第48話 男心と秋の空 ~お揃いと振り返り~ Aパート

文字数 5,292文字

 優希君と正式にお付き合いを始めて三日後の今日は、件のネームの入ったシャープペンシルを取りに行く日でもある。
 そしてそのシャープペンシルと一緒に日曜日の夜の事を思い出す。

 私の想いが優希君に伝わった事もあって、自分の顔をがニヤついているのが分かる。
「お帰りなさい……その表情だと良かったみたいね。それに……」
お母さんが私の表情を見て一緒に喜んでくれた上に、私の首のところで視線を止める。
「ただいまお母さん。お母さんがくれたこのネックレスのおかげだよ。ありがとう」
朱先輩や妹さんもそうだけれど、お母さんの優しさが私に力を与えてくれたのもまた事実だから。
「お母さんは、愛美が幸せになってくれれば、それ以上に嬉しい事なんてないわよ」
そしてお母さんもまた自分の事のように喜んでくれる。
「慶は自分の部屋で勉強してるから、その間にお風呂にでも入ってきなさいな」
そして昨日に続き、今日も先にお風呂に入らせてもらう。

 お風呂から上がってお母さんと二人で先に夕食を貰った後、お母さんは慶と話すからと言う事で慶の部屋へ行ってしまったから、私は連絡を待ってくれているであろう朱先輩に報告をしようと自室へ向かう。
 私が朱先輩に連絡をしようと携帯を手に取ったところで

題名:愛さんうまく行った? 
本文:良いお知らせを待ってるから連絡を頂戴ね

 朱先輩からのメッセージが入っていた。
 何となく私からの連絡を待ってくれている気がしたから、メッセージの返信をせずに直接コールをすると
『愛さんどうだった?』
呼び出し音が鳴る前につながる。
『朱先輩落ち着いて下さい』
何となく名前も確かめずに反射的に電話を取った気がする。
『愛さんが結果を教えてくれたら落ち着くんだよ』
朱先輩の声を聞いていると、残念な方を想像していないとしか思えない。
『大丈夫でした、朱先輩とお母さんが私の背中を押して応援してくれたので、優希君に届けた想いを受け取ってもらえました』
だから私は朱先輩に感謝と共に結果を伝える。
『わー! わぁー!! 告白はどっちから? 愛さんから?』
それだけで電話口の向こうで大喜びしてくれているのが伝わると同時に、くすぐったくもなる。
でもあれってどっちから告白したことになるのかな。
『一回目は私からで、二回目は優希君から?』
でもあのお揃いのシャーペンを選ぶ時も、優希君の気持ちを受けて行動したのは私でも、誘ってくれたのは優希君からでもあるのかぁ。
『一回目って何? 二回も告白したの?』
電話口の声だけを聴いていると、とても年上と話しているような気がしない。
『一回目って言うのがお揃いのシャーペンを選ぶ時で、二回目が学校近くの広場で、ですね』
朱先輩の質問に答えると、電話口の向こうでずっと喜んでくれているのが伝わってくる。
『お揃いって、お揃いのシャーペン? 選ぶ時って何? どういう事?』
しかも、ある程度まで話さないと電話すら切って貰えなさそうだ。
本当はこれも私と優希君だけの秘密のお話にしたかったけれど、なんせ秘密を作らせて貰えない朱先輩。私は背中を押してくれた朱先輩ならと少しだけ教える事にする。
『優希君が私とお揃いの物が欲しいって言ってくれて、それで普段使いするものでその上、受験生らしいものって事でシャーペンになりました』
『シャーペンで告白って言うのは?』
『優希君がお揃いのを持ちたいって言ってくれた時、私が好きなのを選んだら、優希君がもうガッツポーズって言うのかな? をしてくれて』
『じゃあ愛さんが初めに空木くんの気持ちに応えたんだ。とっても大胆なんだよ!
それって無言で返事したって事なんだよね? すっごいロマンチックなんだよ』
普段の朱先輩からは考えられないくらい矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
『二回目は? 学校近くの広場って事はあの広場だよね?』
当然同じ学校に通っていた朱先輩ならこれだけで場所が分かるみたいだ。
『はい。雨上がりの夕方に誰もいなかったベンチの前で――』
『――それも愛さんから言ったの?! 愛さんがとっても大胆なんだよ! 雨上がりで虹もかかってなら、もっとロマンチックなんだよ!』
興奮しても私も喋らせてもらえない……
『ちょっと朱先輩落ち着いて下さいって! さっき結果を教えたら落ち着くって言ってたじゃないですか』
『わたしはそんな事言ってないんだよ。愛さんがイジワル言うんだよ』
ともすれば政治家が言いそうなセリフですら、朱先輩が言えばもう可愛いとしか思えなくなる。それに虹って……緊張して周りなんか見てる余裕無いですって。
そう言う発想が自然に出てくる朱先輩の方が、よっぽどロマンチックな気がする。
『イジワルは言ってませんよ。落ち着いて下さいって言ってるだけですって。二回目は優希君から言ってくれました』
『落ち着けるわけがないんだよ! 愛さんの幸せな話なのに、落ち着けるわけがないんだよ。わたしは今とっても興奮してるんだよ』
朱先輩の嬉しい気持ちがもう濁流のように流れてくるのが分かる。
 しかも同じ事、二回言ってるし……これだけ喜んでもらえるとやっぱり嬉しい。
同じ幸せになれるのなら、出来るだけたくさんの笑顔に囲まれて幸せになりたい。
『興奮しているのは分かりましたから。二回目は優希君からで、私の事が好きだから、 “はい” か “YES” で答えて欲しいって言われちゃいました』
『――っ!! 空木くんも愛さんに本気なんだよ。絶対に愛さんに断られたくなかったんだよ』
そう言われると嬉しいけれど、はっきり指摘されると、やっぱりすごく恥ずかしい。
これは絶対にクラスやお母さん、特に咲夜さんには言わない方が良い気がする。
『だから私は“はい”って答えました』
一通りを話し終えると、
『良かったんだよ。愛さんが幸せになれそうで本当に良かったんだよ』
なんだか朱先輩が涙ぐんでる気がする。
『えっと。まさか朱先輩泣いてるんですか?』
『そりゃそうなんだよ! 前回愛さんが“フラれた”って言った時、わたしの心臓が止まるかと思ったんだよ』
朱先輩のお呪(まじな)いを教えてもらった時の話だ。
『本当にありがとうございました。あの時朱先輩がお呪いを教えてくれたから、私ももう一度勇気を持てました』
そう思い当たれば、自然と朱先輩に改めてお礼を言っていた。
『良いんだよ。愛さんが幸せな事がわたしの幸せでもあるんだよ』
本心で朱先輩がそう思ってくれているのは伝わるから、私としてはこれ以上言葉には出来ない。
言葉にしてしまうと、安っぽくなってしまいそうで。
『本当に朱先輩と知り合えて良かったです』
あの日、あの河原で出会えていなければ、今の私はやっぱりなかったと言い切れる。
そう思うと、怖い思いも、嫌な事もたくさんあったのだけれど、慶が私と朱先輩を引き合わせてくれたとは言えなくも無かったりするのかもしれない。
『愛さん。明日は学校だよね?』
『はい。そうですよ』
『じゃああんまり遅くなったら、大変だから。また土曜日にお話を聞かせてね』
そう言って朱先輩が私を気遣い始めてくれる。
『分かりました。本当に今日はありがとうございました!』
最後にもう一回朱先輩にお礼を言って、通話を終える。

