(八)

文字数 1,882文字

 庭季(ていき)がタンに父の死の真相を伝えて五日後、タンは剛順に呼び出された。
「俺の伝手(つて)で、庭季の話について少し調べてみた。お前の親父さんは、座林(ザリン)(りゅう)涓匡(けんきょう)にも内緒で、蓄財していることを知ってしまった。座林の屋敷奥に財貨を隠す秘密の部屋を作らされたからだ。親父さんはそれをネタに、他の子供たちも解放するよう迫ったが、それが(あだ)になったのだろう」
「他の者を交えず、一人だけで普請(ふしん)をやらされたと聞きました。もしかしたら、最初から秘密の部屋の口封じに、殺すつもりだったのでは」
「その可能性もあるな。それに座林は、事故で死んだ棟梁の家族の面倒をみるふりをしながら、実は付き合いのある突厥の部族長に、子供たち、つまりお前と妹を売り渡した、ということのようだ」
「その相手はクルト・イルキンです。(りゅう)涓匡(けんきょう)と裏でつながり、突厥を裏切った男です。俺は、そいつの奴隷兵士でした」
「なるほどな、そんなことだったのか……。母上については、もっと辛い話になる。子供たちが突厥に売られ、自分は座林の牛耳る下卑(げび)た酒楼で遊女にされると知り、自ら命を絶ったということのようだ」
 タンは、叫びだしたくなるような気持を必死で抑えた。
「俺は、この町に来なければよかった……。どうして来てしまったのか、何を望んでいたのか、自分でもわからない。自分の過去を知りたいとは思ったが、薄々、こんな酷い話を想像しないわけではなかったのに」
「お前は、自分が奴隷として酷い経験をし、心も傷つき、今もその後遺症に悩まされている。そうなった原因を探してみたかったのだろう。真相がわかった今、お前はどうしたいのだ?」
「俺は今、座林を、心底、殺したい。最近の俺は、賊に襲われても相手を殺せなかった。どうしても手が動かなくなるのだ。それでも、座林を前にしたら、俺は殺せると思う。親父もおふくろも、それを望むだろう」
「タンのお父さんやお母さんは、タンが(うら)みを晴らすことにこだわり続けて、いつの日か(かたき)を討ってくれることを望んでいるかな。お前が仇を討ったとして、今度はその仇の家族はどう思うかな。悪い奴なら、やはりみんな殺さなくてはいけないのか」
「やめてくれ、そんな話。俺が仇を討たなくて誰が仇を討つんだ。それに悪い奴は悪いことをし続ける。だから殺して何が悪い」

 タンはまた発作が起こりそうな予感がした。それを察してか知らずにか、剛順はそれ以上は問いかけず、静かに目を(つむ)った。じっと座って瞑目(めいもく)する剛順を見ていると、仏様を見るようで、タンの気持ちも少しずつ静まってくるのがわかった。
 剛順が静かに目を開き、ゆっくり口を開いた。
「座林は死んだ。さきの突厥(とっくつ)との戦いで、戦死した。座林の屋敷も財宝も、養った私兵たちも、今は全部、劉涓匡のものだ。座林が自分の敵になりそうだと知った劉涓匡が、最前線に送った座林を背中から討たせたという話もある」
 そこで剛順は、また瞑目した。タンは何が起こったのかを理解しようとしたが、頭が混乱して何も言えなった。また剛順がゆっくりと口を開いた。。
座林(ざりん)を恨んでも、もう死んだ相手に仇を討てるわけではない。では、代わりに(りゅう)涓匡(けんきょう)を恨めば良いのか?劉は、座林を使ってこの町を牛耳り、人々を苦しめた張本人だからな。しかし、劉が座林を殺してくれたのだとすれば、タンは劉に感謝しなければならなくなる」
 タンは、ぐるぐると考えが巡って、頭が変になるような気がした。剛順はさらに続けた。
「世の中にはお前と仇しかいないわけではない。他の者、周りのものとの連関の中にある。他の者とのかかわりを気にする限り、心の安寧(あんねい)は得られない。すべてのかかわりを捨て、自分一人に向き合ってこそ、心の安寧は得られるのだ」

 タンは、恨みを晴らすことは、どういう意味があるのだろうかと思い悩んだ。恨むべき相手は既に死んだという。だが、もし生きていたら、自分は(かたき)を討つために剣を取っただろうか。
 そう思ったタンに、突然、国境の村での略奪と虐殺の情景がまざまざと浮かんできた。心の中に無理矢理に押し込めていた情景、そこではタンこそが、あの村人から見れば仇を討つ相手であるという事実……タンは愕然(がくぜん)とした。
 剛順は、タンの心を見透かしたように、どこまでも静かに続けた。
「お前の発作は、死ぬほど恐ろしい目にあった時の恐怖が原因だ。殺されかけた恐怖よりも、殺しかけた恐怖の方が勝っているのだろう。この町は、お前が辿(たど)った数奇な運命の出発点ではあっても、お前が克服しなければならない原点ではない。お前が(とら)われているのは、国境の村での略奪と殺戮の方であろう。そこに向き合う勇気はあるのか?」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み