第51話 信頼の積み木 ~同調させない喧嘩~ Aパート

文字数 4,664文字

 雪野さんの食い下がりと倉本君の協力の話がありはしたものの、何とか二人だけの時間を作ることが出来た。
 でも慣れてしまったのか、幾分薄くなった鼻につくこの匂いを何とかしたい……窓を開けても良いのかどうか、私が窓を見ながらどうしようかと迷っていると
「空気を切り替える意味でも窓を開けて換気、しようか」
優希君の方が立ちあがって窓を開けようと行動してくれる。
「良いよ。私が開けるから」
私の方が窓に近い場所に座っていると言う事もあって、全開にして紙が飛んでもアレだから各窓を少しずつ開けて行く。
「じゃあ僕は飲み物を用意するよ」
そう言って優希君が炊事場の方へ足を向ける。
そして私の分もカップに入れてくれた優希君が少し迷うそぶりを見せた後、私の正面の椅子に腰かけたところで、今日の話が始まる。

「私が来た時にはもう優希君は雪野さんの所にいたよね?」
今は役員室に二人しかいない。だったら優希君の彼女として、女として少しぐらいなら聞いても良いよね?
「良かった……」
でも私の質問に対して違う答えが返って来る……って言うか答えにもなっていない気がする。
「良かったって?」
「だってあの時名前呼びしてくれなかったから」
だから嫌われたのかなって思ったって言う。
私が優希君の事を嫌うわけ無いのに。
むしろ好きだから雪野さんとの距離感とか、この香水の匂いも気になってるのに。
「あの時は周りに野次馬も多かったし、何より優希君、雪野さんにべったりだったし」
もちろんそんなこと考えてる場合じゃないって分かってる。その時も自分の中で必死でそう言い聞かせていた。
 でもねオンナゴコロってそんなに単純じゃないんだよ。それだけは男子にも分かって欲しいな。
「それに関してはごめん、でもああでもしないと相手の子に手を出してしまいそうな剣幕だったから」
優希君が嬉しそうに困った表情を作る。
「……ごめん。困らせるつもりじゃなかったんだけれど」
私は自分で出した言葉について謝る。
これじゃ私が優希君を困らせてるだけだ。それじゃ雪野さんのしてる事と変わらない。ホント相手を好きな気持ちってままならない。
「大丈夫。僕は愛美さんにそう思ってもらえて逆に嬉しいよ。だから謝らないで欲しい」
それでも優しい優希君は自己嫌悪が私に行かないように言葉でフォローしてくれる。
「……なんか勘違いしてそうだから恥ずかしいけどちゃんと言っておくと、僕は愛美さんの事好きだから、愛美さんが言うように、雪野さんとべったりだったとしても嬉しくないし、それなら愛美さんと手を繋げる方がよっぽど嬉しいよ」
「うぇ……あぅ……ありがと」
優希君からの唐突な告白……じゃないけれど、いや告白って捉えて良いのかな。
私の顔が真っ赤になって、ちょっと呂律が怪しい。
「それに僕は愛美さんの気持ちで困った事は一回も無いよ。愛美さんの嫉妬は嬉しいくらい」
……分かった。分かったから。優希君も顔を真っ赤にしてまで言わなくて良いから。
「ありがとぉ」
でもホントオトコゴコロってよく分かんない。
男の人って、束縛してくる女の子ってうっとおしいって聞くけれど、ホントは違うのかな。それとも優希君だからかな? 私はそれ以上二の句が継げなくなる。
ただ、オトコゴコロは分からなくても優希君の私に対する気持ちだけは伝わって来るから、純粋に嬉しい。
だったら、そこまで言ってくれる優希君だからさっきの私の質問に答えて欲しくて
「優希君、雪野さんに呼ばれた?」
短くもう一回聞く。
「うん。とは言っても『ワタシの言う事を理解してくれない人がいるので、一緒に説得をお願いします』だったから、もう言い合いは始まっていたんじゃないかな」
統括会絡みの連絡だから致し方ないとは思うけれど……あーダメだ。