 その後、親友の事も気になっていたから、金曜日、土曜日と電話出来ていなかった蒼ちゃんの所にも電話を掛けることにする。
『愛ちゃんどうしたの?』
『金曜日の放課後、戸塚君大丈夫だった?』
あの昼休みの時の蒼ちゃんへの対応が頭から離れない。
『ありがとう愛ちゃん。あれくらいだったら蒼依も慣れてるから大丈夫だよ』
本当にそうだったら良いけれど、逆に慣れてるって言うのに引っかかりを覚える。
『慣れてるって……やっぱりああいうのが日常茶飯事?』
私以上に蒼ちゃんにも幸せになって欲しい。
『でも部活棟には色んな部活の人が出入りもしてるから』
だから露骨ではないと言うけど、蒼ちゃんには悪いとは思うけれど私からしたらとてもじゃないけれど蒼ちゃんを任せておける男子じゃない。
『蒼ちゃん。明日のお昼絶対に一緒しようね』
だから月曜日の昼休みにはゆっくりと話を聞かせてもらえればと思った。
『蒼依はとっても嬉しいけど、咲ちゃんや夕摘さん共仲良くしてる? 喋ってる?』
だけれど優しい蒼ちゃんは私が答えにくい質問をしてくる
『咲夜さんとは喋ってるけれど、実祝さんとは喋ってない』
それでも親友である蒼ちゃんに嘘をつきたくなくて、本当の事を言う。
『咲ちゃんと仲良くしてるならまだ良いけど、愛ちゃんに友達辞めるって言われたら蒼依なら悲しくて泣いて学校辞めちゃうんだからね』
『分かったよ。正直今スグに仲直りするのは無理だけれど、ちゃんと考えるよ』
蒼ちゃんの優しさの前に辛辣な事も言えずに、
『蒼依も明日のお昼一緒出来るの楽しみにしてるね』
蒼ちゃんとお昼の約束をして通話を切って優希君にお休みメッセージを送ってベッドに入った。


