第51話 信頼の積み木 ~同調させない喧嘩~ Bパート

文字数 4,529文字

 何となく名残惜しくて手を繋いだまま昇降口まで来た時、この時間にしては珍しく人だかりが出来ていた。
「ちょっと付き合えたからってイイ気になんなよ」
「蒼依……そんなつもりじゃ……」
って蒼ちゃん?!
「ちょっとそこで何してんの?」
そうとなれば私のとるべき行動は決まる。
繋いでいた優希君の手を放して、私はその人だかりの中に割り込むようにして蒼ちゃんのそばに寄る。
「チッお前かよ」
 急に声を掛けられたからびっくりしたのだろうけれど、私を見て悪態をつく例のグループ。優希君がいなかったら確実に暴れてた。
「蒼ちゃん大丈夫?」
「どうして愛ちゃんがここに?」
「私は臨時の統括会の帰り……ところで、何してたの?」
前半は蒼ちゃんに、後半は例のグループに聞く。
「別に何も? お前には関係ねーよ」
私に返事はするけれど、明らかに蒼ちゃんに向けて威圧している。
だから私は蒼ちゃんの方に振り返ってから、手を握って改めて聞く。
「何を言われてたの? それとも何かされた?」
蒼ちゃんの手が少し震えてる。やっぱり怖かったのか。
「……蒼依が義君からの誘いを断ったのが調子に乗ってるって……」
ああ、今週頭くらいに聞いたあの噂の事か。
咲夜さん。悪いけれど蒼ちゃんに直接手を出したから私はもう黙って無いよ。
心の中で咲夜さんにそう断りを入れて
「私この前『えっと、愛美さんの友達?』――」
優希君の事を途中からすっかり忘れてた。もうちょっとで優希君の前で怒りが爆発する所だった。
「あ、副会長お疲れ様です」
「副会長もお帰りなら今から一緒に帰りませんか?」
ってはぁぁ?! さっきまでのアンタらの剣幕はどうした!
それに何、人の彼氏にちょっかい掛けようとしてんの?
「……っ」
私の雰囲気を感じ取ったのか、蒼ちゃんが空いたもう片方の手で私の服を引っ張る。
そこで冷静になった私は、ここでも例のグループ全員が優希君の言葉を聞いてない事に気付く。ホント何でよ?
「違う。この中には私の “友達は” 一人もいないよ。優希君」
だから私が優希君の質問に答える。
私の優希君への回答を聞いて優希君が私の手を繋いでいる相手を見て、私の言わんとしている事を理解したのか微笑み、例のグループは
(つつみ)さんは岡本さんの友達じゃなかったんだ。薄情だよなー」
「あーあ。防さんも可哀そう」
「副会長もこんな女放っておいて私らと一緒に帰ろうよ~」
あろう事か優希君の手を引っ張る。
さすがに私が文句をぶちまけようとした時
「僕の彼女の事を悪く言うのはやめて欲しい」
優希君のまさかの一言に
「優希君……」
私の胸は高鳴り
「……」
例のグループは私の方を今にも掴み掛らんとする勢いで睨みつけた後、何も言わずに下校して行く。そして私は胸の高鳴りはそのままに、すぐ蒼ちゃんの方へ振り返り
「今日みたいな事って前からあったの?」
女の子の泣き顔なんて簡単に男子に見せるもんじゃない。
こればかりは優希君でもさすがに譲れない。
私は蒼ちゃんの顔が周りから見えない様に抱き寄せて聞く。
「……(コクン)」
そして首を縦に振る感覚。
 私は自分が悔しくなる。私の見えないところで蒼ちゃんに手を出すなんて事は考えられたはずなのに。
「その子が愛美さんの親友? ああ、そのままで良いよ。今はこっちを振り返らなくて良いから」
私の悔しさと優希君の気遣い。
「ありがとう優希君」
そしてその気遣いは蒼ちゃんにも影響する。
「蒼依からも……ありがとう」
蒼ちゃんは私から離れて、さらさらの長い黒髪で顔を隠しながらも挨拶をする。
「もし困ったことがあったら、統括会に顔を出してくれたら良いから」
優希君がそんな蒼ちゃんに優しく声を掛けてくれるのを間近で見ているけれど、雪野さんや咲夜さんみたいな嫌な気持ちは全く湧いてこない。
 それどころか私の親友にも優しくしてくれて嬉しくさえある。
「今日はそっちの……えっと、名前なんだっけ?」
「……防蒼依(つつみあい)です」
恥ずかしいのか少し口をモゴモゴさせながら自己紹介? をする。
「僕の方も改めて、空木優希。よろしく……今日は二人で帰る?」
そして優希君の方も名乗った後
「うん。今日はありがとう。また明日統括会でね」
私は蒼ちゃんと一緒に帰宅する。


