第53話 上に立つ人間 ~まとめる力・和の力~ Bパート

文字数 5,844文字


三人だけ残った役員室の中、少しの時間無 “音” になる。
 そして、彩風さんが口火を切る。
「清くん。あんなの冬ちゃん自分の責任なのにおかしいって」
 彩風さんもそう言ってくれるけれど、私よりも雪野さんと一緒の時間の方が長いなんて、私はどう考えたとしても受け入れることが出来ない。
「そりゃ確かに岡本先輩は頼りになるし、色んな話も聞いてもらえれるけど、別にアタシ副会長とだって普通に喋るよ? だから清くんが冬ちゃんのフォローに入れば良かったんじゃないの?」
 それでも倉本君は動じない。
「噂も消さないといけないのに、俺と雪野が一緒にいて霧華の言った噂は消えるのか?」
「そんな事言ったら、冬ちゃんと副会長がベッタリだったって噂も流れてるって」
 結局何をどうしても結果は一緒のような気がする。
「だったら、どっちにしても不都合があるなら雪野の希望通りにした方が良いだろ」
「冬ちゃんの希望通りって! 冬ちゃんの勝手な行動でみんなに迷惑が掛かってるのに、冬ちゃんの希望通りにするなんて絶対におかしい!」
 彩風さんが自分の好きな人相手に一歩も引かずに自分の意見をぶつけている。
 幼馴染って、お互いが対等に言い合える関係って本当に良い事なんだなって端から見てても思うのにどうして倉本君は彩風さんの気持ちに全く気付かないのか。
「霧華、雪野さんとは友達じゃないのか?」
「向こうがどう思ってるのか知らないって言うか今その話、関係ある?」
 彩風さんのにべもない返事で面食らった倉本君だけれど
「学校側から雪野を別の生徒と交代させようって話があっても、同じ事言えるか?」
 その一言で倉本君が頭を抱えていた理由が分かり場が凍り付く。
「え? そんな話なら優希君も知っておかないといけないんじゃないの?」
「だったらこの話、雪野の前で空木にも聞かせるか?」
 そう言われてしまうと何も言えなくなる。
「でも優希君が知らないのはおかしいよ」
「だから俺からまた夜にでも連絡しておく」
「それなら私が連絡する。優希君に用事もあるし」
 これはもう全員で考えないといけない問題でしかない。
 それに誰がなんて言おうとも、私が彼女なのにこれ以上優希君との接点を減らされたらたまらない。
 公私混同していると思われても、私もなりふり構っていられるわけがない。 
「分かった。今回は任せる。なんにせよ今日はこれで終わりにするけど、ちょっと俺もどうしたら良いのか分からないから、考える時間をくれ」
 そう言って帰る支度を始める倉本君。
「それとこの事は雪野含めて絶対に口外しないでくれよ。今の状態だと雪野の性格なら学校自体を辞めかねないからな」
 そう言って帰る準備を終えた倉本君がノロノロと役員室を出て行こうとする。
「それと岡本さん。俺は雪野には空木が必要なんだと思う」
 ――だから空木の事は諦めろ……――
 私には倉本君がそう言ったように聞こえた気がする。
 もちろんそれは私だけでがそう思ったのであって、彩風さんや倉本君は違うのかもしれない。
「ちょっと清くんっ!!」
 私が想いを巡らせている間にも、私に向けた言葉に彩風さんが声を荒げるも
「じゃあまた来週にでも」
 それを意に介す事もなく、そのまま帰って行ってしまう。
 彩風さんも一緒に。



