第50話 善意の第三者 1 ~亀裂~ Bパート

文字数 5,353文字


 皆で役員室へと入り雑談もなく席に着く。
「……倉本君?」
明らかに元気のない倉本君に寄り添うようにして隣に座る彩風さん。
「悪い。何でもない」
「清くん……」
一方雪野さんには優希君がずっとついてる。
「色々聞く前に、彩風さん。軽くで良いから人の流れを教えてくれないかな?」
私の言葉が意外だったのか、
「人の流れ?」
「そう。初めに話の流れは聞いたから」
聞き返す彩風さんに補足する。
「私が来た時には全員揃っていたから私が最後だよね」
考え方によっては不謹慎にもなりかねないけれど、これは彩風さんの報告の練習にもなるかも知れない。
「えと、アタシが気が付いた時にはもう冬ちゃんと中条さんの言い争いは始まっていて、アタシじゃ止められないって思ったからすぐに会長を呼びに行って、戻って来たら副会長が冬ちゃんをなだめていて、それに食って掛かろうとしていた中条さんを会長がなだめて……その間に先輩を呼びに行きました」
まあ想像通りではあったけれど
「……優希君。ひょっとして雪野さんから電話か何かあった?」
私の質問に首肯する優希君。
そして私の呼び方に二人が反応を見せる。
「……」
一人は私に険しい視線を送る雪野さん……まあ雪野さんの気持ちは知っているし、でも私は雪野さんに負けるつもりもないから、こっちは跳ね返すつもりなくらいの気持ちで視線を受け止めるけれど、
「……」
何でか驚きを通り越して項垂れる会長。
倉本君だって彩風さんの事を名前で呼んでいるのに、その反応の理由が分からない。
そんな二人の異なる反応の間に人の動きもある程度把握できたところで、改めて雪野さんに質問する。
「じゃあ雪野さん。誰から聞いたのか教えてもらっても良い?」
私は雪野さんの険しい視線を正面から受けて立つ。
そもそも署名に近い形で教えてくれた人物を聞くために場所を変えたと言う意味合いが強い。
「その前に伺っても良いですか?」
雪野さんが厳しい視線を向けたまま私の質問に答えずに、質問に質問で返してくる。
「私に答えられる事なら何でも良いよ」
さっきの話からして質問を聞く前に答えを言っても良かったのだけれど、相手の話を聞くのは最低限の事だと言い聞かせて雪野さんに先を促す。
「どうして統括会側が謝らないといけなかったんですか?」
まあ私が想像していたのと一緒だったのだけれど、この雪野さんはどうして人の話を聞かないのか。
「逆に聞くけど、何で謝る必要は無いって思うの?」
「なんでって……何にも悪い事してないじゃないですか! こっちはバイトの抑止のために色々知恵を絞ろうとしてるんじゃないですかっ!」
なるほど。その理屈は正しい。ただしそれはこっち側だけの理屈の話。
「じゃあやっぱり謝らないといけないでしょ」
だって向こうには頭からの決めつけだって思わせてしまってるんだから。
「……話になりません」
「ちょっと冬ちゃん!」
雪野さんの悪態に、声を上げる彩風さん。
「彩風さん。私は大丈夫だから冷静にね」
「……はい」
私の言葉に改めて素直に席に着く彩風さん。
「……そうやってまたワタシだけが悪者扱いですか」
「この中で誰かが雪野さんの事悪いって言ってる? そりゃ統括会としては謝ったよ? でも雪野さんが悪いなんて一言も言ってないよ。それに、平気でそれを口に出来るって言う事は、倉本君が言ってくれていた事、聞いてないの?」
俺らは一つのチームとして協力していかないといけないって、何度か言ってくれていたはずなんだけれど。
「やっぱりワタシの事悪者扱いじゃないですかっ!」
雪野さんの目に涙がたまり始める。
「岡本さん。良いんだ。俺がちゃんと伝え切れていなかった責任でもあるから」
会長が張りの無い声で雪野さんをかばう。
「違うって会長。私は怒って無いし、雪野さんをこの件では悪者にはしてないよ」
だって私も服装チェックの時に、相談せずに勝手に期限決めて、連絡まで抜けてたんだから。
 誰だってやらかしてしまう失敗にイチイチ怒ってたら、この世の中生きにくくて仕方が無いと思う。
