第15話 終幕、愛しき涼雨の夜に

文字数 1,591文字

 ここは幻想郷。
 淘汰され、忘れられた者たちの楽園。

 そんな世界に、ひとつまみのスパイス。
 あなたは、その能力と、技術と、知識で、ひとときのディープな癒しを提供します。

 『村雨円楽店』。
 それは、小さなバーの店主の物語ーー。


 宵も深い、初夏の闇の中、人間の里の端に、ポツンと燈が灯ります。
 レコードが奏でるサックスの音色が、暖かいガス灯の光に混ざります。

 鈍く光るシェイカー、木目が綺麗なカウンター、真紅のソファーー。

「……すごく居心地が悪いわね。」

「奇遇だな。私もだ。……何だか落ち着かん」

「まぁ、そのうち慣れるわよ。」

 カウンター席に座るのは、霊夢さん、魔理沙さん、紫さん。
 あなたに作ってもらったカクテルを飲みながら、夕食ができるのを待っています。

「その口ぶりだと、紫はこの空気に慣れているみたいじゃないか。」

「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるの?」

「どーも、大妖怪様様……」

「まぁ、ご飯を作ってくれるからいいんだけれどね……」

「霊夢お前……」

「何よ」

「なんでもないぜ」

 他愛のない話をしていると、あなたが今晩のメニューを持ってきます。

「できましたよ、皆さん。」

「あなた、そんなに料理ができたのなら、私最初から全部任せたのに」

「竈門とかは使い方わかりませんでしたよ?」

「言ってみただけよ。それで、この料理はなんていう料理なの?」

 霊夢さんは目をキラキラさせて聞きます。

「これは、ハンバーグです。お肉をミンチ、まあ要するに、つみれのお肉版です。大根おろしを上に乗っけて、特性醤油をかけて食べてください。白米と味噌汁は、当然ながらあります。」

「なるほど。ミンチに……」

「ここに肉挽き器があるとは思いもしませんでした……」
 
「欲しいものがあったらいつでも言ってね?料理を振る舞うのと引き換えに、だけれど。」

「私欲に塗れた妖怪がここに一匹……」

「あら魔理沙、よく聞こえなかったわ?」

「何でもありません」

 一同、お箸を取ります。
 久しぶり、と言っても数週間ぶりですが。

いただきます、と手を合わせ、一同箸を進めます。

「………………あ、あの、お味は」

「はいほお」

「……っ! んまい! やばいなこれ……。三食これにしたいくらいだぜ」

「懐かしい味がするわね。ハンブルグなんていつぶりかしら。」

 一体どれほど長生きしているのだろう、そうあなたは思いました。

「美味しかったならよかったです。それじゃあ、僕もいただきますね」

 机はバーのカウンターですが、四人での食事なんて、いつぶりでしょう。
 あなたは、むこうではずっと一人だったので、むず痒いような、嬉しいような、そんな暖かい気持ちになります。
 自然に笑みが溢れます。

「食事って、こんなに楽しいものなんですね」

「何よ、急に気持ちが悪い。」

「霊夢……それは辛辣すぎやしないか?」

「霊夢さんはツンデレですもんね。」

「何その『ツンデレ』って…… ってちょっと紫? 何でそんな笑いを堪えてるの?」

「……いやっ、その言葉、まさに霊夢のためにある言葉だなって思っただけよ……っ!」

「そうだぜ霊夢。霊夢はツンデレなんだぜ。これからは『ツンデレ巫女』って呼ばせてもらうぜ。」

「ちょ、魔理沙あなた、私の腹筋がっ! 大崩壊起こしちゃうわっ! っあはははは!」

「もーー! 何なのよみんなして!」

 ムキーっと怒る霊夢さん。
 笑い、怒り、食卓は色鮮やかに染まります。
 ずっとこの時間が続けばいいのに。そんなことを思いながら、あなたは怒った霊夢さんを宥めるのでした

 宵は深けりーー
 息を潜めた人間の里の端。
 そこには、新しく、暖かい団欒がありましたーー。
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