第53話 上に立つ人間 ~まとめる力・和の力~ Aパート

文字数 6,208文字

 私が蒼ちゃんと別れて担任と言うか男の人に対して気落ちしながら役員室に入ると
「……どうしたの?」
 担任の先生に呼ばれて話していた分、私が一番遅かったのだろうけれど、
「あ。岡本先輩」
 雪野さんにしがみつかれて動けない優希君。いつもの椅子に座って頭を抱えている倉本君に代わって少しだけ目の赤い彩風さんが私を出迎えてくれる。
 いつもなら優希君にべったりの雪野さんに対して離れるように言いたい気持ちが出てくるのに、今はそれも出ないくらいなんだか空気が重い。何となく原因は分かるものの、ここまでの重さと言うのは私の考えてる事とは違う気がする。
「何かあったの?」
 だから思い込みを捨てて彩風さんに答え合わせをお願いする。
「冬ちゃんの昨日の行動で、アタシたち今日非難の的になって」
 そこは何となくわかる。私も今朝教室でクラスの子に聞かれたから。
「霧ちゃんは全部ワタシの責任って言いたいんでしょ」
「アタシは事実を言ってるだけ」
「空木先輩ならワタシは間違って無かったって言ってくれますよね?」
 雪野さんが優希君の胸に顔をうずめる。
 当の中条さんとは話がついたはずなのにどうしてこんな事になっているのか。
 お昼の中条さんの話から今のこの状況に結びつかない。
 それとも中条さんの意思とは別に、現場だった二年ではもっとおかしな事になってるのか。
「ちょっと冬ちゃん。みんな揃ったんだから先輩から離れて座ってよ」
 彩風さんが時折こっちに視線を送りながら、雪野さんに離れるように言うけれど、この二人の仲も悪くなってる気がする。
 ただみんな一回落ち着いた方が良いと思うから
「彩風さん。みんなの飲み物用意するから手伝ってくれる?」
「はい! アタシも手伝います」
 私の提案に少しほっとした表情を浮かべて人数分の飲み物を用意する。


 一旦みんなに落ち着いてもらうために席について一息入れてもらう。
 雪野さんがその間もずっと優希君の裾の辺りを掴んでいるのが気にはなるけれど、困った表情を浮かべる優希君と目を合わせて、一旦私自身も気持ちを切り替える。
「それじゃあ彩風さん。続けてで悪いんだけれど何があったのか教えてくれる? 
 さっき雪野さんの行動がって言ってたけれど、それが原因?」
 私が優希君とお揃いで買ったシャーペンと議事録のノートを取り出すと、
「……」
 優希君が嬉しそうに私の右手を見つめてくれる。
「その前に先輩は今日、中条さんと話をされたんですよね?」
「したよ。後でその話もしようとは思ってるんだけれど」
 これ。今日出来る雰囲気になるのかな?
「ありがとうございます。じゃあ岡本先輩はもうご存知だとは思いますが、朝中条さんの所に少し話をしに行った帰りに――」
 一旦そこで止めて、倉本君の方を見ながら少し迷うようなそぶりを見せてから
「別の子に会長が冬ちゃんに全面協力して、挙句の果てに冬ちゃんと副会長の仲を取り持つために利用したって話を聞かされて」
 彩風さんの伺う視線に気にしなくて大丈夫だよって言う意味で、小さく笑顔を作る。
「もちろんあの現場にアタシは初めからいたので、一生懸命誤解を解こうと説明したんですけど」
 そう言って今度は雪野さんの方を見る。
「そんなのただの責任転嫁じゃないですか。それにワタシが空木先輩とどうしようがそれはワタシの勝手です」
 そう言って彩風さんを強い眼差しで見返す。
「それでアタシも熱くなって冬ちゃんと言い争いになって……」
 そう言って両肩を落とす彩風さん……まあ何となくは分かった。
「ありがとう彩風さん」
「でもアタシまだ全部……」
 何とか二年の空気を変えようとしている事も分かった。だから、まだ何かを言いかけた彩風さんの頭にそっと手を置きながら
「倉本君の方もなんかあったんでしょ?」
 時折厳しい表情をしながら頭を抱えたり、私の方を窺うように見てくるけれど
「……」
 口を開く様子はない。
「優希君はそう言うの何かあった?」
 統括会として槍玉にあがるなら何かあるとは思うんだけれど
「僕の方は大丈夫だったかな」
 気まずそうに返事はくれるけれど……何かはあったのかな?
