第57話 立ち位置の変化 ~勇気と覚悟~ Aパート 

文字数 4,441文字


 優希君と図書館デートをしてから三日後の水曜日、今日は蒼ちゃんと二人で甘いものを食べに行く日だったりする。
 本当なら昨日行く予定だったのだけれど、蒼ちゃんに今日に仕切り直しをしてもらう事になった昼休みの事を思い出す。


「愛ちゃん昼休みどうする?」
 私と蒼ちゃんのいつも通りとなった二人だけの昼休み。
「じゃあ今日も中庭にしよっか」
 私はクラス内で勉強の教え方について不評を買っている実祝さんの視線に気づかないフリをしてお弁当と水筒を持って席を立つ。
 教室を出る間際に蒼ちゃんが一瞬
「……」
 実祝さんに視線を送ってから私の後に続くようにして中庭へ向かう。

 中庭のいつもの席に腰掛けて食べる準備を始めた時に、
「今日。どこ行くか決めた?」
 甘いものと言えば蒼ちゃんって事で、お店選びもお任せしてる蒼ちゃんに進捗を尋ねる。
「お店は選んだけど、愛ちゃんさっき夕摘さんが愛ちゃんの方を見てたの気付いてたよね」
 だけれど答えもそこそこに蒼ちゃんがじっと私の目を見てくる。
「……まぁ」
 返事をごまかそうかと思ったけれど、蒼ちゃん相手にそれも出来ず気まずさの中で答える。
「愛ちゃんが蒼依のために怒ってくれるのは嬉しいけど、無視される方は本当に辛いからそう言うのは本当に良くないよ」
 実際にクラスの雰囲気がそうなっているからか、蒼ちゃん自身が当事者と言うのもあって、どうにも反論し辛い。
「でも実祝さんには咲夜さんについてもらってるし」
「その咲ちゃんとも最近喋ってる?」
 その質問に決して喋っていない訳ではないけれど、はっきりとした答えを言葉に出来ない。蒼ちゃんの他人を自然に気遣える優しさに私は強く出られない。
 それは優希君にも似ていて、私の目標とする一つでもあるから。
 答えられない私に一つ小さくため息をつくと
「夕摘さんと友達を辞める気は無いって前に愛ちゃん約束してくれたよね」
 以前私に聞いた事と同じ事をもう一度確認してくる。
「うん」
 正直前に私がなんて言ったかなんて覚えてない。
 それくらいに実祝さんとの事は遠い時間の話になってる。
 恐らく私の気持ちを見抜いた上での蒼ちゃんの発言に
「もし愛ちゃんと夕摘さんがお友達を辞めちゃったら、蒼依のせいだって思ってずっと泣き続けるよ」
 私にとってそれは何よりもキツイ一言だった。

