第54話 ジョハリの窓 ~心の鍵・扉の鍵~ Bパート

文字数 3,515文字


 翌日いつも通りの時間に起きると “今日も一緒に愛さんとごはん食べるんだよ” 入っていた朱先輩からのメッセージに胸が温かくなる。
 私はメッセージを読んだ後、準備していた服に着替えて晴れの日の飲み物を用意するために下へ降りる。
「おはよう愛美」
「おはようお母さん」
 まだお父さんも慶も起きていない二人だけの朝。
 朱先輩が気に入ってくれている飲み物を用意して、お母さんが作ってくれた朝ごはんを食べていると
「やっぱり慶にもちゃんとお父さんがいないとダメなのかしらね」
 言葉の内容とは少し違う嬉しそうな表情を浮かべるお母さん。
「昨日の夜あれから何かあったの?」
 お母さんと喋った後は少し机に向かってそのまま寝たから、分からない。
「昨日の夜。お父さんと慶が一緒に寝たみたいなのよ」
 私が口を利かなかったとしても、お父さん、お母さんがちゃんと慶の話を聞いてくれる。それって家の中でも一人にならなくても済むって事でもあって、
「ありがとうお母さん!」
 どうしても感謝の言葉を口にしたかった。


 私が朱先輩との待ち合わせ場所に着くと、今日は胸の辺りに向日葵のワンポイントがある服といつものロングスカートに身を包んだ朱先輩が私を待っていてくれた。
「朱先輩。おはようございますっ」
 私がいつも通りに朱先輩に挨拶をすると
「今日の愛さんとっても元気なんだよ。何か良い事でもあったの? ひょっとして空木くん?」
 朱先輩が口でワクワクとでも言い出しそうな表情で、私の顔を覗き込んでくる。
 いやまあ優希君との良い事なら、確かにアレだけれど、
「昨日お父さんと慶が一緒に寝たみたいで、私たちが喧嘩したとしても、ちゃんと親が慶の事を見てくれてる、考えてくれてるんだなって分かったので」
 私にとって笑顔になれるのは何も優―― 
「愛さんがいい子過ぎるんだよ~」
 今日は雨も降っていない、逆に立っているだけで少し汗ばむくらいにはよく晴れた日の土曜日の朝、朱先輩が私に思いっきり抱きついてくれる……のは嬉しいけれど、今日は久々の晴れの日の活動、多くの人が集まって来るから、注目を集めている気がしないでもない。
 周りに人が集まって来ていますからと朱先輩に離れてもらったところで
「あ。良かった。今日も来てくれてたんだ。一緒に活動しても良いかな?」
 先週の男の人が朱先輩じゃなくて、私に声を掛けてくる。
「はい。お願いします」
 反射的に返事をしてしまったけれど、優希君の事が頭をよぎった私は、体が勝手に朱先輩の方へ一歩寄る。
「じゃあ三人分の道具を借りてくるよ」
 男の人が嬉しそうにわたしたちの分の道具も借りに行ってくれる。
「ごめんなさい……思わず返事してしまって」
 男の人を見送ってから思わず返事をしてしまった事を、朱先輩に謝る。
 あんまり男の人に期待を持たせたら駄目だって言ってくれていたのに。
「ううん。大丈夫だよ。活動を一緒にするだけ。どっか誘われたらちゃんとわたしが断るんだよ」
 そう言って朱先輩が私の短い髪を梳くようにして、優しく撫でてくれる。
 そして男の人が戻ってきたところで、
「お待たせ。じゃあ今日も一緒に始めよっか」
 今日の活動が始まる。