「空木君って良い人だね」
帰り道の途中蒼ちゃんがぽつりとつぶやく。
何となく戸塚君と比べているのが分かって返事を迷う。
それくらいに私の中で戸塚君のイメージは悪い。
「まあみんなに優しいから、もやってする事もあるけれど、それも優希君らしさだし」
親友だったら普通に言っても良かったのかな?
私も初めてお付き合いする男子の事、どう言えば良いのか分かんない。
「でも蒼依は人気のある男子とお付き合いするのはしんどいな」
咲夜さんや雪野さんの反応、優希君に対する態度を思い返して
「確かに辛いよね」
私の返事に大きくため息をつく蒼ちゃんと同時に私もつられてため息が漏れる。
その上ホントおばさんの言う通り、最近蒼ちゃんの笑顔を見ていない。
――甘いもの食べたら、幸せな気持ちにならない?――
そして本当に偶然、出会った頃まだ防さんだった時の言葉を思い出す。
「ねぇ蒼ちゃん。来週いつでも良いから私と女二人でデートに行かない?」
せめて私といる時だけでも笑顔になって欲しい。
そしてその笑顔をおじさんとおばさんにも見せて欲しい。
「蒼依はとっても嬉しいけれど愛ちゃんは良いの?」
「良いって言うか最近蒼ちゃんとお出かけしていないから、たまには私がしたいよ」
三年に上がって平日はバタバタしている分、本格的に勉強一色になりつつある休日。
実祝さんのお姉さんも言っていた通り、成績も大切だけれど親友も大切にしたい。
親友と言えば、お姉さんの言う通り実祝さんとケンカしてる……。
お姉さんは時に喧嘩も大切って言ってたけれど、本当に必要なのかな。
教頭先生からも『雨降って地固まる』の話をしてもらったっけ。本当にこれで仲直りが出来ればいいんだけれど……私は自分の覚悟が揺らぎそうに――
「……ねぇ愛ちゃん」
私が考え事をしていると、蒼ちゃんが後ろから抱きついてくる。
「ん? どうしたの? 突然」
その腕がかすかに震えている事に気が付いて、そっと手を握る。
「どうして愛ちゃんは女の子なの? 愛ちゃんが男の子だったら蒼依、絶対幸せになれたのに」
それはつまり今は幸せじゃないって事で、でも女である私にはどうすることも出来なくて……
「来週絶対にお出かけして甘いものも食べよう」
私は蒼ちゃんの質問に答えることが出来なかった。
「うん蒼依、来週楽しみにしてるね」
ただそう言ってくれた蒼ちゃんに安心して、自分の家へと帰った。


