第8話 夏の幻想、少女、はじまり

文字数 2,222文字

 暑い。
 それ以外のことは、至って普通の目覚めだった。

 視界の大部分は天井、隅に、まだ暗い空がある。

「…っぅ………」

 昨日の記憶が、途中から無い。
 確か、外来人と一緒に酒を飲んで……

 私が、ベールに包まれた記憶を探っていると、モゾモゾと何かが蠢く。
 何事かと首を回すと、私に抱きついた彼がいた。

「……すやぁ…」

「あぁ、そうねそういえば、こいつと一緒に……。……、?、っっ!!!」

 待って待って待って、なんで私の布団の中にこいつがいるわけ?!

 私は半分恥ずかしさ、半分怒りでそいつを体から引き離す。

「こんの……っ!ちょっと!あんた、なんで私の布団にいんのよ!!」

 頭を引っ叩かれて目が覚めたらしく、彼は私から離れる。

「いやいや、さすがに理不尽ですよ!霊夢さんが一緒に寝たいって言ったんじゃ無いですかぁ!」

「言ってないわよ!言ったとしてもそれに従う馬鹿がどこにいんのよ!!」

「だってしょうがないもん!霊夢さん、寝た後でも僕のこと離そうとしなかったんですからね?!」

「なっ……!」

「それに!……霊夢さん、なんだかすごい寂しそうでしたもん。いやまあ僕も酔ってたから、あんま何も反論なんてできないんですけど……」

 チクリと、心のどこかに針が刺さる。

「今回は、どっちも酔っ払ってたってことで許してくださいよ……ていうかこの布団、客人用の場所から出してきましたけど、よかったですか?」

「私の逃げ場を意識して潰すんじゃ無いわよ……このことは誰にも言わない約束よ、いいわね?」

「もちろんです。」

 それじゃ、僕もう一眠りしたいのでと言って、彼は身を起こす。
 客人用の布団を出してくるのだろう、彼が立ち上がろうとする。

 私、ーー。

「…………んん??」

 どうしてだろう。
 どうしてかわからないけれど、彼を引き止めていた。

「え、いや、霊夢さん?」

 私は、いったいどうしてしまったのだろう。
 心臓は高鳴るし、頭は痛いし、息はうまくできないし。

 私は、博麗の巫女として、勤めを果たさなければいけない身として、誰もえこひいきしないと決めたはずなのに。

 ただ、一時の寂しさと、ちょっとばかしの名残惜しさで、こんなことをしてしまうなんて。

「……寂しさに負けちゃうなんて、ダメダメね、私は……」

 一回の晩酌に付き合ってもらっただけ。一回の食事を共にしただけ。
 会って間もない人間に、ここまで自分の弱さを出してしまっているのは、何故なんだろう。

「そんなことはないと思いますけど……」

「私が、そんなことあるって思ってるのよ」

「僕は別にいいと思います。僕も弱いですし、なんの根拠もないですけど。」

「……」

 何故か、腹の底から感情の塊が込み上げてくる。
 我慢していたわけでもない。押さえつけていたわけでもない。
ただ、何もないところから勝手に生まれて、私の心を揺さぶってくる。

「いいんですよ。それに、寂しいときは一緒にいてくれる人がいれば、万事解決です。」

「でも、そんな人私にはいn」

「泣いていいですか?」

「冗談よ。ここに保護してやった外来人が一人いたわね。」

 「そうですそうです。扱いが雑なような気がしますけど、僕は保護してもらっているなので何も文句は言えませんね。」

 軽口を言って多少余裕が出たのか、私はクスリと笑ってしまう。

「あー、やめましょう、やめやめ!ほらあんた、私が添い寝してあげるから、さっさと寝なさい!」

 私は強引に彼の手を引っ張る。

「ちょ、うわっ!」

 ぼすん、と布団にダイブさせて、掛け布団を彼共々かぶる。
ついでに、彼にめちゃくちゃ接近してやる。

 お日様の匂いと、まだ芳るお酒の匂い。
 そして、私以外の人間の匂いが、私を包んでくれた。

「あったかい、というより少し暑くないですか?……あと距離がちk」

「この私が添い寝してあげてるのに、文句しか言えないわけ?」

「文句じゃないです。照れ隠しです。」

「よろしい。……でもその台詞は私のよ。返しなさい」

「無理じゃんそんなの……」

 そう彼は嘆く。
 けれど、その声音はどこか嬉しそうだ。

「……あのね、」

 私は、彼を抱きしめてしまう。

 でも彼は、黙って抱きしめ返してくれた。

「……その、…ありがと」

「ーー。……はい、どういたしまして」

 私と彼は、少ししか一緒の時間を過ごしていない。
 でも、彼はどうやら、私のことをわかっているみたいだ。
 私とは違う、他の何かが見えているように。私の内側を、時々探り当ててくる。

 でもそれは、不快ではない。

 彼が、私を理解しようとしている証拠だから。
 私との『和』を、一生懸命作ってくれている証拠だから。

 だからきっと、私は彼に心を許してしまったのだ。

「霊夢さん」

 彼が、私を呼ぶ。

「何よ」

「……いや。おやすみなさいって言いたかっただけです。おやすみなさい」

「…おやすみ」

 繋いだ手から伝わる、温かさ。彼の寝息と匂い。
 縋るものがあるという事実に、私は安心してしまう。

 不意に、キュッと胸が痛む。

 でも、その痛みさえ心地よいものでーー。


 そして私は、彼と共に。
 微睡の彼方へ誘われるのであったーー
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