 一人になった役員室の中で女々しいって思われたとしてもどうしても頭の中を占める雪野さんの事を考えてしまう。彼女であるはずの私以外の女の子に優希君がしばらく、くっつくって事が私には辛すぎて涙をこぼしそうになる。
「――と」
 私のこの想いを伝える相手はちゃんといるのに、一度はちゃんと通じ合ってるのに、その相手の近くには必ず別の女の子がいる。
「――ンタ――ば」
 私のこの気持ちは次、どこに持って行けばいいのかな……
「ちょっと、アンタ聞いてんのかって言ってんだろっ!」
「きゃっ?!」
 考え事をしていた私の前で力任せに蹴られた椅子が、すごい音を立ててひっくり返る。その原因を探そうと視線を巡らせると、そこに立っていたのは優希君の妹さんである優珠希ちゃんだった。
「きゃっ! じゃないんだって。それになんなの? このクッサイ部屋は。窓くらい開けろって」
 そう言って勝手に窓を開けて行く妹さん。窓を開けた後、続けざまに
「あのメスブタがいつも座ってる席は?」
 聞いてきた妹さんに席を教えると、おもむろにカバンの中から何かのスプレーを取り出して雪野さんの座っていた席とテーブルに吹きかける……それは消臭スプレーなのか。
 そんな妹さんの行動を見ても、今の私には何かをする気力は沸かない。それくらいに私の気持ちは参ってる。
 そんな私を見咎めた妹さんが
「分かった。もうお兄ちゃんの事が好きじゃ無いなら近づかないで。それからわたしたちに話しかけないで。そしてお兄ちゃんと別れて」
 私の気持ちを無視して私と優希君を引き離そうとする。
「なんで優珠希ちゃんに私の気持ちを決められなくちゃいけないの?」
 人の気持ちも知らないくせに! 周りのみんなの気持ちも知らないくせに! あまりにも悔しさに色々な気持ちがない交ぜになって私の目に涙が浮かぶ。
「はぁ? なにゆってんの? アンタが好きってゆうわたしのお兄ちゃんが、あのくっさいメスブタと腕組んで歩いてるんですケド? で? アンタはこんなとこで一人何やってんの?」
 妹さんの言葉に二人の姿を想像してしまって、私の心は潰れそうになる。
「だって統括会で雪――」
 私の言葉の途中で雪野さんがいつも座っている椅子を、この前の公園の時とはまるで違うスカートの中が見える事なんて気にもせずに力いっぱい蹴り飛ばす。
 私はその音に、妹さんの全く遠慮、手加減の無いイラつきに身をすくませる。
「わたしはアンタの事を聞いただけで、こんなくっさいメスブタのいる統括会なんて全く興味ないから……もう一回聞くけど、アンタここで何してたの?」
「……泣きそうになってた」
「じゃあここで一人メソメソしてたらわたしのお兄ちゃんに、アンタの好きって気持ちが伝わるのね」
「……」
 妹さんの質問に答えられない私。
「分かった。今日家に帰ったらアンタがお兄ちゃんの事好きじゃなかったってゆっておく」
 そう言って出て行こうとする妹さんを、慌ててドアの前で通せんぼする。
「……それは何のつもり?」
 本当に機嫌が悪いのか、声のトーンが一どころか二オクターブ落ちた上に、室温も冗談じゃ無く下がってる気がする。
「私、優希君の事好きじゃないなんて言ってもないし、一回も思った事すらない。
 勝手に決めつけないで」
「……アンタわたしのゆった事なんにも聞いてないの?」
 言葉だけなら幾らでも取り繕えるってしきりに言っていた事は覚えている。
「……」
 覚えているから言い返したくても、言い返せない。
「だからわたしはアンタの事が信用できないし、嫌いだってゆうのよ」
 そうか……信用できないってこういう事か。取り繕うってこう言う事なんだ。全部私の事を見抜いた上での妹さんの慧眼に、こんな状況にもかかわらず、私は舌を巻く。
「お兄ちゃんに今のアンタの態度と気持ちを早く伝えたいから、そこ、どいてくれない?」
 そう言いながら私が通せんぼしているドアの横に壁に、反対側の窓にまで振動と衝撃が行くくらいの強さで私の腰の辺りの高さに足を垂直に置く。今のこの子は当然スカートの中が見えているなんて意識していない。
 その振動で役員室全体がまるで地震が起こった時のようなすごい音を立てる。誰かが気付いて来なければ良いけれど……それを思うくらいには妹さんは力任せに壁に足を置いている。
 私は竦む心を必死に奮い立たせる。
「嫌っ! 私は優希君が好『だから! わたしは言葉だけなんて信じないって何回ゆったら分かるの? それで学年七位?』――っ」
 妹さんが私の中間の時の順位を引き合いに出す。
「じゃあ私はどうしたら良いの? どうしたら優希君に嫌われずに私は行動出来るの?」
 聞いても中々答えてもらえない、信頼なんてそう簡単に積み上げられない、一方雪野さんは優希君にべったり、その雪野さんの実質の統括会追放の話、今の妹さんのイラつき……私の心が更にない交ぜになって目に溢れそうなほどの涙が溜まる。
 それでも妹さんは容赦しない。
「アンタ。女のわたしに涙を見せても意味ないから。逆効果になるだけだから。それにアンタ生意気にも行動ってゆうけど、わたしからのお願いにもこの一週間、何にも行動していないじゃない」
 これも一瞬分からなかったけれど、すぐに雪野さんの匂いだって事に気付く。
「優希君に頼んだら雪野さんに香水を辞める『もう良い。話にならない。退いてくれないと』 ――っくっ! 『今のは手加減したけど次は本気で行くわよ』――っ」
 私の言葉を唾棄して止める妹さん。その直後に私の左腰に思わずうめき声が漏れるほどの痛みが襲う。この力で本気じゃないって言うのか。