「そんなのただの詭弁じゃないですか!」
「詭弁じゃないよ。現に私だってチームを乱した事あるじゃない」
これだけで私が何のことを言っているのかは分かったのか、少しだけ大人しくなる雪野さん。
「じゃあ今の会長の話とさっきの岡本先輩が頭を下げる事に何の関係があるんですか?」
「あるよ。倉本君はさっきああ言ってくれたけれど、一つのチームとして協力が必要だって何回も雪野さんに言ってくれていたのを覚えてる?」
雪野さんの質問に私は即答する――次に何が来るのかを読んだ上で。
「チームだって言うならどうして同じチームのワタシを助けてくれないんですかっ! 味方をしてくれないんですかっ!」
雪野さんの声が再び涙声に変わる。
「雪野。前にも言ったが俺たちは生徒の味方でないといけない。なのに今日のやり方じゃただの吊し上げだ」
会長の意見ももちろん間違いじゃないし、言っている事も当初から変わっていない。
だからこれは会長の信念でもあると私には理解できるけれど、今回の問題はそこじゃない。
「吊し上げって……学校に見つかる前にこっちで対処しようとしただけじゃないですかっ! 空木先輩……ワタシ何か間違ってますか?」
そしてまたこんな時だけ優希君に意見を求めるのか。
 ひょっとしたらこの子は人の話を聞かないんじゃなくて、自分の話を肯定して欲しいだけなのかもしれない。そんな事の為に人の彼氏を使うなっ!
「うーん。間違ってるとは言わないけれど、頭ごなしだと僕もしんどいかな?」
優希君の答えに不服だったのか口を閉ざす雪野さん。
そして内心を表に出さないように、今度は私が口を開く。
「雪野さんがチームの話をするんだったら、順番が違う」
私の言葉に一番早く反応したのは
「順番……順番……? あ! そうか」
彩風さんだった。
「順番って何ですか? チームに順番なんてあるんですか?」
一方頭の固い雪野さんにはピンと来ていなさそうだったから、
もう一つヒントを付け加える。これは雪野さん本人が私に言った事だ。
「どうして同じチームなのに、私たちの中の“誰にも”知らされていない事があるの?」
私の言葉を全員が覚えていたのか、
「……」
みんなが無言になる。みんなが覚えているであろうことを確認してから私は続きを口にする。
「もし雪野さんが私たちの事をチームだと思っているのだったとしたら、倉本君の話を聞いていて覚えていたのだとすれば、どうして中条さんに問い詰める前にメンバーの誰でも良いから相談しなかったの? それもしないで都合の良い時だけチーム?」
そんなチームなんて私は聞いた事が無い。
「……」
私の指摘に再び答えられない雪野さん。
「……やっぱり岡本先輩。すごい」
何故か彩風さんに尊敬みたいな眼差しを向けられるけれど、雪野さんに初めの質問をもう一度する。
「雪野さん。誰からバイトの件聞いたの?」
私の質問になかなか口を割らない雪野さんを見かねたのか、
「このメンバーなら外では誰も言わないし、今回はみんな知りたい事だと思うし、信用して欲しい」
優希君が雪野さんの頭の上に手を置く……私だってそんな事してもらった事無いのに。
「……友達です。ワタシの友達が教えてくれました」
優希君の説得に口を開く雪野さん。
「その証拠はあるの?」
「友達が“善意”で教えてくれたんですから、ワタシは友達を信じます」
 本当なら言葉だけで証拠も無いのにと一蹴したいところではあるけれど、友達を信じたい気持ちは分かる。
 それに迷いなく言い切った雪野さんに、やっぱり悪意はないんだとそれだけは分かる。逆に言うとそれだけ危なっかしくはあるけれど。
 ただそのやり方にはどうしても注文を付けざるをえない。
「友達を信用するのは良い事だと思うけれど、倉本君が言ってくれたチームの事、もう一度よく考えて」
私も服装チェックの時の失敗があるから、この事については本当に怒ってもいなかったし、雪野さんの性格を考えれば、むしろ納得できる部分もあったくらいだったからこれ以上言うつもりはなかった。