 また優希君と二人気になった時に、ゆっくりと聞こうと心の中で決める。
「そう言う愛美さんは大丈夫だった?」
 逆に優希君が私の事を気にかけてくれる。
 こういう自然な気遣いが本当に嬉しい。
「私の方はほんの少し言われただけでホントに平気だったよ」
 だから気にしなくて大丈夫だよ。ありがとうって気持ちを込めて優希君に笑顔で返事をする。そんな私の言葉、表情を見て優希君もまた表情を優しくする。
 雪野さんの手は気になるけれど、優希君の気持ちはとても嬉しい。
 いつの間にか優希君と私のやり取りを見ていた倉本君が、
「岡本さん。今日の事で話がしたいから、後で俺に時間をくれないか?」
 何の脈絡もなく言ってくるけれど、
「今日の事なら今この場でみんなと共有した方が良いと思うんだけれど」
 彩風さんは不安そうにこっちを見てくるし、何より優希君も驚いた表情で私と倉本君を交互に見てくる。
 私の気持ちを伝えていたとしても不安になる気持ちは痛いほどよくわかるから、私は彩風さんに少しでも安心してもらえるように手に持ったシャーペンを彩風さんに一度渡す。
「……?」
 私の意思が分からないまま取り敢えずと言った体で彩風さんがシャーペンを受け取った事を横目で確認した後、私を信じて欲しい、私は優希君が好きだって気持ちを視線に乗せて、優希君を見つめる。
 私は優希君に誤解されるのも、優希君に変な風に思われるのも嫌だから毎回断ってるのに
「どうして岡本先輩は会長にいつも冷たいんですか? 男性なんですからみんなの前で言えない事くらいあるんじゃないんですか? 空木先輩ばっかりじゃなくて会長の事も同じ統括会メンバーなんですから、力になってあげれば良いじゃないですか」
 雪野さんはどうしてそう引っ掻き回す事を言うのか、いや本音と言う意味では何となくは理解している。だから私には友達を売る言葉にしか聞こえない。
 本当なら雪野さんが代わりに倉本君の相談に乗れば良いと思わない事は無いのだけれど、彩風さんの気持ちを考えると、それも言えない。
「あ」
 そして今日も私の隣に座ってる彩風さんが、私がシャーペンを渡した意図に気が付いて、彩風さんが私の方にペンを大切に返してくれる。
 その様子を見ていた優希君も私と彩風さんに一瞬照れたような表情を浮かべてくれる。私のやり取りに私と倉本君をくっつけようとしている雪野さんは全く気が付いていないのか、優希君の裾掴んだまま私の表情だけをじっと見ている。
 一方で倉本君からは私のシャーペンを持っている右手に視線を感じる。
「じゃあ彩風さんも含めて三人で倉本君の話を聞こうよ」
 彩風さんの気持ち、優希君の表情を見て、倉本君とは絶対に二人きりにはならないと心の中で強く決めてしまう。
 私の提案に彩風さんが嬉しそうに返事をしようとしたところで
「俺は岡本さんに聞いて欲しくて……」
 倉本君の言葉に対して彩風さんの目にじわりと涙が浮かぶ。
 私も優希君と気持ちをが通じ合うまでの間、雪野さんや妹さんの優珠希ちゃんに対して毎日本当に辛くて悔しかったから、今の彩風さんの気持ちも手に取るようにとまでは言えないけれど、同じ女としてよく分かる。
「どうして? 彩風さんもすごく心配してくれているんだから一緒に聞いたって良いじゃない」
 だから私は彩風さんを放っては置けない。
 倉本君に良い所があるのは私にも分かるし、それは倉本君の持つ魅力なのも分かる。
 だけれど女の子の気持ちを考えてくれない人には、私は、なびかない。
「……」
 私の言葉に軽く私のスカートをつまむ彩風さん。
「せっかく会長が岡本先『今は倉本君と話してるから、雪野さんは黙ってて』――っ?!」
