第56話 逢瀬 ~図書館デート~ Aパート

文字数 4,089文字


 お父さんと車内でのお話を終えて家に帰った私は、そのままお風呂に入らせてもらう。そしてお風呂から上がってリビングに足を踏み入れた時、
「車の中でお父さんと何かお話したの?」
 お母さんが嬉しそうに私に聞いてくる。
「うん。昨日の夜話してた進路の事とか将来の事とか」
「そう。愛美から話してくれた事、本当に嬉しそうにお父さんが話してくれたわよ」
 そっか。お父さんそんなに喜んでくれたんだ。
 私のクラスメイトや少し喋る人なんかは、お父さんの事ウザいとか邪魔とか言ってるのをたまに聞くけれど、私は逆に嬉しかったりする。
「会話したぐらいで大げさな」
 口ではそう言うけれど、内心ではやっぱり嬉しくて。
「何言ってるのよ。先々週なんて愛美に怒られた、嫌われたってお父さん仕事中も落ち込んでて大変だったのよ」
 お母さんの言葉で簡単にお父さんが落ち込む姿が想像できて、お父さんには悪いけれどなんだか嬉しい。
 こんな気持ちになれたのも本当に朱先輩のおかげだ。ホント何回感謝してもし足りない。これは多分一生感謝し続けるんだろうなって思う。
「そう言えばそのお父さんは?」
 私はお父さんの姿が見えないから聞いただけなんだけれど、お母さんが何を思ったのかが分かるような、いわば咲夜さんが浮かべるような表情をして、私に少しだけ顔を近づけたかと思えば
「そう言えば明日もお出かけなんでしょ? 彼氏とデート? お父さんがちょっとがっかりしてたわよ」
 単刀直入に聞いてくる。
「ちょっとお母さん?!」
 お父さんには明日は図書館でお勉強だって伝えたはずなのに、お母さんは私の事を知っているからってお父さんに聞こえたら大変な事になるよ。
「大丈夫よ。お父さんは慶の部屋にいるから聞こえてないわよ」
「大丈夫って……私、明日は図書館で勉強だってば」
 私の言葉に耳を傾けてくれないお母さん。
「はいはい。愛美がそう言うならそう言う事にしておいてあげるわよ」
「そう言う事にしておくって……」
 何が “はいはい” だよ。咲夜さんと言いお母さんと言い、こう言う色恋の話になると時々私の話を聞いてくれない。
「愛美の顔真っ赤よ」
 そしてとどめとばかりにお母さんからの生暖かい一言。
 ホントは分かってたよ。だって自分の顔なんだから。
「明日の準備もあるからもう自分の部屋に戻るね」
 分かっていた事を指摘されて、いたたまれなくなった私は、お母さんから逃げるようにリビングから出る。
 男の子はどうかは知らないけれど、私は同性であってもお母さんに好きな人の話をするのは恥ずかしいよ。
 妹さんから、優希君は家でも私の話をしてくれているような話を聞くけれど、優希君は恥ずかしくはならないのかな?
 知らない優希君の事を新しく知れば、また新しく私の知らない優希君が顔を出す。好きな人に対して終わりが無いから本当に恋愛って難しくて楽しい。
 私は自分の部屋へ戻ってそんな事を考えながら、明日の模試対策とお揃いのシャーペンをカバンに入れたところで、優希君に明日のメッセージを送る。
 題名:明日は楽しみだよ
 本文:早く明日になって欲しいから僕はこのまま寝るから。愛美さんもお休み。
 いつもは明日に返ってくる思ったよりも早い優希君からの返信に、私は嬉しくなる。
 しかも早く明日になって欲しいって書いてある。それってつまり早く私に会いたいって思ってくれてるって解釈しても良いよね。
 私は少し考えて、初め私が着て行こうと思っていた服とは別の服を用意して優希君から返信のあった携帯を胸に抱くように持って布団に入った。


 翌朝も優希君からの新着メッセージで目を覚ます。
 私も朝一で優希君に返信メールを送って、昨日準備しておいた服に身を包む。
 本当はネックレスもつけて行こうかと思ったけれど、今回はやめておく事にする。
 前回の時しきりに感じた優希君からの視線に嫌な思いをしたわけじゃ決してない。むしろ嬉しかったのは本当の事で、逆に私の慎ましい胸にまで視線が行くかと思えば何と言うか端的に言うと恥ずかしい。それに合わせる服が無いのも理由に入ってる。
 だからネックレスは着けずに、制服以外ではほとんど穿くことの無い群青色のスカートの裾の所にアクセントラインの入ったスカートに足を通して下へ降りる。
「おはよう愛美。今日は図書館へ行くだけなのに随分と気合が入ってるわね」
 私の姿を見たお母さんが嬉しそうに朝の挨拶をしてくる。
「今日、優希君と図書館で勉強するのは本当だって」
 だから私は正直に図書館でデートだって言ったつもりなのに、どうして私も口を滑らせるのか
「愛美の彼氏って “優希君” って言うのね」
 お母さんが咲夜さんと同じ表情をして確認してくる。
「ちょっとお母さん!」
 だから私もついつい咲夜さんを相手にしてる時のような反応をしてしまう。
「お父さんが起きてくる前に早く準備を済ませちゃいなさい」
 お母さんからの温かな視線を受けて、口ではお母さんに勝てないと感じた私はそのままお昼のお弁当と、今日は屋内と言う事もあって朱先輩が気に入ってくれている晴れている方の飲み物を用意する。
 一通りの準備を終えたところで、時間もそろそろだったから
「じゃあお母さん行って来ます」
「ええ愛美。思いっきり楽しんで来なさい」
 楽しんでって、今日の目的は全統模試の対策なのに。
「それと今日の夜は私も家で食べるから、家族四人で一緒しよ」
 私は苦笑いを浮かべながら、夜は昨日のお父さんの希望も叶えて、私も一緒に食べたいのもあるしお母さんにそれだけを伝えて優希君との待ち合わせ場所へ向かう。
 朝が弱い男二人に少しだけ感謝しながら。


