第54話 ジョハリの窓 ~心の鍵・扉の鍵~ Aパート

文字数 4,902文字


 皮肉にも先に帰ってしまった妹さんのおかげで、雪野さんの残滓が無くなった役員室の中、一人力なく腰かけていたもののいつまでもこうしているわけにはいかない。
 今週は両親共に帰って来てくれるのだから、私の帰りが遅くなることで両親に心配をかけるわけにもいかない。私は気力を失ったまま、ただ時間に押されるように窓を閉めて役員室の戸締りを確認して下校する。
 ただ今の表情だとまた不要な心配を両親にかけそうだったから、いつもの学校近くの広場で、もう少しだけ気持ちを整理しようと足を向ける。

 男女としてなのか、人としてなのかは判断がつきにくい所ではあるけれど、妹さんは優希君が好きなんだと思う。そしてただ好きなんじゃなくて、心の底から信用してるんだと言う事も伝わってくる。
「好きな相手に自分の気持ちを知って欲しい、自分の事を知って欲しい……か」
 言われて考えてみて、妹さんの言葉にとてもしっくりくる。
 言葉はとても乱暴なんだけれど、本当に人の事、私の事をよく見てるし、相手の気持ちもよく分かってはいるんだと思う。
 ただ、私だって優希君の事が好きだし、想いをうまく伝えられなかったとしても優希君を思う気持ちに対して誰にも負けるつもりなんてない。
 だからこそ余計に、妹さんの鋭すぎる指摘に対して言い返せなかった事に対する悔しさが胸の内に広がる。
 こう言う事を妹さんに直接言うと間違いなく手か足かが出てきそうではあるけれど、好きな人相手に素直に自分の気持ちを伝えて、表現出来る所なんかは雪野さんとそっくりに映らない事もない。
 まあ人の意見を聞かない雪野さんとでは雲泥の差はあれど。
 ただ逆に言えばそれは相手に、自分の好きな人に自分をさらけ出すことに他ならないわけで、そこにはどうしても恥ずかしさが湧いてくる。
 前に朱先輩から聞いた “ジョハリの窓” みたいなことを言うつもりは無いけれど、自分が知っていて相手が知らない事を教えるのと、相手が知っていて自分が知らない事を相手から教えて貰って、自分も相手も知っている共通の窓が大きくなればそれが一番だとは思うけれど、やっぱり言葉で言うほど簡単じゃないとは思う。
 その過程でどうしても相手に嫌われるかもとか、秘密にしたい過去とか何もない人間なんていないと思う。そう言うのもひっくるめてお互いの信頼「関係」の中で二枚目の窓と三枚目の窓をお互いで小さくしながら、一枚目の窓を大きくしていくのが理想だと私には思えてならない。
 それと言い訳じゃないけれど、今まで優希君以外の男子と接点も無かったし、興味もなかったから男子とどうお付き合いするのが良いのか、私自身も分かりかねている部分もあるにはある。


【注釈】二枚目の窓→盲点の窓      三枚目の窓→秘密の窓
    の事です。これは途中で揃えます。  

 ただ理解して欲しいのが少し失礼な言い方にはなってしまうのだけれど、私に気があるって言うクラスの男子や女子から未だに人気のある戸塚君にしても、私の事を知ってもらったからと言って、私が相手の男子の事を知ったからと言って、嬉しい気持ちが沸くわけでもないし、むしろ私の事を知られて嫌悪感が沸く事もあると思う。
 恐らくはストーカーなんて言われる類の事なんかは、一部そう言う説明も出来るんじゃないかなとは思ってる。
 逆に興味もない男子の事を知ったとしても、私は何とも思わないし、興味が無ければ印象にも残らないと思う。
 いずれの感情に対しても、いずれの窓にしても興味が無ければ恥ずかしさや、胸のドキドキなんか感じも起こりもしない。これだけは妹さんに分かって欲しい。
 だから私の優希君が好きって気持ちをいくら妹さんでも否定して欲しくはなかった。
 ただ自分の気持ちだけで優希君の事を信用・信頼していないってところにだけは私も何も言い返せなかった。