 今日は晴れている日って言う事もあって、参加者自体も多い。
 だけれどそれに比例して何故かゴミも多いから袋の中のゴミも結構な勢いで溜まって行く。
「今日も軽いゴミを中心に拾ってもらったら、こっちでガラス瓶とか重いものを中心に拾って行くから」
 男の人は私に気を使ってくれてるんだろうけれど、朱先輩と並んでいるのに私にばっかり声を掛け人も初めてだから、なんか変な違和感が付きまとってる。
「ありがとうございます」
 ただ返事をしない訳にはいかないから、返事だけはするけれど、朱先輩はどうしたんだろう? さっきはああいってくれていたけれど、私からつかず離れずの距離で男の人にも女の人にもちょくちょく声を掛けられながら缶ばっかりを拾い集めている。
 それでもこっちに耳だけは傾けてくれているのか
「今年は受験生?」
「はい。とは言ってもまだどこを受けるのとかは決めかねているんですけれど」
「じゃあ俺で良ければ相談に乗ったり、教えられる事もあるかもしれないから、また気軽に声かけてよ」
 とは言ってくれるけれど、自分の進路の事を他人に話すのもちょっと抵抗があるし、どうしようかと返答に困っていると
「愛さん重くない? 大丈夫?」
 何かしら理由らしきものを作って私に話しかけてきてくれる。
「大丈夫ですけれど、朱先輩の方こそゴミ袋が一杯で重いんじゃないですか?」
 渡りに船とばかりに私が朱先輩に返事をすると、
「じゃあわたしと愛さんはここまでにしよっか」
 笑顔で私に提案して来たかと思えば
「あんまりこの可愛いレディを困らせたらダメですよ」
 一転、少しだけ不機嫌そうな表情で私の隣にぴったりとくっついて男の人をたしなめてくれる。
「ごめんな。ちょっとはしゃぎすぎたかな?」
 はしゃぎ過ぎたって……やっぱりそう言う意味なのかな?
 男の人ともそんな一幕があって、お昼の前にゴミトラックの所で今週は別れる。


 いつもの場所でレジャーシートを広げて準備をしているけれど、やっぱり朱先輩の機嫌が少し悪い気がする。
「えっと、私何かやってますか?」
 やっぱり朱先輩がいても他の男の人とって言うのはまずかったのかな? 優希君と雪野さんの事を思い出せば分かったはずだったのに、ちょっと失敗だったかもしれない。それに――
「愛さんは何も悪くないんだよ。わたしだって愛さんともっと一緒にいて愛さんの幸せな話を早く聞きたかったのに、あの男の人がずっと愛さんについてるから、聞きたくても聞けなかったんだよ」
 いや幸せな話って……
「だから愛さん。今週分の愛さんの幸せな話をたくさん聞かせて欲しいんだよ」
 しかも今週分って……気が付けばさっきまでの不機嫌そうな表情はどこへ行ってしまったのか目から星が出てきそうなほどキラキラした目を私に向けてくる。
 それに負けた訳じゃ無いけれど、優希君とお揃いのシャーペンを持つようになった事と、優希君が私に照れてくれた事とか、私が幸せだと思う事を話をする。
 その度に朱先輩が体全部を使って感情を表してくれるから恥ずかしい。
 ただ、そんな先輩だから、私の家族の事でも怒ったり、笑ったりしてくれる先輩だから、担任の先生事が頭をかすめたりはしたけれど、私は勇気を出して一つ相談させてもらう事にする。
「あの。朱先輩に一つ相談に乗って欲しい事があって……」
 自分の事なのに人に相談しても良いのか。
 また担任の先生の時みたいにあしらわれてしまったら……朱先輩に限ってそれは無いと言い聞かせても緊張で手が震えてしまう。でも震える私の手を
「愛さんからの初めての相談! 嬉しい! すごく嬉しい! ゆっくりで良いからね。是非わたしに聞かせて欲しいんだよ!」
 包み込むように握ってくれる。
 私は手の震えが止まるまで心を落ち着けてから朱先輩に
「実は進路の事で――」
 口を開くと同時に、児童の声をと共に背中に衝撃が走る。
「あーおねーちゃんみーっけ」
「あー! 女の人に抱きついたらせくはらなんだよー」
 その途端に私たちの周りが姦しくなる。
 だからさっきまでの雰囲気も流されてしまう――
「こーら。おねーちゃんに乱暴する子は遊んであげないぞー」
“この続きは後でね” ――事もなく、そう言った朱先輩が男子児童をたしなめると
「あーおねえさんにおこられたー」
 別の女子児童によってさらに姦しくなる。
 本当にいつでも子供は元気だ。私もそんな児童から元気を分けてもらいながら
「はーい。喧嘩は駄目だよ。喧嘩した子とはお姉ちゃんは遊ばないよ」
 児童たちをまとめるのを見た朱先輩は
「愛さんからの初めての相談っ!」
 本当に嬉しそうに河川敷の管理事務所の方に広場の利用申請に行ってくれる。
 そうして今日のもう一つの活動である、児童たちとの課外活動が始まる。


―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
       「昨日お父さんお母さんと進路について話してて」
         愛さんからの初めての相談は進路相談
          「学校の先生……一度聞いてみます」
             避けては通れない先生
      「でも保健の先生でも進路相談しても良いのかな?」
           でも先生は一人じゃないから……

         「弱さやワガママじゃなくて優しさ?」

          55話 ジョハリの窓 ~盲点の窓~
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