 そこに余計な一言を入れようとする雪野さんを止めさせてもらう。
 この子は間違いなく彩風さんの気持ち、倉本君の気持ちに気付いてる。普通なら女同士であり友だちである彩風さんの方を優先するとは思うのだけれど、雪野さんはそうしないで倉本君の肩を持っている。その理由ももう分っている。でもその気持ちを砕くために優希君と私の関係を言うのが手っ取り早い。だけれどその関係を言うには、場合によっては完全にチームがバラバラになりかねないくらい、今はタイミングが悪すぎる。だから、みんなに言いたいのを我慢して一つずつ踏み固めて行くしかない。
「こんなに心配してくれている彩風さんに言いたくないって言うなら、私も聞かないけれどどうする?」
 私が倉本君に聞いている間、私にぴしゃりと自分の言葉を止められたのがショックだったのか、再び優希君の腕に縋りつく雪野さん。
 もうこれじゃあ話し合いになっていない。
 ただ倉本君も同じ事を思ったのか、
「分かった。岡本さんが聞いてくれるなら、後で霧華と一緒に聞いて欲しい……霧華もありがとうな」
 彩風さんにもちゃんと一声かけてる。それくらいには彩風さんは倉本君の近くにいて当たり前の存在なんだと思うんだけれど……
「じゃあ各々内容や言い方に差はあれど統括会の事について言われたって事だな」
 倉本君が話を進めようとしてくれるから、経緯はどうあれ、それに乗っからせてもらう。ただし雪野さんに話を振ると、とにかくややこしくなるから、今回は当事者って事で聞くだけにしてもらう。
「……アタシも熱くなってすみませんでした」
 話が進み始めた事に安堵したからか、彩風さんも一緒に話を聞ける事になったからか、いつの間に私のスカートをつまむ手もなくなっている。
 私の所はそこまで大した話にはならなかったけれど、現場になった二年の二人は針のむしろ状態なのかもしれない。
「あの……さ。僕を含めた五人全員が今回のいきさつを知ってるんだから、そのいきさつと言うか経緯をまとめた紙を掲示したらどうかな?」
「優希君の意見は分からなくはないけれど……」
 それって雪野さんがやり玉にあがらないかな?
「……アタシはそうして……欲しいです」
 彩風さんが雪野さんを見て、いや、鋭く見て続きを口にする。
「会長が中条さんを抑えてくれたことに対して、中条さんの意見を会長が全部封じたって話になってて、挙句の果てに会長が冬ちゃんに全部言わせたって言う話も出てるから」
 二年が現場だったから見知ってる生徒も多かったのか、噂どころか何が本当なのかすらも分からなくなってる状態なのかもしれない。
 それに今の話だと倉本君が悪者になってしまってる。
「いや良いんだ霧華。俺が会長なんだから俺が矢面に立つのは当然なんだ」
 倉本君の言ってる事も分からないではない。
 でも私たちは一つのチームだって言ってたのもまた倉本君なのに。
「良くないよ。倉本君が一つのチームって言ってくれてたんだから、一人で全部抱え込む事じゃないって」
 どうしてそこで意地を張ろうとするのか、男の人の分からない所の一つだ。
「いや、チームの中の責任者と言うのはこういう時の為の物だから気にしなくて良い。それよりも雪野。これを機に本気でチームって言う事と生徒が少しでも学校生活を送りやすくするための統括会だって事をもう一度よく考えてくれ」
「……」
 倉本君の言葉にも優希君の袖を摘まんだまま返事をしない雪野さん。
「じゃあさっきのいきさつをまとめるって言うのは?」
 そんな雪野さんに視線を合わせる事もなく、彩風さんが慌てたように確認する。
「そのまとめた紙を掲示した時点で統括会側のトラブルを学校側に知らせる事になる。だけど、今ならまだ生徒間同士の噂の範疇で話を通せる」