ホント私ってこんなにヤキモチ妬きだったっけ?
「じゃあ優希君に連絡があったのも、行動した後だったんだ」
だったらさ、優希君じゃなくて同じ二年で近い場所にいる彩風さんじゃ駄目だったのか。なんか中条さんには優希君と雪野さんが恋仲だって思われてるし。
次に中条さんに話す時、そこだけは訂正させてもらう事にする。さすがに他人だとしても、雪野さんが相手だって思われたままなのはどうしても納得できない。
「だから愛美さんが考えているような事は何も無いし、そもそも僕と雪野さんじゃ考え方が違い過ぎるから」
優希君の表情を見てると確かにそうなんだろうけれど、やっぱり自分の彼氏が他の女の子、しかも恋慕していると分かっている女の子がくっついているのは嫌だ。
「考え方って言えば、中条さんに今日の事そのまま伝えて良いのかな?」
でもそれだと話が進まないから、今は優希君とのせっかくの二人っきり。
余計な考えはそこそこにして話を進める。
「今日の事って、雪野さんが言ってた事?」
「それだけじゃなくてこの中で話したこともかな?」
そう言って私が話そうとしているあらましを伝える。
「うーん。僕も大体はそれで良いと思うけれど、雪野さんの友達の事を伝えるのはどうだろう」
ただ優希君は首を縦には降らない。確かにわたしもその部分は迷ってはいる。
行動はどうあれ、雪野さんの友達をまっすぐ信じる心意気、どう言われても中々友達の事を言わなかった口の固さは私も見習いと思うほどだった。
「分かった。その事は中条さんには言わないでおこう」
だから私は同意したつもりだったのだけれど
「雪野さんに厳しい愛美さんにしては優しいね」
優希君がほほ笑んでこっちを見てくる……最近優希君が私をからかってくるときの癖が分かって来た気がする。
 ホントいつまでも恥ずかしがってばかりはいてあげなんだからっ!
「やっぱり友達を信じることが出来るのって良い事だと思うし、それに雪野さんのあの口の固さは尊重したいと思うし」
……雪野さんに対して思う事も、言いたい所も多々ある。
 だけれど頭が固いだけで根っこのところでは素直なんだと思う。だから統括会メンバーにも選ばれてるし私たちも必要としてる。
「そうやって他人の良い所にもちゃんと目が行く。だからなのかな? 僕の事に気付いて貰えたのも」
私は当たり前の事を言ったつもりだったのだけれど、
優希君が私の事を見てくる優しい眼差しで気が付く。
「私。もっと優希君の事が知りたい。だからあの続きを聞かせてもらえるなら聞きたい」
あの日この役員室から昇降口までの短い距離の間で聞いたことの続きを。
あの時は彼女でも何でもなかったから、踏み込めなかった。でも今は優希君の彼女だ。だから思い切って聞いてみたけれど
「……ごめん。今はまだ “自分に自信が無いから” 言えない……中条さんにはいつ話を聞く?」
でも “自信が無いから” って何の自信なのか。でも信頼って訳でもないんだよね?
聞きたいのに聞けない、聞かせてもらえない。
「さっきの倉本君と彩風さんの事もあるから、明日の昼休みにでも伝えようかなって思ってる。じゃないと週またいじゃうし」
相手に対する思いやりを考えると、どうしてもあと一歩が踏み込めない。
だから中条さんに伝える旨だけを答える。
でも優希君は別の所に引っかかったみたいで、
「最近倉本と仲良い?」
かなり意外な事を聞かれる。って言うかそう言う勘違いをして欲しくなかったから、倉本君の誘いを断ったり、二人きりにならないようにしていたのに……彩風さんの気持ちが痛いほどよくわかる。
私もさっき優希君の相手が雪野さんだと中条さんに思われたばかりだから。
「そんな事無いよ。それに倉本君って彩風さんの事を名前で呼ぶくらいには仲良いんだよね?」
ああいうのって確か恋人未満友達以上って言うんだっけ?
私と倉本君より、彩風さんとの方が仲が良いって事を伝えたかっただけなのに優希君がびっくりしてる。
