第50話 善意の第三者 1 ~亀裂~ Aパート

文字数 3,927文字


 お願いしますと下げた頭を上げた彩風さんの目が少し赤く潤んでる。
「どうしたの? 何があったの?」
実祝さんの方に向けていた足を止めて、彩風さんの方に体を向ける。
 私の所に来るって言う事は、統括会絡みの話には間違いないのだろうけれど、今日のお昼を一緒していた優希君の口からはそれらしい事は何も聞いていない。
「とにかく早くお願いします――」
彩風さんが教室内を見て私にもう一回頭を下げる。
周りに聞かれたくない話なのは間違いなかった。
「愛『分かった。案内してくれる?』――」
咲夜さんが何かを言いかけたけれど、私を頼ってくれる後輩をあしらう事は私には
出来なかった。
――あしらわれる寂しさを私はつい最近身をもって知ってしまったのだから。
「ごめん咲夜さん。また話聞くから」
私は急ぎカバンを手に取り
「お待たせ彩風さん! すぐにその場所に案内してくれる?」
例のグループの視線、実祝さんとその周りの女生徒の視線、咲夜さんの
「……」
彩風さんに向けた少しだけ敵意を含んだ視線。
それらを一旦全て投げうって
「すみません……ご友人とお取込み中のところ」
「良いよ。彩風さんが気にしなくて。それよりも頼ってくれてありがとう」
彩風さんに少しでも安心してもらおうと声を掛けながら、彩風さんの案内で二年の
教室へと向かう。