 倉本君はそう言うけれど、さっきまで頭を抱えていたのがどうしても気になる。
「噂で通せるって言う事は分かったけれど、倉本君はそれで良いの?」
 それって倉本君が、根も葉もない話の矢面に立つって言う事で、ホントの話ならいざ知らずほとんど意味もないし、報われる話でもない。
「それについては俺は三年で二年とはそこまで関係がある訳じゃ無いから大丈夫だが、噂が消えるまでのしばらくの間、二年が大変だと思うから悪いけど空木、しばらく雪野さんについてやってくれないか? それでまた何かありそうなら、服装チェックの時みたいに上手くフォローしてやって欲しい」
 倉本君の提案に私は息が止まりそうになる。
 彩風さんも驚きの表情をありありと浮かべる。
「霧華の方は俺と岡本さんでフォローするから」
 倉本君がそのまま組み合わせまで全部決めてしまう。
 そしてやっと我に返ったのか
「なっ?! 清くん! それならアタシが冬ちゃんの側に――」
「――さっき自分で熱くなってしまったって言ったんじゃないか」
 そうは言うけれど、倉本君が言う事は分かるけれど、それとは別に優希君に雪野さんがベッタリなのは本当に嫌だっ!
「じゃあ僕が彩風さんについて、倉本が雪野さんのフォローに回ったら良いんじゃないのか?」
「先輩はワタシ相手じゃ嫌ですか?」
 私の気持ちを汲み取ろうとして提案してくれるけれど、雪野さんも黙ってはいないし、優希君もそれ以上は言えない。それを見た倉本君が
「今の雪野の状態を見ると、間違いなく空木が適任だろ。それに霧華の方も岡本さんに随分懐いてるんじゃないのか?」
 倉本君は間違いなく現状で最も適した判断をしている。
 だから私は代わりの良い案を出すことが出来ない。
 つまりそれは言い換えると、しばらくの間優希君の隣には雪野さんがいる事になるのと同じ事だ。
 この噂の中で、中条さんの誤解が解けたとはいえ、雪野さんが常に隣にいると言う既成事実みたいな状態になりそうで私は言いようのない程の悔しさに襲われる。
「それとバイトの抑止の事だが、こんな事が起こった以上煽りと取ってバイトするやつがいるとは思えないから、このままポスターで十分だと思うけれどどう思う?」
 倉本君はそのまま話を進めるけれど、今の私はそんなに簡単に気持ちを切り替えられない。
「じゃあポスターで行こうと思う」
 それぞれの理由で誰も答えられなかったのを、異議なしと捉えたのかそのまま決定事項になってしまう。
「後は最後に、岡本さんが昨日の生徒とは話をしてくれたんだよな?」
 そして倉本君が中条さんとの話を聞いてくれるけれど、私としては今は話せる心境じゃない。
「……」
「分かった。今日はどっちにしても話がごたごたしてるから、その話はまた今度にしよう」
 雪野さんがそれに対して何かを言いたそうだったけれど
「雪野はとにかくチームって言う事と、統括会のメンバーとしてって言う事をよく考えてくれ」
 倉本君が話を聞かずに言葉をかぶせてしまう。
 そして一通りの説明の最後に
「じゃあ悪い空木。そう言うわけだからしばらくの間、雪野の事を頼む」
「空木先輩、ワタシの事よろしくお願いします」
「……まぁ。程々に」
 倉本君のお願いに嬉しそうにする雪野さんと、戸惑いとも迷いとも取れる表情を優希君が浮かべたところで
「じゃあいつもより遅くなったがこれで解散。そして岡本さんと霧華は悪いが少し残ってくれ」
「じゃあ空木先輩、よろしくお願いします」
 倉本君の号令で二人が仲良さそうに帰って行く。
 こうして私の辛い日々が始まる。

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