第7話 隣にいつも、居るように

文字数 1,674文字

「それでねぇ?あたしがそこでぇ、どかーーんと一発かましてやったわけ!」

転がる酒瓶、日本酒の甘ったるい香り、火照った体。
べったりと絡み酒をしてくる霊夢さんに、あなたは困り果てています。

「霊夢さん、飲み過ぎですって……ほら、もうお水にしましょう?」

「えぇ〜……?まだのめるわよ!ほら、そこにあるの、とってちょーだい!」

「これはもうダメです!麦焼酎じゃないですか……。度数43って、霊夢さんよく割らずに飲めますね……。」

霊夢さんは、手にお猪口を持ちながら、あなたの方に腕を回してきます。
ムワッとしたお酒の匂いと、金木犀の石鹸の香り、そして霊夢さんの匂いが一気に押し寄せます。

ぐったりと体重を預けてくる霊夢さんを支えるあなたは、速まる鼓動を抑える術を持ち合わせていません。

「ほら、霊夢さん。いい加減にしないと、明日大変なことになりますよ?」

「らいじょーぶらいじょーぶ、あたし、おさけには強いものっ!」

にへら、と顔を綻ばせる霊夢さん。
若干ですが、呂律も回らなくなってきているようです。

もうここまで酔ってしまったら、どんな酒豪でも正常な判断はできません。

あなたは、アルコールでふらつく足に力を入れ、立ち上がります。

「あー、ちょっと、待ちなさいよぉぉぉ………」

「すみません霊夢さん……これ以上肝臓をいじめるわけにはいかないんです……。」

あなたは、隣の部屋の襖にしまってある布団を取り出します。

霊夢さんがぶっ倒れている座卓の側に布団を敷くと、あなたは、ベロンベロンになった霊夢さんを抱き抱え、えっちらおっちら布団まで運びました。

「うぇぇ……気持ち悪い……」

「やめてくださいね?本当にやめて?僕ももう寝たいんですから!」

このまま寝かせたら寝ながら吐くだろうと考えたあなたは、布団に転がっている酔っ払いの体を起こします。

霊夢さんを座らせ、その体を支えるようにあなたも布団の上に座ります。

「うぅ……ありがと………」

「どういたしまして。」

あなたは座卓に手を伸ばし、事前に用意しておいたお冷を手に取り、霊夢さんの口元まで運びます。

「ほら、霊夢さん、水ですよ」

「……ん、いや」

子供のように、むすっと頬を膨らませる霊夢さん。
そこには、お酒を飲む前にはあった、緊張感のようなものが抜けています。

潤んだ琥珀色の瞳、
赤く染まった頬、
艶やかな唇、
緩んだ寝巻きから覗く鎖骨、
金木犀とお酒が混ざった甘い香り、
接触した体から伝わってくる熱い体温ーー

心臓は疾く、口内は乾き、呼吸は浅く、手先は震えます。

絶体絶命のあなたは、一旦目を瞑り、深呼吸をして、理性を徐々に取り戻していきます。

「ほら、これ飲んだら、だいぶ良くなりますから」

「……しょうがないなぁ」

いやしょうがないのはどっちだよ!
あなたは、心で叫びました。

こくっこくっ、と、徐々に水を飲み始めた様子を見て、あなたはホッと息をつきます。

そうして、飲むのをやめた霊夢さんから湯飲みを受け取り、半分ほどなくなったそれを、座卓に戻します。
霊夢さんの消化器官が頑張るのを援護するため、そのまま霊夢さんの体を支えます。

静寂が辺りを包みます。

「……」

「……ねぇ」

「……はい」

「」

「どうしたんですか?」

うとうととする霊夢さんをゆっくり布団に寝ながら、あなたは聞き返します。

「……どこにも行かないで?」

「僕はどこにもいきませんよ。泊まれるところ、ここしか知りません。」

「……、ちがうの。」

あなたは、知っていました。
お酒というものは、人の心の壁、あるいは蓋を、一時的にないものにしてくれるのです。

きっとこの少女は、寂しかったんだろうとあなたは推測します。

「……わかりましたよ。どこにも、いきませんよ。…ほら、寝ますよ、霊夢さん。」

「……(寝息)」

「うん。もう寝てますね。」

しかし霊夢さんは、あなたの袖口をしっかり掴んで放しませんでしたーー。
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