 私は前回の事もあるから少し早い目に待ち合わせの図書館に来たつもりだったけれど、やっぱり優希君の方が早い。
 久しぶりの優希君との二人きりのデート。
 私の心臓がドキドキしない訳が無くて
「おはよう優希君。今日も先に来て待っててくれたんだごめんね。ありがとう」
 少しだけ小走りで駆け寄る。
「いや僕も今来たばっかりだよ。おはよう」
 開館してから少しだけ時間が過ぎた人通りもまばらな祝日の図書館内のエントランス。
 今日はネックレスをしていないからか、水色の五分丈のカットソーじゃなくて、今日は膝、太ももの辺りに視線を感じる。やっぱり優希君も男子なんだなってちょっと意識する。
 学校以外ではほとんど穿くことの無いスカート。足の太もも辺りがスースーする。
「えっと優希君?」
 優希君の表情を見る限り感触は悪くないとは思うけれど、色々と脳の造りが違う男性と女性では実際どうなんだろう。
「あ、ああ。ごめん。愛美さんの私服でのスカート姿可愛いよ」
 優希君の何も飾らないまっすぐな言葉が嬉しい。
「ありがと」
「でも今日はあの可愛いネックレス、してないんだ」
 優希君が私の首元を見てくる。
「私、あれ一本しかネックレスを持っていなくて、今日の服に合わせられなくて」
 今日はめったに穿かない数少ないスカートに合わせたから、ネックレスまではどうしようもなかった。決して恥ずかしかったからだけじゃないよっ。
 ただ今日はしていないにもかかわらず、優希君がネックレスを気にしてくれたって事は、それだけ可愛いって思ってくれたって事でもあって、私のお母さんの事も認めてくれたのかなって嬉しくなる。
「じゃあ中に入ろっか」
 休日の図書館とは言え全く利用者がいない訳でも無くて、パラパラと中に入って行く他の利用者の視線をたまに感じる。
「愛美さん。手、繋いでも良いかな」
 私がエントランスから図書館の中へ入ろうと一歩踏み出した所に、優希君からの嬉しい誘いがかかる。
 当然私が優希君からの誘いを断るわけが無くて
「ありがとう優希君。私も嬉しいよ」
 今日は香水の匂いも何にもない優希君。
 私の方から少し照れた表情を浮かべる優希君の手を取って、再び優希君の腕に抱きつきたいのを我慢して図書館の中にあるテーブル席までの短い間、優希君の温もりを手に感じながら移動する。


 図書館の少しだけ奥まった所にあるテーブル席に二人向かい合って座って、なんだかんだ言っても今年は受験生、模試対策の準備をする。
 本当は正面じゃなくて隣に座ろうかとも迷ったんだけれど、隣で優希君の温もりを感じてしまったらドキドキしてテスト対策どころじゃなくなってしまうのは自分でも分かるから、せめて見たい時にいつでも優希君の顔を見えるようにと向かい合わせに座る事を選択する。
「あ、そのシャーペン」
 確かに今日はお揃いのシャーペンで一緒にしようって話はしていたけれど、実際にお揃いでお互いが一品物のペンを持っていると優希君の彼女なんだなって思える。
「僕も今日は愛美さんと仲良くしたかったから」
 そう言って、お揃いのシャーペンを手にしている私の右手を見てる。
 優希君と私の気持ちが一緒だって改めて分かった私は、
「ねえ優希君。そのシャーペンを持ったまま私の方へ腕を伸ばして欲しいな」
「えっとこう?」
 私は優希君と気持ちを交わらせたくて、シャーペンを持ったまま腕を伸ばしてもらう。一方私の方も優希君に向かってシャーペンを持った方の腕を伸ばす。
 そしてお互いの手を直接触れると言う所まで近づけて、お互いのシャーペンのノック部分を “パチン” と軽く当てる。
「……?」
 私が何をしたかったのか分からなかったのか、優希君の表情が疑問一色になってる。
 ただ優希君と気持ちを交わらせたかった私は、
「ごめん。何でもないから始めよ」
 ちょっと残念な気持ちを持ちながら、本来の目的である全統模試対策を始めようとしたところで “パチン” と更に私の方へ腕を伸ばした優希君が私のシャーペンのノック部分に軽く触れる。
「優希君?」
 驚いて顔を上げればすぐ近くに照れた優希君の顔。
「なんか言葉には出来ないけど、良いね」
 何となくても伝わったのが嬉しくて
「私の気持ちに気付いてくれてありがとう」
 私は最高の気分で集中して模試対策に取り組む。

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