「えっと、私何かまずい事言った?」
ひょっとして彩風さんと仲が良い事も内緒だった?
でもさっきもこの役員室で “清くん” “霧華” って呼んでいた気がしたんだけど。
「あ、ああ。そうじゃなくて、まさかこのタイミングで愛美さんの天然を見られるとは思わなくて」
見られるって……そんなの楽しみにしてるの? 優希君。それはそれで複雑なオンナゴコロだよ。そしてまた私を見る優希君の目が優しくなる。
「あの二人は小学校に入る前からの幼馴染だよ」
――え?
今度は私の方が驚き過ぎて声が出ない。
「だからあの二人の仲が良い事は当然で、付き合ってるとかそう言うのじゃないよ」
つまりあの倉本君の距離感って気心知れた幼馴染だからって事?
じゃあ彩風さんがいつから倉本君の事を想ってるかは分からないけれど、倉本君にはこれっぽっちも気持ちは通じてないって事? 
それを思うと切なすぎて胸がキュッてなる。
「そうなんだ……」
だったら私も彩風さんに協力したいなって思う。
やっぱり好きな人と通じ合えるって言うのはとても幸せな事だと思うから。
……さっきの俯いて唇を噛む彩風さんの姿を思い出す。
だったら尚の事あの雪野さんの言動も正さないといけない。
そしてあの――メスブタをどうにかして――妹さんの言葉を思い出す。
言葉こそ口に出すのは憚られるけれど、ひょっとしたら想いは一緒かも知れない。
ただこっちも聞きたいのは山々だけれど、これも踏み込んで良いのかが分からない。
「……あの、さ。優希君って香水の匂いとかあんまり好きじゃないんだよね?」
だから妹さんへの質問をしたかったのだけれど、寸前のところで別の質問にすり替える。
「えっと、どこでそれを?」
優希君が驚くけれど、あれ? 自分で言った事を覚えていないのかな?
「前に優希君から聞いたんだけれど、覚えてない?」
なんだか優希君が知らない間に優希君の事を知って、なんだか嬉しい。
「本当に愛美さんって僕の話をちゃんと聞いてくれてるんだ」
そして優希君が喜んでくれるのがまた嬉しい。
でもホントなんで普通に話してるだけなのにそんなに喜んでくれるんだろう。
もちろん優希君が私で喜んでくれるなんて、ホント彼女冥利に尽きるんだけれどね。
「雪野さんにいつ香水の事言ってくれるのかなって」
昨日そんな話してたし、これくらいなら言っても良いよね。
「ああ、だから換気したかったのか」
……余計な事言うんじゃなかった。これじゃ私も自爆してる。もうホント今更だけれど。
「分かった。僕に出来た初めての彼女のお願いだから、明日雪野さんに言うよ」
でも優希君がそう言ってくれるなら、自爆しても良かったかなって思ってしまう。
「じゃあ明日の昼休みに中条さんの話を聞いて、統括会の時はバイトの抑止の話だね」
そう確認して、明日倉本君と彩風さんにも伝えるため、議事録に概要をまとめ上げて行く。
「そう言えば昨日のペンは?」
私の右手を見て、優希君が疑問を投げかけてくる。
「今日こうなるとは思って無くて、一人で使うのも何となく寂しくて」
二人の名前の入ったペンを一人の時に使うのもまた、もったいないかなって考えてしまう。
「じゃあ明日の統括の会の時、僕も持ってくるから二人で使う?」
そんな私の考えにいたずらを思いついたような表情をする優希君。
「うんっ! じゃあ明日は私も持ってくるから約束ね」
でも優希君の誘いが嬉しかった私は、笑顔で優希君に同意する。
「……」
しばらく優希君がほぅっとしていたけれど、そのついでにと言う事で、日曜日の図書館デートの時もお揃いのペンで一緒にしようって決めて、場所と時間を決めてしまってから、役員室を後にする。

 ――お互いに手を繋いで。

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