 蒼ちゃんに怒られながらもそれなりに楽しく過ごしていたお昼休み、前触れもなくソレは目に入る。
「……っ」
 もちろん統括会でも話していたし、雪野さんの現状についても優希君に話してある。
 日曜日のデートの最後に私のお願いを嬉しそうに聞いてくれていたはずなのに、
「空木先輩。次はワタシの出来立てのお弁当を食べてみて下さいね」
 木陰になっている私たちに気付かず、雪野さんが優希君と手を繋いで楽しそうに、嬉しそうに歩いて
「また機会があったらね」
 校舎の中に入って行く。優希君の返事だけを残して。
 二人が通り過ぎてから、さっきまでの雰囲気を微塵も感じさせないで
「あれって愛ちゃんの彼氏さんの空木君だよね」
「……うん」
「それとあの女の子って、前も一緒に歩いていた女の子だよね」
「……」
 日曜日にあれだけ優希君と話していても、実際目の当たりにしてしまうと蒼ちゃんの質問に答える余裕なんてなくなるくらい私の心がかき乱される。
 しかもなんで優希君の手まで握る必要があるの? 私、そんなの聞いてない!
 優希君の手は私をドキドキさせてくれる、私を幸せにしてくれる手じゃなかったの?
「蒼依の見た感じだと絶対に愛ちゃんとの方がお似合いだと思うのに……辛いね」
 いつの間にか食べる事を辞めた蒼ちゃんが、私の隣に来て背中をさすってくれる。
「私が優希君の彼女のはずなんだけれどな」
 あれだと雪野さんが彼女みたいにしか見えない。
 理由が分かっていたとしても、相手が優希君に恋慕していると分かっている分、本当に辛い。
「うん。蒼衣はちゃんと聞いてたよ。空木君が愛ちゃんに対して “僕の彼女” って言ってた事」
 蒼ちゃんが私を励まそうとしてくれているのは伝わっては来る。
 けれど私の方は優希君と手を繋ぐだけでもドキドキしていたのに、どうしてあの二人はあんなに自然なんだろう。私と手を繋ぐとき優希君はドキドキしてくれてなかったのかな?
 私と手を繋ぐ方が嬉しいって言ってくれたあの言葉は……そう思うと悲しくなる。
「ごめんね蒼ちゃん」
 元々はあのクラスの雰囲気から蒼ちゃんを開放したくて、教室以外の場所でお昼をしようと連れ出したはずなのに、これじゃあ完全に本末転倒でしかない。
「蒼依の事は良いから、今日甘いもの食べに行くの辞めて明日にする? 蒼依はどっちでも大丈夫だから」
 いつだって自分の回りの人達には笑顔でいて欲しいと思っている私が皆の前で泣け


「ごめん。明日でも良い?」
「蒼依は大丈夫だよ。じゃあ明日にしようね」
 元々は蒼ちゃんの笑顔を少しでも増やそうとするための甘味処の話。
 私は何とか今日中に、心配かけないくらいまで気持ちを切り替えられるようにと、明日に変更させてもらう。
 結局昨日のお昼は胸が詰まって、自分が作ったお弁当もそれ以上は食べる事は出来なかった。


 翌朝の今日、気持ちは少し落ち着いたけれど切り替えが一日で出来るはずもなく、
「行って来ます、朝だけは作っておいたから」
 覇気の無いまま体を引きずるようにして、
「……」
 慶に声を掛けて学校に向かう。