 だから一旦話を区切って、
「倉本君、さっきの事気にしてるの?」
雪野さんに届いていなかった事、統括会が生徒を守る位置取りが出来なかった事に落ち込んでいるのかと彩風さんがずっと寄り添っている倉本君に声を掛けたんだけれど
「いやあの短時間でよく話をまとめられたなって。俺なんて一人の女生徒をなだめるだけで精一杯だったし」
そんな事気にしなくて良いのに。
「そんな事無いよ。二人が動きを止めてくれていたから私が落ち着いて話せただけだし」
実際私の方が早く来ていたら、どっちかをなだめる事になっていて、話をまとめるどころじゃなかっただろうし。
「後さっき中条さんにも言ったけれど、この件は私から中条さんに説明しておくから」
私たちが一つのチームと言うならば、フォローや協力は当たり前と考えての声掛けのつもりだったのに
「やっぱり会長と岡本先輩って息ぴったりって言うか、もう阿吽の呼吸ですよね」
倉本君の言葉が届いていないのか、余計な一言を口にする雪野さん。
「冬ちゃん。ホントにそう言うの辞めて。それに会長も岡本先輩も冬ちゃんの為を思って言ってくれているのに失礼だって」
雪野さんをたしなめる彩風さん。
だから私もそれに倣う形で
「倉本君。明日も予定通りの統括会で良いの?」
最後は倉本君にバトンを渡してしまう。
「あ、ああ。ちょっと遅かった感はあるけど明日夏季休暇のバイト募集に対する抑止の方法を予定通りに進めたい。だから今日はこれで解散にしようか」
そう言って倉本君が今日の臨時の統括会の終了を号令してから
「優希君。このあと少し時間良い?」
私が優希君に声を掛けると
「僕は大丈夫だよ」
「時間が必要なら今日のお礼って訳じゃ無いけど、俺も手伝うけど」
何故か倉本君まで一緒に反応する。
 これじゃあ今日の事と、中条さんに話す事、今日のあの金色の髪の妹さんの事を聞きたかったのだけれどその話が出来なくなってしまう。
 特に今日の雪野さんと優希君の事や妹さんの事は他人の前では聞きたくないし、
聞けない。
「や。今日は優希君に用があって、倉本君に用が出来た時は改めて声を掛けるから」
「前もそう言って岡本さん、俺に遠慮してたよな?」
そりゃそうに決まってる。
 彩風さんが顔を俯けて唇を噛んで耐えている姿を見て、倉本君と二人っきりになって何かをするわけが――私の中で有り得ない可能性に思い至る。
 いやでもさすがにそれは無いんじゃないかと思いなおす。
 私は自分の中に生まれたあり得ない可能性を振り切る意味でも
「私の事は放っておいてくれて良いから、あの場を収めるために走り回った、倉本君をずっと気遣ってくれていた彩風さんを労ってよ」
私は言い切ってしまう。
一方雪野さんの方は、彩風さんが
「ありがとうございます。岡本先輩。冬ちゃんもせっかく先輩がこう言ってくれているんだから気分転換に甘いものでも一緒に食べに行こう」
普通に声を掛けたはずだった。
だから次の一言で、後輩二人の間に亀裂が入ったことをすぐには気づけなかった。
「ワタシは霧ちゃんよりも空木先輩と今は一緒にいたい」
「悪いけれど今日の事で優希君と二人で話をしたいから、雪野さんは帰って」
「今日の事だったらワタシも一緒にいた方が良いんじゃないですか?」
尚食い下がってくる雪野さん。
「優希君はどう?」
私は優希君の気持ちも大切だと思って、優希君の考えを聞く。
ここで肯定されたら、涙を呑んで雪野さんも一緒するのを認めるしかなかったけれど、
「僕も確認したい事があるから今日はごめんな」
私と同じ気持ちでいてくれたことに、内心で女として喜ぶ。
だけれど、いつもように雪野さんは人の話を聞かない……例え好きな人の話だとしても。
「そんなの無理に岡本先輩が言わせてるだけじゃないですか」
さすがに見かねたのか
「雪野。今日の事は二人に任せて帰るぞ」
会長が雪野さんに声を掛ける。
「会長もそれで良いんですか?」
「……」 
「……良いも何も雪野は当事者だし、岡本さんはあの場を収めたんだから、俺たちに今できる事は無いだろ」
雪野さんの煽りに冷静に返す倉本君
「明日統括会の時にちゃんと話すよ」
だからそれだけは約束する。
「分かった。今日は本当に助かった。ありがとう」
「うん。倉本君が言った通り私たちは一つのチームだからね」
「そ。そうだな。じゃあ今日はこれで帰るから、戸締りよろしくな」
「……」
私たちは役員室を出て行く三人を見送る。
そして役員室には私と優希君の二人だけが残る事になった。
……いつもより濃い柑橘類の匂いが室内を漂ったまま。


 
――――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――――
                「良かった……」
                  安心の声
        「雪野さんに厳しい愛美さんにしては優しいね」
                優希君のからかい
                「チッお前かよ」
             その間に動くもう一つの話

     『私は、あくまで友達として実祝さんの前に立つつもりだから』

          51話 信頼の積み木~同調させない喧嘩~
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