリ・ライハラがどこぞに行方不明なのが原因なのだ!

 怒り肩で歩いていてヘルカはうっかりと廊下に飾ってある甲冑(アーマー)に引っかかりひっくり返した。

 がちゃがちゃと大きい音に(あわ)てふためいた女騎士は辛うじて受けとめた(スカル)を腹立ち紛れに力込めて床に投げつけた。

 ぐわんと大きな音を上げ跳ね上がった(スカル)の先の扉が開いて、イルミ・ランタサル王妃(おうひ)が出てきて脚に当たってしまった。それを眼にしてヘルカ・ホスティラは青ざめて片膝(かたひざ)石畳(いしだたみ)の床について(こうべ)()陳謝(ちんしゃ)した。

「申し訳ございません王妃(おうひ)様! 廊下の飾り物を迂闊(うかつ)にもひっくり返しました!」

 王妃(おうひ)がなかなか言葉を返さない。

 女騎士はどうしたのだとそっと顔を上げた。



 イルミ・ランタサルが半分に(つぶ)れた(スカル)をじ────っと見つめている。



 それを力込めて投げたヘルカは苦笑いを浮かべるとイルミ王妃(おうひ)(つぶや)いた。

「お前が引っ掛け倒すとこうも壊れるんだ」

 引っ掛け倒したぐらいで頑丈な甲冑(アーマー)(つぶ)れるかぁ!!! と女騎士は顔を(ゆが)(あわ)てて言い逃れようとした。

王妃(おうひ)様! そ、それは──こ、この国の甲冑(アーマー)の、つ、作りが甘く、倒れただけでそのように壊れまつる!」

 イルミ王妃(おうひ)(スカル)に足を乗せぐいぐいと体重をかけた。それ以上変形しない(スカル)を見つめ痙攣(けいれん)したように頭を下げたヘルカは急いで進言した。



王妃(おうひ)様はスマートでひ弱な甲冑(アーマー)でさえ(つぶ)れませぬ」



 上手い! と(えつ)に入った女騎士は足を(すく)われた。

「ヘルカ、お前ちょっとこっちに来て(スカル)に乗ってみなさい」

 まずい──まずいことになってきたぞと女騎士は石床に顔から吹き出した冷や汗をぼたぼたと垂らし始めた。

「何をしてる? 早ようこちらへおいで」

 心なしかイルミ・ランタサルの言い方が優しく聞こえる。顔を上げた女騎士は王妃(おうひ)の両手指を見つめた。



 甲虫の触手のように妖しく(うごめ)かしている!!!



 優しい言い回しは油断させる罠だぁ! 昨日や今日、イルミ・ランタサルに仕えたのではない。あの指の動かし方1つで王妃(おうひ)の奸計が────彼女の周りに黒いオーラが広がり揺れている様にヘルカには見えた。

「どうしたのヘルカ、早ようこちらへ」

 (スカル)に足を乗せさせ、(つぶ)れなかったら大柄な(われ)王妃(おうひ)と同じ体重なのかと(なじ)られる。

 なんとしても(スカル)(つぶ)さねばならぬと(おのれ)に言い聞かせながらヘルカ・ホスティラは立ち上がると無表情を装い王妃(おうひ)へと進み出た。

 足繰り出しながら女騎士は何も良い案が浮かばぬことに内心ハラハラしていた。

 イルミ王妃(おうひ)の手前まで女騎士が行くと主君が半(つぶ)れの(スカル)から足を下ろしリディリィ・リオガ王立騎士団第3騎士に命じた。

「ヘルカ・ホスティラ、ちょっとこれに乗って(つぶ)してごらんなさい」



 ほら来た!!! ひぇええええ、少しでも(つぶ)れなかったらボロクソに(なじ)られるぞ!



 何とする!? どうしたらいい!? いくら体力に自信ある(われ)でも片足で踏んだぐらいで(いくさ)用の(スカル)(つぶ)れるわけがない。

 女騎士が固まって動かずにいるとイルミ王妃(おうひ)がぼそりと命じた。



「お──乗────りぃ」



 その(いや)らしい言い方にどうやったら(スカル)(つぶ)せる!? と崖っぷちに立ったノーブル国最高位の女の騎士は目眩(めまい)を感じながら2人の(あい)に転がった半(つぶ)れの被り物をじっと見つめていていきなり跳び上がると思いっきり両足で(スカル)に飛び下りた。



 つるん────とヘルカ・ホスティラは傾いた(スカル)の上で足滑らせた。

 すってん、とバランス崩した女騎士は咄嗟(とっさ)にイルミ・ランタサルのドレスをつかんでしまった。膨らんだスカートを思いっきり引き裂いて石床にヘルカは顔から落ちた。



 いきなり後頭部を王妃(おうひ)に思いっきり踏まれヘルカ・ホスティラは(ほお)を石床に押しつけ唇を大きく(ゆが)めた。



(わたくし)がスマートで軽いか、お前で試してみましょう」



「がんべべじで──ぐだざい────ぼうびばば」
(:勘弁してください、王妃(おうひ)様)



 痛い痛いとヘルカ・ホスティラは(わめ)き始めた。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み