第19話 恋符

文字数 1,403文字

  潰れてしまったようだな。
 そりゃ、このお酒、結構度が強めっぽかったもんなぁ。
 飲みやすいが、そんな飲んだらさすがの私でも危ないぜ。

 ぐっすりと寝てしまった彼を見ながら、魔理沙は深い息をついた。

「それにしても」

 この男は、あまりにも無防備すぎる。
 外来人は基本的にそうであるが、彼は特にすぐ人を信用する口であるので、そこそこ心配している。

 まだ半分ほど溶け切っていない氷が、コロン、と鈴の音を鳴らす。
 アルコールの回った体は熱い。

 魔理沙は服を着崩し、立ち上がった。

「……よし」

 魔理沙には、狙いがあった。
 そのために、わざわざ紅魔館から珍しいお酒を盗み、恥じらいを噛み殺してこうして彼の部屋にも侵入したのだ。

 計画は完璧。
 気持ちが追いついていれば。

 襖を開け、布団を出す。
 酔っているせいか、無駄に時間がかかる。

「……」

 一瞬のためらい。
 即座に振り払い、彼を布団まで引きずっていく。

「全く、世話が焼けるぜ……。」

 それも計画の内。
 それでも、そう言わないと、いてもたってもいられなくなるのだ。

 魔理沙は、爆睡している彼の横に寝転ぶ。

 リモンチェッロ、だったか。そのお酒の匂いが、彼の匂いと混ざって、魔理沙の鼓動を加速させる。
 目を瞑ると、より鮮明に、より克明に、彼の存在を感じてしまって、一向に寝ることができない。

(ここにきて問題発生か…… 情けないな…)

 もういっそ、諦めてしまおうか。
 しかし、そんなことは絶対に嫌だと、自分の鼓動が教えてくれる。
 諦めることなんて不可能なのだ。

 だから、前に進むしか道はない。後戻りという選択肢は、ない。

(……どうしろって言うんだよ、こっから………)

 諦められない、でも解決策は見つからない。
 完全に詰みである。

 魔理沙は、縮こまって、目を思い切り瞑る。

 おかしくなってしまいそうだ。
 この鼓動が止むことも、苦しい呼吸が和らぐことも、胸のうずきがなくなることも、これから先ないというのだろうか。

 いつからかはわからないけれど、毎日、彼のことを思い返していた。
 そうすることで、この強い思慕を紛らわそうとしていた。
 そんなことをしても、先延ばしになるだけなのに。

 ようやく踏ん切りがついて、努力して、精一杯やって、失敗の原因が私の勇気がなかったから、なんて言ったら、無数の感情の矛盾によって、私は溺れ死んでしまう。

 ただ、伝えたかった。
 ただ、壊したくなかった。
 気持ちを、そして今の関係を。

 そんな簡単で、矛盾した気持ちを、私はどう処理したらいいなんて知らない。

 だから、見つけようと思った。

 結局、ダメだったが。

「私は……」

 霧雨魔理沙は、未だ人類である。
 人間だ。
 立派な人間である。
 だからこそ、苦悩し、足掻き、諦め、後悔するのだ。
 それが人間だから。

 布団を強く握る。
 歯を食いしばり、泣きそうになるのを我慢する。

 気持ちの高ぶりなど、無意味に等しいこの状況で。

 無力感、羞恥、恋慕、後悔、妥協ーー。

 意味を成さない思考、雑多な感情の波が、魔理沙を襲う。

 もう無理だと悟る。
 自分には出過ぎた真似だったのだと。

 ーーもう、帰ろう。

 そう思った時だったーー。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み