 明日は両親ともに帰って来る。だからどうと言う事も無いのだけれど、慶の分の夜も作るって事で少し早い目から準備を始める。
 ただ最近帰って来るのが早い慶は今日も準備途中で帰って来る。
 それでもお互い顔を合わせるような事はしない。慶の分のお弁当を用意していないから基本慶が台所による用事なんてほとんどない。
「明日お父さんとお母さん両方とも帰って来るって」
「……分かった」
それでも背中越しとは言え最低限の会話はする。
 そして一通りを済ませた所で、机に向かおうと自分の部屋へ入った時、携帯から着信音が流れていたから確認すると……咲夜さん?
『どうしたの?』
珍しいなって思いながら通話を始めると
『……ねぇ愛美さん。あれじゃあ夕摘さんがあんまりだよ。それに今日のあの子結局何だったの?』
咲夜さんもあんまり余裕がないのか挨拶もなく、少しの沈黙の後、恐らくは今日の放課後の事を前置きもなく言ってくる。
『今日の子は統括会の彩風さん。総務の子だよ』
だけれど私は彩風さんの方にだけ答える。実祝さんの方も一応注視はしているけれど、ギリギリまで動くつもりはない。
『クラスの友達より統括会の方が大切なんだ?』
咲夜さんの声に少しの険が混じる。恐らくは声を掛けようとして彩風さんから止められたのが残ってるっていう所かな。最後の表情を思い出す限り。
『私を頼ってくれた後輩と実祝さん “なら” 比べる事なんてできないよ』
私に非難があっても良い。
私が(そし)りを受けて済むのなら私は親友である蒼ちゃんを一番に考える。
『愛美さんはお昼教室から出て行くから知らないだろうけど、そのお昼にも夕摘さん周りから色々言われてるんだって』
咲夜さんの言う通り最近はクラスの雰囲気が好きじゃないから、蒼ちゃんと一緒に外で食べる事の方が多いんだっけ。
『……じゃあ私の代わりに蒼ちゃんのそばにいてくれる? 蒼ちゃん最近咲ちゃんとも喋れてないって泣いてたよ?』
『……』
何も言わない、言えない咲夜さん。
片方だけじゃなくて動く時は両方を見ないといけない。
でもそれは今、咲夜さんに伝えるべきことじゃない。
だから私は私が伝えるべきだと思う事を咲夜さんに伝える。
『あの日から実祝さんは何も言って来ないし、行動もしていない。私の覚悟は時間が経っても変わらないよ』
どれだけ私が悪者になったとしても、この覚悟だけは変わらない。
本当に蒼ちゃんには何一つ非が無いのだから。
『……統括会なのに困ってる生徒の味方をしてくれないの?』
少し震える声が実祝さんの気持ちを如実に表していると思う。
『違う。私は実祝さんの事は統括会として動くつもりはないよ』
だから私も自分の気持ちを伝える。実祝さんのお姉さんの言う通り、これが喧嘩だったらイチイチ統括会を巻き込むなんて有り得ない。
 これは私と実祝さんの喧嘩なのだから。
『そんなのって――』
『私は、あくまで友達として実祝さんの前に立つつもりだから』
『っ――』
私の言葉に黙るしかなくなる咲夜さん。
『だから私は咲夜さんに実祝さんの事をお願いしたんだよ。蒼ちゃんの事も最後は仲直りしてくれる、蒼ちゃんと仲良くしてくれるって信じたから! 今は無理にどうこうとは思ってないから』
『だから、私を頼ってくれた彩風さんの事悪く思っちゃダメだよ。とても素直な後輩だから』
『――っ?!』
咲夜さんが電話口越しに息をのむのが分かる。やっぱりか……
だから放課後に気になった事も含めて伝えた。
『ただ、今の実祝さんの状況を教えてくれてありがとう』
『……うん』
『実祝さんの事はよろしくね』
ただ最後には実祝さんの事にもお礼を言っておく。
私は実祝さんに対して怒っていたとしても、それを他人にまで押し付けて同調させる気は全くないのだから。
 だからこそ咲夜さんには実祝さんと仲良くして欲しい。
 
 それは実祝さんにとってもかけがえのない友達に変わるはずだから……



―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――

   「ねえ岡本さん。昨日統括会の二年の子が生徒を売ったってホント?」
               早速誇張される噂
     「愛ちゃんと空木君はもうお互いに気持ちを伝え合ってるよ」
         ほんの数人しか知らない関係を誰に言ったのか
          「愛ちゃんも空木君も似た者同士だねぇ」
                友達からの祝福

       「愛ちゃん。さっき先生の視線に気づいてなかったでしょ」

          52話 誇張と噂~先輩から後輩へのバトン~
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