 相当な痛みなのだけれど、優希君と引き離されるなんてそれだけは絶対に受け入れられない私は、テコでもここを動く事は出来ない。
「次は本気で飛ばすから。大体お兄ちゃんもなんでこんな何でもかんでもお兄ちゃんに丸投げするオンナが良いのよ」
「全部丸投げって……私そんな事してないっ!」
 痛む腰、竦む心を必死で奮い立たせて優珠希ちゃんに私の気持ちを言い返す。
 ちゃんと優希君の意見も気持ちも聞いてる。優希君自身もそう言ってくれてる。
「アンタの脳内のお花畑も治ってないのね」
 そう吐き捨ててから、私にとどめを刺さんとばかりの視線を送りながら質問をしてくる。
「じゃあ聞くけど、アンタも嫌いな香水、わたしはアンタにわざわざ時間を取ってお願いしたのになんでアンタは自分で行動しないでお兄ちゃんにゆったの? あの日わたしは女二人の話だってちゃんとゆったのにどうしてアンタは約束を守らないの?」
 妹さんの問いに私は答えることが出来ない。
 それをどう取ったのか
「アンタでも分かるように言いなおしてあげる。アンタが嫌だって思ってる事をお兄ちゃんに頼んだ後は知らんフリなの? それってアンタがわたしとの約束も、お願いも聞いてなかったって事じゃないの?」
 妹さんの鋭すぎる指摘に、言葉が詰まるものの
「優希君にも聞か『わたしあの時、女二人の話だからあんたがお兄ちゃんに何も聞かなくてもいい様に、お兄ちゃんも香水の匂いは駄目だってゆったけど? その事にも気づいてなかったの?』……」
「アンタ、誰の彼女で、誰に気を遣ってるの?」
 わたしの言葉を途中で止めた妹さんが、私の心にまで疑いを持ち始めている。
 ――愛さんのその気持ちは愛さんだけのものだから、
                      他の誰のものでもないのだから――
「じゃあ私が雪野さんに嫉妬して直接雪野さんに辞めるように言って、優希君には今のこの気持ちを全部ぶちまけろって事なの? 私、優希君に嫉妬深い女って思われて嫌われたくないっ!」
 朱先輩の言葉を思い出した私は、自分の気持ちを妹さんにぶつける。
 でもそんな事をしてしまったら、この統括会の中はバラバラになってしまう。
 でも優珠希ちゃんは違う所に怒りを感じたのか、
「……アンタ。それ本気でゆってるの?」
 妹さんの雰囲気がイライラから明確な怒りに変わる。
「女の嫉妬は見苦し――っ?!」
「わたしのお兄ちゃんを馬鹿にしないでっっ!!」
 乾いた音が役員室の中に響く。今度は全力じゃない。でも心にまで痛みが届く平手打ちを貰った事に気付くと同時に、私の胸ぐらをつかんですぐ近くにある妹さんの瞳が怒りで揺れている。
「アンタ! わたしのお兄ちゃんが! アンタからの嫉妬で! やきもちで! 一回でも嫌な顔! 浮かべた事! あんのかっ!」
「……っ!」
 言われて気付く。思い当たる。
 いつも困った表情を浮かべた後に喜んでくれていた事に。私のヤキモチに対して嬉しそうに初めての彼女からのお願いだからって、照れた表情で言ってくれていた優希君を。その度にオトコゴコロは分からないとも思っていたはず。
「アンタお兄ちゃんの事、嫌われるかも、嫌われたくないって……お兄ちゃんの事なんにも信用していないじゃない! お兄ちゃんはいつも家で嬉しそうに、アンタが嫉妬する度に、ヤキモチを焼く度に、アンタがされて嫌な事が分かったって、アンタの事がまた一つ分かったって喜んでわたしに話してくれてたのに」
 ……ああ。だから困った表情の後のあの喜んだ表情なんだ。
 私は自分の事ばっかりで優希君の事を知ろうとしていなかったって事なのかな?
「なのにアンタは何? 嫉妬は見苦しい? ヤキモチは恥ずかしい? お兄ちゃんに、自分の好きな人に知ってもらうのが、教えるのが見苦しいって事? 嫉妬って好きな相手だからするんじゃないの? ヤキモチって相手が好きだから妬くんじゃないの? 好きな相手に自分の気持ちを知って欲しいって、自分の事を知って欲しいって無意識に思う気持ちなんじゃないの? だからわたしのお兄ちゃんも喜んだ表情をしてたんじゃないの?」
「……」
 妹さんの言葉に私は何も言い返せない。
「自分勝手に壁を作って、取り繕って付き合う人間にわたしたちの事なんか何も教えられない。そんな女と信頼「関係」なんて出来るわけない」
 そう言って私から力なく手を離す。
「どいて。わたし、もう帰る」
 今の私にはもう妹さんを止める気力も無くて、
「お兄ちゃんの気持ちを聞ける、ちゃんと分かるアンタならって思ったけど、今日の話を聞いてアンタの事見損なった。そのうちお兄ちゃんの方から愛想を尽かすだろうから、わたしからは何もゆわない……じゃあさよなら」
 私は最後まで何も言えずに、ただ完全に打ちのめされた心で妹さんを見送るしかできなかった。


―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
 「好きな相手に自分の気持ちを知って欲しい、自分の事を知って欲しい……か」
           優珠希の言葉が深く心の奥に届く
          「……期末は何とかして取り返す」
         中間が芳しくなかった弟の巻き返し宣言
         「お父さんは慶の所に話に行ってるわよ」
        姉弟で喧嘩していても同じ家族には変わりなくて

        「ごめんな。ちょっとはしゃぎすぎたかな?」

         54話 ジョハリの窓 ~心の鍵・扉の鍵~
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