あとがき

文字数 1,533文字

 「石刻師リョウ 荒原の道」は、「石刻師リョウ 草原の風」の続編である。
 前作で、突厥(とっくつ)の奴隷武人として成長したリョウ、ソグド人の芸能屋に売られていったシメン、敵対する部族の奴隷武人だったタン、そしてリョウが仕えた部族長の子アユン、その四人のその後の成長と冒険を、それぞれの視点で描いている。
 それぞれの視点で描いているのには訳がある。舞台は四人が住んでいた突厥の南の集落(現モンゴル南部)から、シルクロードの都市甘州(かんしゅう)へ(シメン)、涼州から黄河の大屈曲部(現オルドス地方)の街へ(タン)、大興(だいこう)安嶺(あんれい)山脈の麓(現モンゴル)へ(アユン)、そして涼州から吐蕃(とばん)(チベット)と接する青海地方(リョウ)へと、地理的な広がりを見せ、リョウ一人の視点では書ききれなくなったからだ。その代わり、それぞれのエピソードは、独立した短編として、前作を読んでいなくても読めるように書いたつもりである。

 時代背景を見てみよう。唐の玄宗皇帝の世、北の草原(現在のモンゴル高原)を支配していた突厥(とっくつ)がウイグルに敗れ、西の青藏高原(現在のチベット高原)からは吐蕃(チベット)が草原への出口を狙って何度も侵攻している、唐の朝廷では宰相の李林甫が権勢をふるい、辺境を守る節度使には安禄山など蕃人(異民族)将軍が登用され、その力が徐々に大きくなりつつある、そんな時代の話である。この間に、17歳のリョウは22歳の青年に成長していく。
 そして、この物語の八年後、755年には唐の運命を変えた「安史の乱」が勃発する。そこに至る話は、次作「石刻師リョウ 燎原の火」で書くつもりである。

 本書の執筆に当たっては、遊牧騎馬民族の生活や戦いを書くために、遊牧民の歴史等を研究されている諸先生の著書を参照させて頂いた。主なものをここに記して、御礼申し上げたい。(「草原の風」再掲)
「シルクロードと唐帝国」 森安孝夫著 講談社学術文庫
「シルクロード世界史」 森安孝夫著 講談社選書メチエ
「遊牧民から見た世界史(増補版)」 杉山正明著 日経ビジネス人文庫
「古代遊牧帝国」 護雅夫著 中公新書
「唐代の国際関係」 石見清裕著 山川出版社
「馬の世界史」 本村凌二著 中公文庫

 また「荒原の道」では、唐の歴史を調べる必要が生じたが、遊牧民と違ってこちらは膨大な著作物や研究書がある。このため、歴史上の出来事は編年体の通史である「資治(しじ)通鑑(つがん)」をベースにした。もっとも中国語ができるわけではないので、WEB上の「『資治通鑑』邦訳Wiki」を利用させて頂き、その他の著作との齟齬がないことを確かめながら資料とした。ここに「『資治通鑑』邦訳Wiki」の試み並びにリョウの時代の「唐紀」を翻訳された渡邊省氏に、心より感謝申し上げる。そのほか、次の著書も参照させて頂いた。ここに記してお礼申し上げたい。
「唐―東ユーラシアの大帝国」 森部豊著 中公新書
「古代中国の24時間」 柿沼陽平著 中公新書
「新唐詩選」 吉川幸次郎・三好達治著 岩波新書
「唐宗伝奇集(上)(下)」 今村与志雄訳 岩波文庫
「中国道教の展開」 横手裕著 山川出版社
「仏教への道」 松本史朗著 東書選書
「物語 チベットの歴史」 石濱裕美子著 中公新書
「すべてが武器になる」 石川明人著 創元社

 「草原の風」執筆中の2022年(令和4年)2月24日にロシアによるウクライナ侵略戦争が始まった。それはまだ終わっていない。本作を書きながら、千三百年前にリョウの周りで行われていた戦争という愚行が、今も同じように繰り返されていることに、そしてその動機や展開が千三百年前と何も変わっていないことに愕然とする。一日も早い戦争の終結を願って、いったん筆を置くこととする。

  令和5年8月吉日  雲井 耕
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