 その月曜日から二日後の今日もお昼は蒼ちゃんと一緒する約束をしてる。
 正式に優希君とお付き合いを始めてからは何となく照れくさいのと、私が親友を優先させてもらってる事もあって会ってはいない。
 ただ時々メッセージのやり取りだけはしてる。
 そして今日は優希君と一緒にお揃いのペンを受け取りに行く日でもある。
 だからって訳じゃ無いけれど、まだ教室内では私と優希君がお付き合いを始めた事を知っている人はまだ誰もいないと思う。
咲夜さん、蒼ちゃん辺りは薄々感付いてるかもしれないけれど。
「行って来ます」
今日もお弁当を持って、返事の無い家の中に挨拶をして学校へ向かう。


「ん~~なぁ~~んか。違うんだよねぇ~」
私が教室へ入るや否や咲夜さんが顎に手を当てながら私を覗き込んでくる。
「咲夜さん。今週頭からずっとそう言ってるけれど、人の顔をジロジロ見るのは失礼じゃない?」
咲夜さんがいるからメッセージの確認もできない。
「……今週の頭くらいから肌の艶が更に良くなった」
いや肌の艶って……
「それに、笑顔の威力がさらに上がった気がする……可愛すぎる」
同性から可愛いって言われても……いや、それはそれで嬉しい、のかな。
「それに男子からもモテるようになってる」
「咲夜さん。あんまり変な事言うと怒るよ?」
せっかく優希君に気持ちが届いてお付き合い出来たのに、そんな事実無根な噂が万一優希君の耳に入ったらどうしてくれるのか。
「納得いかない。あたしだって華の女子学生なのに」
「納得いかないって、月曜日も昨日も咲夜さん男子と一緒にお昼してたよね?」
実祝さんとも出来るだけ一緒にいるようにするって言っていたにも関わらず、そんな気配も無いのに自分の事を棚に上げて、何好き勝手な事を言うのか。
 もちろんそれは咲夜さんの好意での話なのだから、無理強いや強制をするつもりは無いけれど、男子とお昼をしておいてその言い方はどうなのか。
 私は今、優希君のメッセージを確認したいのですら我慢してるのに。
「……」
私の反撃に視線を逸らす咲夜さん。
「……この話を優希君の前でしたら、私怒るからね?」
「……副会長の名前を呼ぶのに全く照れが無くなってる?」
咲夜さんの目が怪しく光る。ホントに変なところで鋭いよ。
「あ、蒼ちゃんおはよう!」
どうしようかと思っていた所に蒼ちゃんが教室に入って来てくれたから挨拶をすると教室の中の喧騒が小さくなる。
 一瞬驚いた表情をするも教室の雰囲気に居心地を悪そうにしながらも私に向かって小さく手を振り返してくれる。
「ごめん。私蒼ちゃんの所に行くから」
「……」
先週あの場を目の当たりにして、私の気持ちを伝えていたからか、咲夜さんから止められる事もなく咲夜さんの迷いに気付ないフリをして、蒼ちゃんの元へ向かう。
「咲ちゃんとは良いの?」
朝の準備をしながらまず初めに友達の事を気にする蒼ちゃん。
「大丈夫だよ。咲夜さんには蒼ちゃんの気持ちも届いてるし、私の気持ちも伝えてる」
本来なら教室内で咲夜さんの立場が悪くなるような事を言うなんて以ての外なんだけれど、朝の登校時の教室と言う事もあってか、蒼ちゃんの周りには誰もいない。
だから少し声量を絞って小声で喋ってしまえば周りに聞かれる事はまずない。
「でも、咲ちゃんも蒼衣と喋ったらクラスからのけ者にされてしまうんじゃないかな?」
蒼ちゃんのその言葉に咲夜さんの迷いを感じている私は、
「たとえクラスからのけ者にされても、こう言う幼稚な事をする方が私は嫌だけれどな」
蒼ちゃんに返事をしながら、薄ら笑いを浮かべている例のグループのリーダーを睨み返す。
「それはやっぱり愛ちゃんが強いからだよ」
蒼ちゃんが諦めた表情を浮かべる。
私は蒼ちゃんのそんな表情を見ていたくなくて、
「今日のお昼、教室じゃなくてせっかく晴れてるんだし中庭でお昼しようよ」
最近蒼ちゃんもお弁当を作るようになってるから、中庭もお昼の選択肢に入れることが出来る。
「うん! いつもありがとう。愛ちゃん」
私の提案で少しだけ笑顔が戻った蒼ちゃんを見て、間もなく始まる午前の授業に備える。

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