 私はこのジョハリの窓の事があったとしても、逆に信頼関係を築いている最中だからこそ、どこで嫌われるのか分からないから、面倒な女、束縛の強い女だとは思われたくなくて、雪野さんの事も言えないし、聞けないでいる。
 こう考えてしまうから妹さんから厳しく言われたのだとは思うけれど、言われて次の瞬間から、はいそうですねって切り替えが出来れば誰も苦労はしない。
 逆にこう言う考え方だと男の人には重い女だって思われるのかな?
 色々考えるとだんだん分からなくなってくる。ホント周りの女子には幸せそうな人が多いように見えるけれど、みんな恋愛が上手なんだなって羨ましい気持ちが湧いて来る。私はただ初めて好きになった男の人とうまく仲良くやって行きたいだけなのに、やっぱり恋愛って難しい。


 気づけばそこそこの時間が経っていたのか、六月も下旬に差し掛かるこの時期にも関わらず、日中に比べて比較的優しい西日が直接まぶたに届く。
 私はあまりにも帰りが遅くなって、逆に両親に心配をかけるわけにもいかないからと、少し自分の気持ちを整理できたと言う事もあって足早に帰宅する。
「おかえり愛美。今まで学校?」
「ちょっと統括会でトラブルがあって」
「……愛美も頑張ってるんだな」
「……うん。お父さんもいつもありがとう」
 案の定慶はいないにしても、先に帰宅していたお母さん、お父さんが出迎えてくれる。私が一旦部屋着に着替えに行こうとしたところで
「もうお父さんも慶もお風呂に入ってるから、愛美もそのまま入っちゃいなさい」
 私にお父さんに聞こえないように小声で耳打ちしてくれる。
「分かった。ありがとうお母さん」
 お母さんの言葉に甘えて先にお風呂も頂く。

 久しぶりに家族四人揃っての夕ご飯。
 今日はお母さんもお父さんもいてくれるから、慶と顔を合わせたとしても嫌悪感よりも安心感の方が強い。だから私は本当に久しぶりに慶の顔を見ながらご飯を食べる。
「愛美。学校は大変か?」
 大変かと言われれば間違いなく大変なのは間違いないけれど、なんとなく違う気がする。
「大変は大変だけれど、もう一年無いから全力で楽しんでるよ」
 本音を言えば辛い事の方が多いし、友達の事も含めてうまくいかない事の方が多い。
 それでも、何もかもと言うわけじゃ

。朱先輩の支えもあって成績の方はうまく行ってるし苦しくて辛い事も多いけれど、私の初恋も実った。
 だったら私たちのために頑張ってくれている両親にこれ以上は望んだら


「愛美が楽しめてるなら、俺たちからしたらそれ以上望むことは無いよ」
 お父さんが私の返事に嬉しそうにする。
「それで愛美はどうするの? 愛美の成績ならやりたい事があれば充分に叶えられるんじゃないかしら」
 もうすぐ初学期が終わる。ただ私の中ではまだこれで良いのか迷いが残っている。
 その事を私は明日朱先輩に相談しようと思っている。
 本当は担任の先生に相談したかったのだけれど、あの視線の事もあるし、蒼ちゃんの事あったりと色々な事があり過ぎて、距離感を掴みかねている。
「やりたい事が無いわけじゃないけれど、まだ決められなくて」
 みんなを笑顔にしたい、泣き顔を笑顔にしたい。
「まあギリギリまで迷ったら良い。愛美の長い人生。急いで決めるんじゃなくてゆっくり考えて悔いの無いようにしてくれたらそれが一番いい。ただやりたい事が決まったら、見つかったらその時は遠慮しないで俺たちを頼って欲しいし、何でも相談してくれ。どうしても見つからなければ、前にも言ったが総合の学校だってあるんだから焦る必要は無いからな」
「そうよ。わたしたちに遠慮する事も、焦る事も無いわよ」
 やっぱりあのときお父さんを嫌いにならなくて良かった。
 今のお父さんの応援に心からそう思う。