 学校へ向かう足が重かったせいかいつもより遅く教室に入ると、どういうつもりかは知らないけれど眼鏡の男子が気づかわし気に近寄ってきて、
「何かあったら俺が力に『馴れ馴れしく触らないで』」
 私の肩甲骨辺りを触れてくる手から逃げるようにして振り払う。
 昨日からずっと落ち込みっぱなしなのに、その上朝から気分も悪い。
 その一連の流れを見ていたのか蒼ちゃんの足が動き始めるも、咲夜さんがわたしの方へ足を向けるのを見て足を止めてしまう。
 私は目線だけで蒼ちゃんに挨拶をしてから、
「えっと愛美さん大丈夫?」
 咲夜さんと会話を始める。
「咲夜さんこれはどういう事? あの男子にちゃんと言ってくれたんじゃないの?」
 何となく眼鏡の男子が聞き耳を立てているような気がする。
「そっち? えっとあたしも色々と予想外過ぎて何がどうなってるのか分かってないんだけど」
 咲夜さんの方から声を掛けてくれたのに、イマイチ要領を得ない。
「えっと、じゃあそっちって何の事?」
 と言う事は元々別の何か気になる事でもあったのか、
「えっとこんな所で言って良いの?」
 それにしても咲夜さんの態度が煮え切らない。
 昨日の二人の事に気持ちが落ち込んで滅入ってる上に、さっきの馴れ馴れしく触れられた肩甲骨。
「ちょっと来て」
 私は咲夜さんを連行する形で廊下へ連れ出す。
「言いたい事があるならハッキリ言って。それとさっきの男子の事も何かあるならちゃんと説明して」
 私の機嫌が悪いのが伝わったのか、咲夜さんが私に怯えている気がしないでもないけれど、私も今は笑顔の余裕なんてない。
「……えっと。まさかとは思うけれど愛美さん失恋した?」
 その一言で脳裏に焼き付いた二人が鮮明になる。
「なんでそんな事、聞くの?」
 私が彼女なのに。優希君と日曜日にちゃんと話してるのに。
 どうして私が優希君と別れた事になってるの? そんなのってあんまりだよ。
「えっと昨日のお昼と放課後に副会長があの議長だっけ? が一緒にご飯食べたり一緒に――」
 それ以上咲夜さんの話を聞いていられなくて、校舎の外側に面した廊下の窓に体ごと向きを変える。
「そっか。辛かったらあたしにも言ってくれたら気分転換に『愛ちゃんにそんな事言わないで』――蒼依……さん?」
「蒼ちゃん……」
 予想していなかった蒼ちゃんの声に、間違いなく目が赤いまま私も振り返る。
「後は蒼依が愛ちゃんと話すから、咲ちゃんはどっか行って」
 予想外なほどの蒼ちゃんの言葉に、私に背を向けて蒼ちゃんを正面に見ているであろう咲夜さんの肩がほんの僅か、小刻みに震えている。
「いくら咲ちゃんでも蒼依の中で愛ちゃんは特別だから、これだけは知っておいて。愛ちゃんは咲ちゃんが思ってるほど “軽い女の子” じゃないから、簡単に気分転換とか出来ない女の子なんだから」
「蒼ちゃん……」
 蒼ちゃんの言葉に私の胸の内がほんの少しだけでも軽くなったのが分かる。
「だから愛ちゃんにそんな無責任な気休めを言わないで」
 そして私のために精一杯の勇気を振り絞って目を潤ませながらも、咲夜さんに言葉を重ねる蒼ちゃん。
 そんな蒼ちゃんの気持ちが嬉しくて
「ありがとう蒼ちゃん」
 いつの間にか私と咲夜さんの間に入って来た蒼ちゃん。
「愛ちゃんは何も考えずに窓の方に顔を向けて良いから。あと少し時間もあるから」
 何がとか、どうしてとか、訊かない。
 朱先輩とも違う蒼ちゃんなりの気遣い。
「ありがとう蒼ちゃん」
 だから私は蒼ちゃんに言われるがまま、体ごと再び窓の方へ向けると、背中にふわりと柔らかい重さを感じる。そして遠慮がちに私の腰に手を回した蒼ちゃんが
「蒼依は空木君の口から “僕の彼女” ってハッキリ聞いてるし、空木君の方も簡単に気移りするようなタイプには見えないし、昨日の事も何か事情があるんだよね」
 知らないなら知らないなりに私たちの事を理解しようとしてくれる蒼ちゃん。
 担任の先生とは違って、周りに聞こえない、私にしか聞こえないくらいの声量で
「今日の放課後デートの時、蒼依で良かったらちゃんと話聞くよ」
 改めて私を誘ってくれる。
「ありがとう。蒼ちゃん」
 改めて蒼ちゃんに向き直って、私は感謝の気持ちを伝えたつもりなんだけれど
「さっきから愛ちゃんおんなじ返事ばっかり。なんか彼女の話題に空返事をする男の人みたい」
 こんな時でも私を男の子扱いする蒼ちゃんに逆に安心する。
「男の子みたいって、私、女なのに」
 確かに蒼ちゃんよりかは女の子っぽくは無いかもしれないけれど、ちゃんと男の子に恋してるのに。
 最近はその男の子、優希君にさえ可愛いって言ってもらえたらもうそれだけで良いような気もしているのに。
「分かってるよ。愛ちゃんは女の子で、空木君の彼女なんだから」
 優希君の気持ちを直接聞いている蒼ちゃんが言ってくれたからか、それとも本当に心配してくれているのが伝わるからか
「ありがとう蒼ちゃん。お昼も一緒しようね」
 ほんの少しだけではあるけれど、やっと前向きになれた気がする。
「咲夜さんも励ましてくれようとしたんだよね。ありがとう」
 私は蒼ちゃんと教室に戻る時に、気にしてくれていた咲夜さんにもお礼を言う。
「……うん」
「……」
 ただ珍しく蒼ちゃんが挨拶を交わさず、そのまま教室の中へと入って行ってしまう。
 そしてほんの少しの違和感を抱えたまま、午前の授業が始まる。

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