「自分のクラスを信じて何が悪いのよ」
「誰もアナタの話なんて聞いてません! バイトをしてるのは誰ですか!」
「そんな事、なんで雪野さんに言う必要あるんだっての」
「なんでってワタシが統括会の人間だからです!」
「はぁ? 統括会だからって何? 何様のつもり?」
彩風さんに案内をしてもらって二年の所まで来ると、大きな人だかりと言い争う声が聞こえて来たから、
「ちょっとごめん! 通してくれないかな?」
彩風さんと一緒に人だかりをかき分けて行くと、二年のどっかのクラスの女生徒と、雪野さんがかなりの剣幕で言い争っていた。
「ちょっと雪野さんも落ち着いて」
聞き覚えのある声に少し視線をずらすと、優希君が後ろから雪野さんの両肩を掴んで揺すって、完全に頭に血が昇っているであろう雪野さんを必死で宥めている一方、
「やっぱり会長も同じ統括会メンバーの雪野さんの味方だからあーしを止めるんですね」
倉本君も女生徒を抑え込むのに手一杯になっている。
「味方って言いますけれど、アルバイトは校則で禁止されているじゃないですか!」
「イチイチ校則校則って、お前には聞いてないって」
「な?! お前って……今のは暴言ですよね? 空木先輩」
「ハッ。彼氏が近くにいるからって調子に乗んないでよ。学校の狗」
この罵詈雑言の応酬は一体何なのか。完全に頭に血が昇っている二人の話からは、事の発端がさっぱり分からない。
「えっと彩風さん。何がどうなってこんな事に?」
周りのガヤが結構大きいけれど比較的冷静な彩風さんに事の次第を聞かせてもらう。
「……ええっと、何でも冬ちゃんの所にこのクラスの生徒がバイトをしてるって話があったらしくて」
「だからって頭から決めつけられてたまるかっ!」
「決めつけって……ワタシは聞いてるだけじゃないですか。第一火の無い所に煙は立ちません!」
「今、岡本さんがいきさつを聞いているだけだから、雪野さんも落ち着いてって」
私が一言聞くたびに二人の言葉の応酬が再開して、優希君がその度に雪野さんをなだめるために雪野さんにしがみつく。
「つまり雪野さんはその話を聞いて、行動を起こしたって事?」
私は自分の気持ちを抑え込んで雪野さんに確認する。
これだけのガヤの中、野次馬の中で私の気持ちをさらけ出すわけにはいかない。
「はい。こう言う芽は早く摘むに越したことはありませんから」
「ほらやっぱり決めつけてる。何が聞いてるだけよ。嘘ばっか」
「あなたには言ってません! イチイチ揚げ足を取らないでくださいっ」
ちょっとこれでは埒が明かないから、私は言い争っている2人の視線からお互いを隠すために、間に立って例の香水の匂いを感じながら女生徒と倉本君に背を向ける形で雪野さんの正面に顔を向ける。
 ……本当はいつでも二人ともの話を聞けるように、二人の顔を見ながら話をしたかったのだけれど……
 私は優希君の驚いた表情に一瞬相好を崩してから、改めて雪野さんに目を向ける。
「それは誰から聞いたの?」
「教えてくれた生徒に悪いからここでは言えません」
何か面白くないのか、私から視線を逸らす雪野さん。
「じゃあ役員室なら言えるよね?」
「……」
私の言葉に無言で優希君の腕にしがみつく雪野さん。それに合わせて周りのガヤのトーンも少し変わる。私は周りのガヤに流されないように今はそう言う場合じゃないって、一生懸命自分の心をなだめる。
「何? 自分の都合が悪くなったら彼氏頼り?」
それでも背を向けた女生徒からヤジが飛んでくるも、私の気持ちを伝えて知っている彩風さんが、私が背を向けている女生徒の方へ歩み寄って、
「お願いだから今は我慢して、先輩に任せて」
女生徒をなだめる。
私の気持ちを理解してくれている彩風さんの言葉に、何とか落ち着きを取り戻した私は
「もう一つ。行動する前に誰でも良いから統括会のメンバーに連絡か相談かした?」
倉本君が何度か俺たち五人はチームだからと雪野さんに言い聞かせていたはずだ。
現に彩風さんは学年の違う私の所まで、切羽詰まった表情で来てくれている。
「……」
でも返事をしない雪野さん。
 私はもう一人の女生徒の状態を確認する意味でも、一度背中を振り返って、倉本君と彩風さんに
「雪野さんから何か聞いた? 聞いてた?」
「いえ、アタシが気が付いた時には……」      
「俺が霧華から電話で呼ばれたときには……」
確認するも、二人とも気まずそうに私から視線を逸らす。
 該当の女生徒も不審そうに私を見てはいるけれど、彩風さんのお願いもあってか、一旦は私に任せて口を閉じてはくれている。
 私は再び雪野さんの正面に立って、次は優希君に聞く。
 そう言えば来た時にはもう雪野さんに近くにいたっけ?
 そう考えると本当に感情って言うのはままならない。
 今はそんなこと考えてる場合じゃないって理屈では分かるのに。
「……空木君は雪野さんから連絡貰ってたの?」
ホントは名字じゃなくて名前で呼びたい……名字で呼ぶだけで私の心に穴が開いたか
のような切なさが襲う。
 幸いに優希君も同じ想いだったのか少し寂しそうな表情をしてくれる。
「……いや僕も相談は受けてないよ」
……じゃあどうして私よりも先に雪野さんの近くにいるの?
聞きたかった。声を出して言いたかったけれど、このガヤの中で言うのは優希君を困らせるだけだって分かってるから、統括会としてここにいるのであって女としてここいる訳じゃ無いって悔しさを下唇を噛む事で紛らわせて必死で自分を言い聞かせる。
 そしてガヤが少し静かになった今、少しだけ頭の中を整理させてもらう。
①まず誰かが雪野さんにこのクラスでバイトをしている人がいる事を教えた 
②雪野さんは誰か知ってはいるけれど、相手の事を考えてここでは口を割らないと言
 う。
③相手の女生徒は頭からの決めつけに反発
④雪野さんは誰にも相談せずに独断で動いた
すなわち倉本君の話も聞いていないし、好きな人である優希君にも相談していない。
――愛美さんは厳しすぎる――
ふと咲夜さんの言葉が頭をよぎる。
でも私にはこれしか浮かばない。私もまだまだだなって思いながら、行動に移す。
「今回はこっちに非があったから。ごめんなさい」
私は女生徒に頭を下げる。
「……っ?!」
「なっ?!」
そして私の行動に十人十色の反応。それに再び広がるガヤ。
ただそれよりもひときわ大きな過剰とも言える反応。
「岡本先輩! なんでワタシたちが謝らないといけないんですか! いい加減にしてください!」
でも私は雪野さんに取り合わず背を向けたまま、彩風さんと倉本君に視線を交わしてから、女子生徒と対話を続ける。
「一度、私があなたの話を聞きたいから名前を教えてくれる? クラスはここで良いんだよね?」
「そうですけど、あーしの話も聞いてくれるんですか?」
「今日じゃなくて、冷静に話をするためにまた日を改めてだけれど」
一旦考える女子生徒。
「なんだったら私の教室に顔を出してくれても良いし」
そう言って私のクラスを女子生徒に教える。
「な?! 先輩はワタシよりもその女生徒を信用するんですか!」
「後でちゃんと話を聞くから、今は少し我慢して」
雪野さんの反発に空かさず優希君のフォローが入る。
 私は背中でやり取りを聞きながら、もうここに来てからずっと気持ちを落ち着かせようとしている。
「……分かりました。あーしは中条理沙(なかじょうりさ)って言います。先輩が、あーしの話を聞いて下さるんですよね」
「もちろん。改めてまた来るよ。今日はごめんなさい。そして名前を教えてくれてありがとう」
 この状況で名前を教えてくれた中条さんに感謝の気持ちを乗せて笑顔でお礼を伝える。
「……っ! は、はい。こちらこそすみませんでした」
まさか統括会側からお礼を言われるとは思っていなかったのか、驚いた表情で私の顔を少し見てから走り去ってしまう中条さん。
「……すごい」
何故か感嘆をもらす彩風さんに一つ首を縦に振ったところで、その奥に今日は綺麗なテールに結った金色の髪が揺れながら離れて行くのが目に入る。
私はその子が見えなくなるまで見送ってから
「一旦と役員室へ行こっか。倉本君も良いよね?」
「あ、ああ……」
臨時の統括会を始めるために部活棟三階へ全員で足を運ぶ。
親の仇でも見るような視線を雪野さんから感じながら。

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