 ――ありがとうございます。朱先輩――

 私の心を助けてくれて――私の心の中で何かがカチリとハマった瞬間だった。
「慶の方はどうだ?」
 いつの間にか食べる手が止まっていた慶の方へ話が移る。
「……期末は何とかして取り返す」
「お姉ちゃんみたいにとまでは言わないけど、せめて人並みに出来るようにはなっておかないとお母さんたちみたいに後で苦労するわよ」
 中間がよっぽどひどかったのか、その辺りの話題からロクに顔も合わせずになんとも口を挟みにくい。
「分かってるって。もう俺自分の部屋に行くわ」
 居心地が悪くなったのか、以前のような乱暴さは鳴りを潜めてはいたけれど、そのまま何も言わずに自分の部屋に閉じこもる。
 その後はお父さんとも久々にちゃんと会話をして、私も久々に鍵を掛け

に自室に戻って机に向かう。


 しばらく机に向かっていると、扉をノックする音が聞こえたから返事をすると、鍵をかけていなかったからかお母さんが驚きながら部屋に入ってくる。
「どうしたの?」
 まあいつも帰って来てくれた時にはどれだけ時間が無くても、疲れていても私と会話する時間は作ってはくれるんだけれど。
「一週間慶久はどうだった? 愛美に何か言ったりしてきたりとかは大丈夫だった?」
 お母さんは私の心配をしてくれる。
「慶とはほとんど口を聞いてないけれど、どういう風の吹き回しか知らないけれど、帰って来るのは早かったよ。お父さんは?」
 私が普通にお父さんの事を聞いたからか、慶の生活態度がましになったからなのか、お母さんの目が潤む。
「お父さんは慶久の所に話に行ってるわよ」
 そう言えば今週は慶と話をするためにお父さんは帰って来たんだっけ?
「ねぇ愛美。彼氏ができたんでしょう? どんな人なのか少しで良いからお母さんに教えてくれない?」
 お母さんの突然の話に面食らうけれど、そもそもあの日ネックレスを付けて帰って来たところも見られてるし、私の表情とお礼で結果も分かってはいただろうから
「お父さんには絶対内緒にしてね」
 そう前置きをしてから統括会で一緒のメンバーである事、私よりも成績の順位は高い事、他の女子からも人気で、私も内心ではハラハラしている事なんかを話す。
「人気があるって事は競争率も高かったんじゃないの?」
 競争率って……お母さんでもそう言う言い方するんだ……私は苦笑いを浮かべて
「だから今でも他の女の子から声かけられたりするのをよく見かけるし……」
 雪野さんの事をオブラートに包んでお母さんに言う。
「他の女の子がどんな子かは分からないけれど、愛美の笑顔は誰にも負けないから、自信を持たないと駄目よ」
 お母さんが私の手を握って来る。ひょっとしてお母さんの若い頃って意外と情熱的だったりする?
「女子に好かれるって事は、そんなにハンサムなの?」
 私が驚いていると耳元で何を囁くのかと思えば、ハンサムって……分からないではないけれど少しだけ世代を感じる。
「ハンサム……かどうかは分からないけれど、私にすごく優しくしてくれるし、気遣いもしてくれるよ」
 本当に見かけなんて気にしない。
 あの優しさと気遣いに惹かれたと言っても良いくらいなのだ。
「愛美は良い人を好きなったのね」
「愛美が選んだ男の子だったら何も心配はしてないけれど、今度機会があったらで良いからお母さんにも合わせて欲しいわ」
 本当なら雪野さんの事もあるし、中々立ち入る事の出来ない話も多い優希君とその妹さんの事、それでも私の気持ちに変わりはないのだから、ううん。今度こそは私の気持ちを妹さんにも分かって貰うつもりでいるのだから
「その時が来たらね。でもお父さんには内緒にしてね」
 万一お父さんに優希君との “交際は認めない” なんて言われたら、それこそ大喧嘩になるのは分かり切っているから
「ええ。もちろんよ」
 お父さんには悪いけれど、好きな人の前で親子喧嘩なんてカッコ悪すぎるから、やっぱりこればかりは内緒にさせてもらう。
 その後はお父さんの事も少し聞きながらたわいもない話をして、お母さんが部屋から出て行く。
 その後、もう少しだけ期末試験代わりの全統模試の対策のために、机に向かってから、明日も参加する旨を朱先輩にメッセージ連絡だけをして、明日に備えて動きやすい服を出して、布団に入った。
 
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